第17話 この国のこと 3
この話は番外編の後に投稿しましたが、内容が『この国のこと』として続いているので前に差し込みました
(1)
食堂に移動して、時宗がコーヒーを作って雪野がカップを用意した。
「コーヒー用のミルクは置いてないから牛乳にしてな。」
「ありがとうございます。先生は?」
「わしは何もいらん。」
雪野は何となくホッとした。時宗が砂糖とミルクとか言ったらきっと少しガッカリしただろう。
雪野は冷蔵庫から牛乳を出して自分のカップにほんの少し入れた。
「温ためんでええのか?」
「ネコ舌なのでこのくらいでちょうどいいです。」
「そうか。」
部屋にコーヒーの良い香が立ちこめて雪野は幸せな気持ちになった。
何となく時宗がここでコーヒータイムにした理由がわかった気がする。
カップにコーヒーがたっぷりと注がれ、二人は椅子にかけた。
「スプーンいらんのか?」
「混ぜるとコーヒー牛乳になってしまうから混ぜない方がいいんです。」
「ほぉ…まあ好きにして。」
「はい。」雪野は小さく笑った。
少しの間、二人はコーヒーを楽しみ、ひと息ついた。
「どうやった?ここまでの話を聞いて。」
「不思議な点はたくさんありますが、和の国と日の国がこんなに似ている理由が分かってホッとしました。
ここに来た時から何かの理由で二つに分かれたのでは、とは思ってました。
あまりにも似てる…というより同じで、和の国の今まで知らなかった場所に移されただけかと思ったほどです。
逆にこれが異次元とかで、全く同じ世界が2つあって、自分が2人いる、ということだったらどうしようって怖かったのです…私と入れ替わりに向こうにもう1人がいたら、もう二度と戻れない気がして…。」
「なるほどな。
さっきも少し言うたけど、最初に二つに分かれた時に、同じ人物が両方に存在したのかどうかは分からんのや。
さっきの2両編成の電車の例で考えれば、1両目たに乗ってた者は1両目に、2両目に乗ってた者は2両目に、そのまま居ったはずなんや。
しかし、不思議なことにどっちも薄っすらと2両編成の形を残しとる。
だからそれぞれに少しづつ同じ人物が居ってもおかしくないんやが、そういう記録は一切ない。
最初に洞窟から行った4人も、もし日の国で自分と同じ人物に会ってたら絶対記録があるはずやから、4人と同じ者はおらんかったやろな。
万が一、4人以外に両方で存在してた奴がいたとしても、それぞれで別の相手と結婚して子供ができてたら、そこからはもう別人や。
今となっては遺伝子鑑定とかして調べられるもんやないしな。」
「そうですね。」
「両方の記録を見てみると、どうやら琵琶湖から伊勢へのラインより東側が和の国、西側が日の国に、主に存在しているみたいなんや。
そして伊賀の忍びは伊賀の乱以降あちこちに散ってたのが幸いして両側にバラけて残っていった。
そして伊賀の口伝の決まりのおかげで、両側で正確にいろんなことが伝えられた。」
「先生のご先祖様も伊賀の忍びだったのですか?」
「様がつくほどの家ではないが、記録では伊賀の乱の後、その時の当主は西都の妻の実家に身を隠してて、地震の時、日の国側に居ったということやな。」
「そうなのですね。」
「西都の貴族と伊賀の忍びというのは案外繋がりがあってな。
朝廷が力があって財力もあった時はお抱えの忍びを使ってたこともあったけど、そうでない時は知りたい情報がある時だけ近場の忍びに依頼することも多かったんや。
繋がりが深くなると忍びの方も高等な知識を学ばせてもらったりな。
忍びの知識や技術は、もちろん実生活や戦いの中に学んだものや、長年の研究によるものが多いけど、陰陽師や高僧に学んだことも多かったんや。」
「アカデミーで先生が教えてらっしゃる医学、薬学、天文、地学など?」
「そうやな。他にも呪術系や諜報のいわゆる忍術も教えるけど、それはほとんど個別授業になるな。」
「口伝になる訳ですか?」
「そこまでではないけど、学生の中にもいろんな奴が混じって来てるからな。
一般公開という訳にはな。
ただ、昔は口伝でしか教えんことも多かったけど、それこそ伊賀の乱や地震、戦で伝えられる者がたくさん亡くなることもあるからな。
和の国の江戸時代くらいから書物にして残すことも増えてな。」
「万川集海などですか?」
「君が何で万川集海を知ってるんや? 大学受験の範囲やないやろう?」
「かなり詳しい資料集の欄外に少し載ってて。名前がかっこ良すぎて強く興味を持って口語訳版を買いました。」
「書名に惹かれて万川集海を買って読んだんか!」
「知識や事がらだけでなく、人や想いや歴史の流れなど全てに当てはまる素敵な書名です。」
「驚いたけど助かったな。
忍びのことについてはどこからどう教えようか迷ってだけど、取っ掛かりができたな。」
雪野はちょっと嬉しそうに頷いた。
「さて、そしたら次、二つに分かれてからの日の国の流れと、今の国の仕組みについて見てもらおな。」
「はい。」
二人はまた居間に戻った。




