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彼の国(かのくに)  作者: 春の雪
 第二章 彼の国にて

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15/16

第15話 この国のこと 1

 (1)

 雪野はあちらの国でも、こちらに来てからも、ほとんど何も教えられてないことに不安を覚えていたが、かと言って知ることも不安だった。


 あちらでは、高校の山下らは、自分達は説明することはできないと言い、東都の拠点の安西も、言語が同じだから大丈夫だ、とか食べ物も基本的に同じだと言うようなことしか教えてくれなかった。


 確かに言葉や食べ物が同じ、というのは安心することではあるが、なぜ同じ?という疑問がふくらむ。


 膝の上に美味しそうな鰻を乗せたまま黙ってしまった雪野に、時宗は何も言わなかった。


 夕方の喧騒(けんそう)の中をゆっくりと車を走らせ、ラボの駐車場に戻って来た時は5時を過ぎていた。


 「降りるで。」

 時宗の声に我に返った雪野は

 「すみません。」と謝って、大切な鰻を持ち直して車を降りた。


 「君は自分のリュックとパンの入った袋、それとその鰻を持って。」

 「はい。」


 時宗は肩に米袋を乗せ、右手に魚の入ったクーラーボックス、左手に肉の入った保冷バッグと野菜のズダ袋を持ってラボの建物に入った。


 いつもなら、私がもう一つ、と言うはずの雪野だが、ボーッとしていて、玄関に全ての荷物が置かれるまでパンと鰻しか手にないことに気づかなかった。


 「すみません!全部持っていただいて!」


 「構わん。その鰻を無事にテーブルの上に置いたら君の任務は完了や。」


 雪野はいつの間にか前に置かれている自分のスリッパを見て、

 「すみません!」と重ねて叫んだ。


 「いちいち謝らんでいい。パンと鰻をテーブルの上に置いたら、自分の部屋に行ってリュックを置いてき。


 着替えるついでにシャワーして来てええで。


 わしは忍具店の荷物を取って来てからシャワーするから慌てんでゆっくりし。」


 「すみま…ありがとうございます。」


 時宗が出て行くと、雪野は急いで鰻の包みとパンの袋をテーブルに置いて、自分の部屋にダッシュで行ってリュックを置いた。


 そのまま玄関に戻って、そこに置いたままの米や野菜達を台所に運んだ。


 「これを一度で運ぶって、先生の体って何でできてるの?」つぶやきながら、とりあえず全部運んだところで時宗が戻って来た。


 「おお、すまんな。」と言いながら忍具店の大きなケースを第二テーブルの横に置いた。


 「いえ、お役に立たなくて…。ではシャワーさせていただきます。」

 雪野はそう言って部屋に戻った。


 とりあえずシャワーを浴びようとして脇腹に湿布薬が貼ってあるのを見て、朝、シュッシュッに失敗したことを思い出した。


 しかし、アザはきれいに治り、痛みもなかった。雪野は急に元気が出て、朝、ハードルを下げたことを忘れて"3分間シャワー"を目指してバタバタした。


 結局10分近くかかったが、

 「そうだ、最初はできるところからにしたから10分足らずは合格だ。」と適当に納得して着替えた。


 急いでドライヤーを当てたために飛び散った髪をどうにかまとめて部屋を出た時には、時宗はシャワーを終えて台所で包丁を持って、鰻と一緒に買って来た魚をさばいていた。


 「遅くなってすみません…」と雪野が謝ると、時宗は後ろを向いたまま

 「構わん。慌てるとまたケガするぞ。」と言った。


 「うっ…」と言って固まった雪野に、

 「テーブルは拭いてあるからそれに飯よそってくれるか?」と言いながら大きな鰻重用の(うるし)の弁当箱を指した。


 そして雪野がよそったご飯の上にトースターで軽く温めていた鰻をきれいに盛った。


 そして雪野が箸を並べる間にサラダとみそ仕立てのスープを並べた。


 「さ、食おう。先に言っておくけど、飯を食う時はややこしいことは考えたらあかんで。

 しっかり噛んでよく味わって真剣に食うんやで。

 特に、鰻を(うわ)(そら)で食うことは許さん。」と言った。


 「はい。」と答えてから、最後のひと言に首をかしげた。しかし、美味しい物を考え事をしながら食べるのはもったいないのは事実なので気合いを入れて鰻に向かった。


 「いただきます。」

 二人は鰻に報いるべく真剣に食べた。


 甘辛い味とふっくらした身は雪野を幸せにした。

 ―少なくともここには鰻がある。

 安西が教えてくれた事は重要なことだったのだ。

 

 食事が終わると、雪野は後片付けをして、時宗は先ほどの魚に続いて肉や野菜を切ったり下ごしらえをした。


 終わるとお茶を飲みながら時宗が

 「少し食休みして、7時半にそっちのテレビの前に来て。特に必要な物はない。」と言った。

 「はい。」




 (2)

 雪野は7時半少し前にメモ帳とペンだけ持って居間に入った。


 時宗はパソコンやデッキを操作しながら、

 「そこのソファーに座っといて。」と言った。

 「はい。」


 画面には和の国(わ くに)列島が2つ並んで映し出されていた。しかし、よく見ると2つは微妙に違う。

 

 片方は雪野が見慣れたものだが、もう片方は大陸に近く、橋でも掛ければ渡れそうだった。

 

 時宗は横の一人掛けの椅子に座ってパソコンを前に置き、

 

 「左側は君が生まれ育った和の国(わ くに)。右側が今いる日の国(ひ くに)や。


 この二つの国は元々一つの国やった。」


 雪野は驚きはしたが意外ではなかった。それ以外に二つの国の類似性に説明がつかない気がした。


 「やはり…そうなのですか…。」


 「どうしてこんなことになったのかは解明されてない。

 

 想像の域を出ないけど今考えられているのは、大きな時空の歪みが生じて重力に差ができ、そのことで時間の進み方が大きくズレて分裂したのでは、ということや。


 分裂というても半分の所でちぎれたとかではなく、一つの空間がここにとどまっている間に同じ空間が前に進んで二つになったというイメージや。


 「いつ頃のことなのですか?」


 「時期はかなり正確で、和の国の戦国時代、1500年代後半にあった大地震の時やと考えられてる。」


 「天正の大地震?」


 「さすがやな。

 そして時空の歪みが生じた場所は琵琶湖から伊勢湾への線上と、その少し東の、今の愛知との間あたりやと思われてる。」


 「人間は…?同じ人間が2人になったのですか?」


 「それは分からんのや。

 もしこの現象が今起こったとしたら、もっといろいろ解ったやろう。


 しかし、その頃の知識では何が起きたか解らんかったやろうし、何か起きたことに気づいた人すら少なかったやろ。

 

 戦国時代であちこちで戦さがあって、そこに大地震が起きたら、昨日隣りの家におった人が今日おらんようになっても、さほど不思議にも思わんかったやろ。」


 「いつの段階でこの状況が分かったのですか?」


 「何かが起こった、ということにすぐに気がついたのは伊賀の忍びと西都の陰陽師やったらしい。」


 「琵琶湖から伊勢というとちょうど甲賀から伊賀のあたりだったのですね。」


 「よう知ってるな。」

 

「母方の祖父母が名張に住んでいたので。」


 「そうやったな。

 その頃から忍びの中には天文や地理に詳しかった者も少なくなかったんや。ただ、何かが起こったことは分かっても、何が起こったかまではな。

 

 一説として、一部の場所や人が異空間のようなものに吸い込まれたと考えたらしい。」


 「そう考えることも凄いですね。」


 「甲賀、伊賀では秘密裏に地震の大きかった周辺を徹底的に調べたらしい。

 しかしその時には二つの空間をつなぐ場所は見つけられんかったようや。」


 「おかしいと思った理由は?」

 

 「その地震の数年前に天正伊賀乱というんがあったことは知ってるか?」


 「はい、大まかにですが。信長の息子が伊賀を平定しようとして失敗、怒った信長に伊賀が叩き潰されたという?」


 「プッ…何か言い方に容赦がないけど、大まかにそんなとこや。そしてその後、伊賀の忍び達はあちこちに散って身を潜めた。

 

 多くは徳川を頼って東海に、一部は西都や大和、大坂、もっと西にも。


 その者達はその後もいろいろな手段で連絡を取り合っていた。


 それが地震の後から一部の者と連絡が取れんようになった。それもごっそりと。


 それで戻れる者がその辺りに戻って調べて歩いたらしい。

 

 最初は地震による地割れに飲まれたのかとも思ったのが、地震の被害がそれほど大きくなかった地区でも人がたくさんいなくなってた。


 それで穴に吸い込まれた説が出て来たらしい。」


 「それで、いつ()()()を見つけたのですか?」


 雪野はいつの間にか夢中になって聞いていた。


 





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