男は戦、女は婚礼 3
殿の御前を退いて奥へ戻るとすぐ、阿茶は自分の局の庭に面した廊下へ出た。
「五郎衛門、おりますか?」
誰もいないはずの庭先に物陰から、すっと人が出てきた。先ほど会った五郎衛門だった。
無言で頭を垂れ、片膝をつく。
「直答を許します。殿の仰せにより、わたくしの護衛となるとのこと。影供という認識でよろしいかしら」
「はい。それがしは忍の者でありますれば、このようにじかにお答えすることも憚られる身分でありますゆえ、お駕籠の側につくことは、かないませぬ」
「それでも殿がわたくしの護衛として付けたのは、それも隠居していたそなたを引っ張り出してまで任じたのは、よほどの手練れと見受けます」
「……もったいないお言葉」
ふう、と阿茶が溜め息をつく。
「奥勤めのわたくしにここまでする殿の御考えがよう分かりませぬ。しかし、任じられたからには、よろしく頼みます」
「御意」
「さて……ここからは、腹を割って話しましょう。笹尾局の伯父とのこと。それ以外、わたくしは知りませぬ」
と、阿茶は幸を呼んだ。
「白湯と、ほれ、干菓子があったでしょう? 持ってらっしゃい」
「かしこまりました」と、一礼した幸は退いた。
「五郎衛門、ここにお座りなさい」
沓脱石近くの廊下に坐った阿茶は、隣の場所を手で叩いて示した。
「いえ、それがしは」
「遠慮はいりませぬ。ここからは、奥の上臈・阿茶局ではなく、徒士侍・神尾忠重の後家の飯田須和と、朋輩のおふうの伯父御との世間話です」
「いや、しかし……」
押し問答をしていると、白湯の入った茶碗を捧げ持った幸と、干菓子を載せた高坏を持った芽衣がやってきて阿茶と五郎衛門の前に置いた。
「遠慮も過ぎると、無礼となりますよ、おじさま」
芽衣の言葉に、五郎衛門が口元をゆがめる。
「芽衣、血縁でしたか?」
「母方の一族でございます」
と、芽衣が一礼する。
「ほがない」
つぶやいた五郎衛門が、
「では、失礼して」
と、立ち上がって沓脱石に上り、廊下に腰をおろした。
「今のは、『しかたがない』という意味でございます」
阿茶にささやく芽衣を睨んで、五郎衛門は茶碗を取り上げ、ひと口飲んだ。
「そなたの姪の笹尾局……おふうは、じつによくやってくれています」
阿茶は笹尾局こと、おふうのこれまでの勤めぶりを話し、褒めた。
熱心に耳を傾けていた五郎衛門は、聞き終わると手にしていた茶碗を茶托へ置いた。
「伊賀は山あいで耕地が少なく、田畑を耕すだけでは食えんもんだで、わしのように戦働きに出たりする一方、弟一家のようによそへ移り住むもんもおります。弟は鍛冶屋で修行した者で、他国で食っていくことはできるだろう、とは思うとりましたが、娘のうち一人が子どもの頃からお屋敷勤めに出、そこのお仕えした姫さまがお城で側室にならしたと聞いたときは、なんと数奇な、と驚いたもんです。それどころか、姪が今では世継ぎの若さまの侍女をしておるとは、先のことは分からんもんですなあ。おまけに、奥でも阿茶局さまを始めとする方々に、可愛がられておるようで、安堵いたしました」
「おおらかで機転のきくおふうには、いろいろ助けてもろうとります」
「いやいや、おふうが出世したお蔭で、弟一家だけでなく、一族のわしらまでも引き立てていただき、ありがたいことでございます」
「戦働きをしていた、と申されましたが、いかようなことを?」
「わしは人よりいささか足が速うございましたので、かまり(物見)の他に早飛脚を。浅井さま、北畠さまのところで働いたこともありますが、おふうが徳川さまの奥で側室さま付きになってからは、徳川さまの許でのみ働いておりました。ですが、寄る年波に勝てず、息子に後を譲って隠居いたした次第。ところが故郷に引っ込んでいたところ、お召しがあり、参上いたしたのでございます」
「なるほど。殿はそなたに護衛とお使いを期待して、わたくしに付けたようですね」
「わしも、そのように察しました」
「五郎衛門、他にひと目があるときは、人の口がうるさそうですから、先ほどのようで良いのですが、侍女たちがいるくらいでしたら、親戚の媼にでも話すような態度でかまいませんよ」
「めっそうもない」
と、五郎衛門は立ち上がり、ひらりと身を翻して庭へ降り、平伏した。
「これから、よろしゅうに」
阿茶が声を掛けると、「御意」とのみ答えて、五郎衛門は姿を消した。
「……おじさまったら、愛想のない」
芽衣がつぶやいた。
その後、江戸にいる笹尾局に伯父の五郎衛門が付くことになったと文で報せたら、
『伯父さまは若い頃、荒くれ者でしたが、伝説の透波――醒井の韋駄天、変化の六平、竜馬の小八――までには至りませんけど、早道名人の者。本能寺で織田右府さまが討たれたことを明智軍の隙をついて走り抜け、徳川にいち早く報せたのは、伯父さまなのです。心強い味方です。我が一族の者を存分にお使いください』
と、興奮ぎみの返事がきた。
「荒くれ者? ちょっと不愛想で穏やかな感じのお人だったけれど?」
阿茶は首を傾げた。
翌日に茶屋家から阿茶に面会依頼がきて、翌々日、会うことになった。手代の交代の件についてだ。
物品を担当する表役人にはすでに挨拶を済ませたようで、奥の責任者である阿茶の許へやってきた。
茶屋家の注文取りは、浜松城のときには彦左衛門という商人より武者といった雰囲気の者が担当だった。阿茶がはじめて作った打掛を駿府の松木家とあれこれやったのが、この手代だ。次は朝日姫さまの輿入れ前に、京の流行に詳しいからということで、彦左衛門が番頭になったあと、徳川家担当になったのは、喜兵衛という手代だ。喜兵衛が担当している途中で、阿茶が奥を取り仕切るようになり、上方で流行している衣装のことをいろいろと教えてもらった。この喜兵衛が番頭に昇格し、次に来たのが、新次郎という若者だった。彦左衛門は今や大番頭となり、新次郎はその息子だという。
「振姫さまのお輿入れが、手前の最後の仕事になりましたなあ」
台所脇の商人との面会のための板敷の部屋で、挨拶を交わしたあと、円座に坐り、喜兵衛が言った。
「お道具とお衣装は、いつ入ります? 母君のお竹の方さまが、それは楽しみにしておられますの」
「十月の吉日に納めさせていただきます。内大臣の姫さまにふさわしい、雅やかな品々でございます。お披露目のときは、姫さま、母君さまをはじめ、奥のお女中方にも、きっとご満足していただける出来だと自負しております」
喜兵衛が阿茶に答えると、すぐに新次郎が尋ねた。
「恐れ入りますが、亀屋さんのほうの物はいつ頃、納入されますでしょうか」
「これ、失礼やぞ」と喜兵衛が新次郎の袖を引いて注意を促した。他の商人のことは、表役人に訊けばいいだけで、今、阿茶に尋ねることではない。
「物ではなく、〝世間話〟の方が気になるのでしょう?」
阿茶は微笑んだ。
「わたくしは東女なので、回りくどいことは時と場合によっては、面倒に感じられることがあります。そなたもですか? 新次郎どの」
「は……面目次第もございません。気がはやりました」
「申し訳ございません。とんだご無礼を」
頭を下げる新次郎の横で、喜兵衛も慌てて謝っている。
「よろしいのですよ。こちらも単刀直入に申しましょう。今、挙がっている縁組の候補は二人、加藤主計頭清正さまと、福島左衛門大夫正則さまの養嗣子の正之さま。このお二方の情報が欲しいのです。けれども、殿が欲しているものとは違い、嫁ぐ姫さま方用のもの。つまり、当人の性格、癖、お召し上がり物のなにがお好きか、お嫌いか。習慣、好むこと、嫌いなこと、ご家族のこと、側室と庶子のことなど。無理はなさらぬように、出来る範囲で調べていただきたいのです」
率直すぎる物言いに、目を見張った喜兵衛と新次郎だが、すぐに顔を引き締めた。
「よろしゅうございます。まずはその〝世間話〟を仕入れて参りましょう」
と、新次郎が答える。
「大名家の婚礼が二件。えらいこっちゃ」
と、えびす顔でつぶやいているのが喜兵衛。
「よしなに」
阿茶も笑顔で応えた。
正確さも、もちろん大事だが、茶屋家、亀屋、松木家、その他から仕入れた情報を比べて真実を見極めるのが、阿茶の仕事だ。
十月に入って、振姫さまの輿入れのためのお道具、お衣装が次々と徳川家の伏見屋敷へ納入され、奥座敷に広げられて披露された。
殿、振姫さま、お竹の方さまはその出来に満足され、拝見を許された他の側室方も花嫁道具の素晴らしさを褒めそやし、お付きの侍女たちは感嘆の溜め息をついた。
一方で、予定していた縁談以外の話が飛び込んで来た。伊達家との縁組である。
持ってきたのは、堺の商人・今井宗薫。
和泉国堺は守護大名の山内氏が対明貿易を始めてから遣明船の発着地となり、山内氏が討伐されたあとは、納屋(貸倉庫)を有した豪商の中から選ばれた会合衆が町政を取り仕切った。堺の豊かさは海外にまで知られており、織田信長は支配下に置こうとした。多くの商人たちは、それに反抗したが、宗薫の父・今井宗久は信長に謁して、大名物の『松島の壺』と『紹鷗茄子』を献上して結びついた。
今井宗久は、わび茶の骨格を作った武野紹鴎の女婿で、田中宗易(千利休)、津田(天王寺屋)宗及と共に茶の湯の弟子でもあり、のちに織田信長の茶会の常連にもなる。
薬や鉄砲・火薬などを扱う商人で、信長が武力で堺を屈服させ、直轄領とすると、代官の松井友閑に協力した。
宗薫はその嫡子で、父に次いで織田信長に仕え、信長亡き後は豊臣秀吉の茶頭となり、摂津国住吉に千石の知行地を与えられている。
(その今井さま、伊達さまと懇意であったか。どちらが言い出したことか分からぬが、徳川を〝買い〟との思惑であろう)
媒酌人となったのは、太閤亡き後の豊臣家の行く末を見切ったからか、と阿茶は感じた。
殿はこの縁談を受けるつもりだ。
徳川以外でも太閤の遺訓を破る者が出てきた様子。この波に乗るようだ。
伊達さまは正室腹の五郎八姫さま五歳と、こちらは辰千代君七歳。共に幼いので、とりあえず婚約をということ。結納を交わすのは年明け、とすぐに話がまとまった。
それが十一月の半ばのこと。
江戸には、その報せがいっており、辰千代君の後見をしている皆川さまには伝えられた。母である於茶阿局も知っていると思われたが、阿茶は江戸で留守を任せている石津局と稲城局、そして於茶阿局に宛てて、伊達家との婚約の件を、文を遣わせて報せた。
『なんという快挙。これも神仏のご加護があってのこと。伊達さまの姫君と辰千代の縁組。なんと素晴らしいことでしょう』
喜びの余り舞い踊っているような文面の返事がきた。
「めでたいことには、違いないのですけどね」
阿茶は、伊達家からの縁談の相手に辰千代君を据えた際の、殿の苦い顔を思い浮かべた。
『釣り合う年頃の息子が、アレしかおらんからのう』
そんな声が聞こえてきそうだった。
伏見屋敷にいるお亀さまの子、仙千代君はいずれ重臣の平岩親吉さまの養子になることが決まっていたからだ。今、徳川家で養子先が決まっておらず、伊達家の正室腹の姫君と年齢・身分が釣り合う若君は、殿の好悪に関わらず、皮肉なことに辰千代君しかいなかった。




