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豊臣家の女たち

 豊臣家における徳川家の取次役は、浅野長吉さま。奥向きは、孝蔵主さま。

 徳川家の家政を預かる阿茶は、当然、取次役の方々にも季節の進物を贈っている。その代わり、徳川家の伝手がない近江出身の人たちには疎い。

 それは豊臣家の奥向きにも言えることで、これまでは北政所さまの側近の孝蔵主さましか知らなかったが、今回の婚礼で二の丸さま(淀殿)付きの二位局と会い、以後は季節の挨拶を交わしている。



「北政所さま付きの侍女は、織田家に関係する尾張者が多いようですな。ただ、孝蔵主どのは近江の長浜城に住まいしていたときから、仕えているそうで。父親は足利将軍家に仕えていた川副伊賀守勝重という者、十三代将軍義輝さまが三好どもに暗殺されると没落し、近江の蒲生家に縁があったので、そこに仕官し、近江野田庄を拝領したとか。他方、若殿元服の折、北政所さまのもう一方の脇に控えていたひがしの局どのは、大谷刑部吉継どのの生母。北政所さまの縁者ですが、娘たちは近江者の石田三成の一族に嫁いでおります。また、二位局どのも浅井長政に仕えた者の娘で、その縁で二の丸さまの侍女になったようです。弟が一人おり、嵯峨源氏の末裔、渡辺筑後守勝と名乗り、馬回りを勤めているそうです」

 阿茶の部屋へやってきた本多正信さまが、教えてくれた。

「さっそくお調べくださったのですね。ありがたきこと。こちらも分かったことをお話しますので、殿にもお伝えくださいませ」

 阿茶の方も、部屋へときどき来て、秀忠邸の様子を報せてくれる民部卿局から、少しずつ引き出した豊臣家の奥向きのことを語った。



 豊臣家の奥での一番は北政所。従一位という位も朝廷から賜り、この国の高貴な女性の一人である。

 正妻の北政所の他、太閤は多くの側室を抱えている。その中で一番は、後継男子を産んだ二の丸殿こと浅井茶々。

 次は太閤の寵愛が深い順で、二の丸殿の従姉妹の松の丸殿(京極竜子)、織田信長の三女の三の丸殿、前田利家三女の麻阿まあこと加賀殿、蒲生氏郷の妹の三条殿、織田信長の弟・信包の娘の姫路殿、北条家臣・成田氏の娘の甲斐姫、他には、伏見の地侍・高田次郎右衛門の娘・おたね、山名禅高(鳥取城主山中豊国)の娘、肥前名護屋越前守の妹・広沢局など。

 寵愛したのは、美貌で高貴な家系の女ばかりだった。ことに美しかった松の丸殿とは湯治に行った先で共に湯に入り、その玉の肌を愛でたという。


 秀吉の側室は三百人もいるという風聞がある。名が知られているだけでも十一人の側室がいた秀吉だが、それにしても三百人は数が多すぎる。これを伝えた宣教師のルイス・フロイスはキリシタン禁令を出した秀吉を嫌っていたので、誇張されているとも思われる。しかし、側室それぞれに侍女がついていたことから、大坂城・伏見城には大勢の女たちがいたことは確かである。

 豊臣家の奥向きの全体を統括するのは、孝蔵主。奥の女性たちを担当するのは、ちゃあという老女(侍女)。

 北政所に仕える筆頭侍女は、東の局。その次は、娘のこや。二人は対外的なことを担当した。客人きゃくじんと呼ばれたキリシタンのマグダレナとその娘は、右筆として、加えて奥向きの財政を担当した。典礼を担ったのは、さごと中納言という二人の侍女だった。

 奥の女たちの総取り締まりをしたのは、北政所の生母の朝日である。

 この正妻に仕える侍女団の他に、二の丸殿と嫡男・拾君に仕える侍女団が別にあった。

 二の丸殿(淀殿)の下には、浅井茶々の乳母あがりの老女・大蔵卿局。二の丸殿と男女の関係であるという噂の乳兄弟・大野治長の母である。それに次ぐのは二位局。他に、三位局、あこ、なか、玉、いちゃ、むめつぼ、みや、という侍女がついていた。

 拾君(秀頼)には、饗庭局あいばのつぼね、右京大夫、宮内卿局、小太夫という者たち。(のちに、秀吉の縁者・右京大夫、渡辺糺の母・正栄尼と木村重成の母・宮内卿局が拾君の乳母だと知れる)



「北政所さま付きと思っていた孝蔵主さまは、太閤付きの老女(役女)で、信頼も厚く、権限も大きいようです」

「なるほど」

 本多さまがうなずいて言う。

「私が城内に入れた者らによると、どうやら男子を産んだことで二の丸殿の地位が上がったようですな。もう一人の正妻として重んじられているようで、北政所さまの地位が相対的に下がっておると、端女はしためどもは噂しております。二の丸殿が浅井長政の娘であることから、旧主を慕う者ども、その縁につながる者どもが仕えるようになり、豊臣家と表面は見えまするが、内実は浅井家になっておりますな」

 ふう、と息を継いで本多さまが続ける。

「奥の女どもがそうであるためか、表の男どもも石田三成をはじめとして近江者が台頭してきております。と、武功で成り上がった者からは見えるようで。実際は、近江者は実務に優れた者が多いということ。そして、それらは若輩のため、戦の経験がほぼ無い、ということ。それゆえ、戦場いくさばをくぐり抜けた加藤清正などが侮るのでしょう。しかし、今の側近は石田三成たちでありますから、清正は渡海先での行動を悪しざまに太閤へ報告され、現在、謹慎の身となっておるのは皮肉なことでありますな」

 義妹の加代からのふみでも、尾張者と近江者の反目の事が書かれてあったが、かなり深刻な状態になっているようだ。これで絶対的な主人の太閤が亡くなったら、どうなることか。ましてや後継は幼く、支える縁者も譜代の重臣もいない。

「……どこの家でも、いろいろとありますこと」

 豊臣家の先行きの暗さを思い、阿茶は溜め息をついた。

「さなり」

 本多さまも頭を振っている。

「ご参考になりましたでしょうか」

「十分でございます。しかし、また何かあれば、お知らせください」

 挨拶を交わし、阿茶は本多さまと別れた。


(その点、徳川家は安泰じゃな)

 ご長男は亡くなられ、次男の結城秀康さまは元養父の太閤を慕ってそのお側にいる。しかし、三男で世継ぎの秀忠さまは太閤の養女で二の丸さまの妹君を正室として仲睦まじく、四男の忠吉さまは東条松平家へ養子に入り、武芸・民政共に励んでおられる。武田家を継いだ五男の信吉さまはお身体が弱いながらも民政にいそしまれ、六男の辰千代君が宙に浮いた存在となっていて、少し気がかりながら、七男の松千代君は長沢松平家で可愛がられ、八男の仙千代君も伏見屋敷ですくすくと育っておられる。

 姫君も、長女の亀姫さまは奥平家に嫁がれてお幸せだし、次女の督姫さまは先夫を亡くされる不幸があったものの、再婚先の池田家では大切にされ、今ではお幸せそうだ。三女の振姫さまは蒲生家との婚約が調い、四女の松姫さまも時々熱を出されるが、順調にお育ちだ。


「このまま何事もなければいいのに」

 願いを口にした阿茶自身、今がひとときの平穏であることを心のどこかで覚っていた。









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