第11話 忍具店の親爺様
(1)この人は誰⁈
雪野は店に入る時に時宗が言っていたことを思い出していた。
―人を顔で判断したらあかん。
あの時は、羊の皮を被った狼に気をつけるようにというようなことかと思ったが、どうやら忍びの世界では顔を変えて他の人になりすましたりできる技があるらしい。
でも今、なりすまし影子がここにいるなら本物の影子さんはどこに?
見回すと、さっき横にいたもう1人の客が、雪野の買い物を入れたカートのそばにいる。
そしてその人に隠されてはいるが、黒っぽい店員の制服が少し見えている。
雪野は2人の敵を離した方がいいと思い、
「下を見て来ます!」と言って売り場の真ん中にある階段に向かって走り出した。
「そちらでなく、非常口から逃げてください!」
―間違いない、私に裏口に誘導させようとしている
急いで売り場の階段を降りようとしたら、後ろからリュックをつかまれた。
5階の警備室のカメラでこの様子を見ていた時宗は、
「マイク!」と低い声で言って右手を出した。
警備員の1人が店内放送用のマイクをオンにしながら渡す。
「時宗より業務連絡!時宗より業務連絡!
各階の店員は即座に全ての荷物を地下に運べ!」
リュックをつかまれた雪野が階段の手すりにしがみついた瞬間店内放送が入り、なりすまし影子がリュックを手放して飛び退った。
―先生の声?
「時宗迅がいるなんて聞いてないぞ!」
「俺だって聞いてません!」
「撤退だ!出口を壊してもいいから、できるだけ遠くに逃げろ!」
2人は階段の手すりを越えてそのまま1階まで飛び降りた。
その後を追って2人の警備員が飛び降りて行った。
雪野がぼうぜんとしていると影子が駆け寄って来た。
「雪野さん大丈夫でしたか⁈」
「あ、本物の影子さん!
私は大丈夫です。影子さんは?」
「私も大丈夫です。」
二人が思わず手を取り合ってホッとしてると、スッと後ろに時宗が立った。
「2人ともケガはないか?」
「先生!」
「すみません、雪野さんを危ない目に…」
「その反省は後や。とりあえず5階に集合や。
ところで影子、短剣を押し当てられてたやろ。全くケガは無しか?」
「はい。中に防刃ベストを着てましたし、相手も脅すだけでしたので。」
「そうか、よかったな。
ところで、このカートには奴は触ってないな?」
「はい。私の方がカートの側にいましたので。」
「ほな、指紋は大丈夫やな。このカゴだけ事務所で影3に預けてあるカゴと一緒に置いといて。」
「はい。」
3人は4階の事務所に寄ってカゴを置き、5階に行った。
(2)忍具店の親爺様
雪野は時宗と影子の後からキョロキョロしながら付いて行った。
4階の事務所はサッパリして小ぎれいだったが、5階の警備室は店内カメラの映像画面に囲まれ、鍵のかかった棚には武器が整然と並んでいて、ものものしい雰囲気だった。
部屋の前中央には大きなパネルがあって、周辺の地図や店内の様子が映し出されていた。
パネルの斜め前に車椅子に座った老人がおり、時宗が入って来たのを見て手をあげて、
「時宗、面倒かけたな。」と声をかけた。
時宗は雪野の背中を押すようにして一緒にその老人の前に連れて行った。
「親爺さん久しぶりです。お留守とは知らず、急に来て騒いですんませんでした。」
「いやいや、お前さんがおったおかげで助かった。」
「影3が全部完璧に手配をしてくれたんであっという間に片付きました。」
「お前さんの美声を聴いて敵が自発的に1階に集まってくれたと聞いたぞ。ワッハッハ…。」豪快に笑った。
「親爺さん、今日はこいつの買い物に来てたんです。昨日からわしの弟子になった柳生雪野です。よろしゅうお引き立てを。」
時宗が深々と頭を下げたので、親爺さんと呼ばれてる老人も周りにいた警備員達も驚いて時宗を見て、続いて雪野を見た。
雪野も一番驚いたが、慌てて
「柳生雪野と申します。よろしくお願いします。」と深く頭を下げた。
「あんたにも怖い思いさせて悪かったな。」
「いいえ、こちらこそ初めてお邪魔して、早々にお騒がせして申し訳ありませんでした。」
「雪野、この方は忍具店の店長で、統領と並ぶこの国のトップや。皆から親爺様と呼ばれとる。」
「今後ともご指導よろしくお願いします。」
店長は雪野の頭の先からつま先までを鋭くスキャンするように見た。
雪野は統領が雪野の高校の体育教員室にやって来て面接を行った時を思い出した。(第1話-4)
親爺様は、
「実は今日留守だったのはアカデミーに行ってたんじゃ。今年度の武術の授業で使う忍具の納入についての話し合いでな。
どこに行ってもあんたの話題で持ちきりじゃった。ワッハッハ…」
雪野はキョトンとしたが、時宗は
「昨日の今日やのに何をそんなに騒ぐことがあるんや…」とブツブツ言った。
「ワッハッハ、お前さんについても面白いことをいろいろ聞いたがな。」
「記憶に留めてもらう必要があることは1つもないと思います。すぐに全部忘れてもろて結構です。
それより今日のまとめを…。」
「ワッハッハ、そうだな、店も再開せんといかんしな。」
そこにいた二十数人の警備員が姿勢を正した。
親爺様は雪野に向かって、
「その前にちょっとあんたに確認したいことがある。あんたは影子が偽者だと見破ったらしいが、認識阻害をかけていた敵をどうやって見抜けたのだ?」
「見破ったというより言葉に違和感を感じたのです。先生にも人を顔で判断してはいけないと言われてましたし。
影子さんは私が自己紹介をしてからはずっと名前で呼んで下さってたのです。
それが急に"お客様"って。
しかもやたらと裏口へ行け、とか非常口から逃げろ、とか。」
「なるほどな。なぜ敵は裏口にこだわったと思う?」
「一度も自分が先に行こうとはしなかったので行き方は知らないのかと。
知りたい理由はわかりません。今日行きたい理由があったのか下見だったのか…全く…。」
「ふむ。わかった、ありがとう。
では、わしらはちょっと話し合いがあるのでな、あんたはあそこのつい立ての向こうにあるソファーで休んでてくれるか?」
「はい……あれ?…先生…」
「どないした?」
「今になって足が…すくんだまま…固まってます…」
「フッ、そうか、怖かったな、よく頑張ったな。」
時宗はマントをひるがえして、スッと雪野をくるみ、抱き上げた。
父親が片手で子供を腕に座らせる抱っこように。
―どうせならお姫様抱っこ…
雪野が心の中でつぶやいた時にはもうソファーに置かれていた。
「話し合いが終わったら買い物の続きや。それまでゆっくり休んどき。」
そう言って時宗は雪野の目の上に手をかざした。
―あれ?この感じ…出国の時の薬みたい…
雪野はそのまま眠りに落ちた…




