番外編(1)雪野の寝言
これは番外編で、前後の話とは直接関係ありません。
雪野が、部屋をもうひとつ離れたところにしてもらえばよかった、と青ざめたところで思いついた話です。
雪野が週末はラボで勉強と訓練に明け暮れるようになって2ヶ月少したったある土曜日。
雪野は時宗の出張に付いて備州まで行くことになっていた。
指定された6時半より10分早くアパート駐車場に下りたが、時宗の車はもう駐まっていた。
「おはようございます、すみません先生。」慌てて車のドアを開けて挨拶をした。
「おはよう。時間前や。荷物は後ろの座席に置き。」
「はい。2日間よろしくお願いします。」
雪野が乗ると、車はいつもの中央棟やラボとは反対方向に走り出した。
「最初は瀬戸内海沿いに播州(和の国の兵庫のあたり)、備州(和の国の岡山あたり)を進んで戻りは日本海側に出て海沿いの拠点を回って、最後に西都を回る。」
「はい。」
天気は快晴だが、まだ朝早いので暑さは感じない。
時宗が窓を開けると、爽やかな風が入って来る。
土曜日の朝なので道は空いていて予定より早く進む。
大和、大坂の拠点は今回は寄らないとのことで、大坂湾で検査用の水を少し採取しただけで播州に入り、国の忍びの拠点になっている個人医院や薬局を回った。
時宗の薬草園の薬草で作った薬を卸して、かわりに、何か変わったことがないか、感染症などが流行ってないか、北の国の諜報員や工作員は怪しい動きをしてないかなど、いろいろな情報を仕入れた。
播州の瀬戸内海沿いから備州全域を予定通り回り終えたところで夜の8時を過ぎ、二人は大衆食堂でがっつり夕食を取った。
それから最後に行った拠点薬局の駐車場に戻った。
「今日はここで車中泊や。3時間ごとに交代や。君が先眠って0時半に交代な。」
「はい。」雪野は腕時計のアラームをかけた。そしてリュックからバスタオルを出して丸めて枕にして、マントにくるまった。
「わしはラジオでニュースを聴くから、音漏れしてたら遠慮なく言ってな。」
「はい。」と言ってから雪野は固まった。
車中泊とは聞いていたが、順番に車内で寝て、1人は外で見張をするのだと思っていた。
自分が外で寝るのは虫に喰われそうで嫌だ。かと言って時宗に外に行けと言う選択肢はない。
「先生、私きっと寝言うるさいです。」
「構わん。君が知っててわしが知らん機密はない。何でもしゃべって大丈夫や。」
「………。」
雪野はごくたまに尊敬する師匠との間に感じるズレに、小さなため息をついた。
そのズレを修正するのはあきらめて、
「お先にすみません、お休みなさい。」
「おう、ゆっくり眠り。」
雪野は何もしゃべらないように歯を食いしばって、マントを鼻の先までかけて目をつぶった。
しかし、一日の疲れが雪野を眠りに引き込むと、小さな抵抗は意味をなさなくなった。
「ぐー……もにゃもにゃ……先生大好き……」
「⁈⁈…なんや寝言か…ド直球やな。どんな夢見とんねん。」
「ぐーっ、…いつも…大好きだけど…今日も大好き…もにゃ…すぴー…」
「絶賛告白中の夢か?可愛らしいけど危ないぞ。」
「すぴー…りんごパンが一番好き…ぐー…」
「⁈⁈…りんごパン⁈ …りんごパンに1位の座を奪われたんか? …恐るべしりんごパン!」
そこで雪野がもそもそ横を向いて、寝言は止まった。
時宗はイヤホンを入れたままだったが、なかなかラジオに集中できず、雪野のアラームが鳴る頃にはグッタリ疲れていた。
「先生、お先にありがとうございました。代わります。」
「お、おう。」
「……先生、私何か寝言言いましたか?」
「ゴホッ、…う…何か…りんごパンが好きやとか言うてたかな…。」
「えっ、すみません!」
「別に構わん。りんごパンは美味かったか?」
「夢で食べ物が出てきても食べる前に目が覚めるんです…きっと食べてないです。」
「そりゃ残念やったな。後ろにさっき買ったコーヒーとパンがあるから何でも食べとき。」
雪野はゴソゴソとマントから這い出して後部座席に手を伸ばしてコーヒーとパンを出した。
時宗は雪野が引っ張り出したパンを見て固まった。そして、
「わしはりんごパンは気に食わん!」と言って、そっぽを向いて寝てしまった。
――嫌いだ、ではなくて、好きじゃない、でもなくて、気に食わん?
雪野は首をかしげながらりんごパンを頬張った。




