表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奇跡の虹が残したものは  作者: 吉田 琥珀
8/14

愛姫

AM5時

結局、浅い眠りのまま朝を迎えてしまった

明るさに惹かれるように目を向けると、愛姫は静かに窓の外を眺めていた。


「起きてたんなら声かけろよ」


ベッドから立ち上がり窓を見ると、滴り落ちる雨粒にガラスはユラユラと揺れていた。


じいちゃんの言ったことは本当だった


「いっちゃん、花が」


紫陽花の花は、すでに半分以上がなくなっていた。


「まだ大丈夫だって」


大丈夫? いったい何が大丈夫なのか……


「そんな事より早く行くぞ。 雨の日の散歩

好きなんだろ?」


ただでさえ雨の日は気分が乗らない

だから、なるべく明るく言ったつもりだった

あのうっとおしいくらい元気な「行くぅ〜」

の言葉を期待して。

だが、愛姫は紫陽花をジッと見つめたまま


「今日はいい」


Tシャツを脱ごうとしていた手を止めた


「そっか、幽霊でもさすがに疲れたか」


そんなはずないだろ!


だが、愛姫はゆっくり頷いた。


胸に染み入るような雨の音が息苦しい


着替えを終え、テレビをつけると昨日の虹のことがニュースで取り上げられていた。


キャスターと気象予報士の間でそのやりとりが続く。やはり相当目面しい現象だったようだ。気象予報士はやや興奮気味にその豊富な知識を語っていた。


日本でこれだけ鮮やかなサークルレインボーが現れたのは観測史上初めての事で、まさに奇跡と言ってもいい。

そう強く言っていた。



この日、俺はいつもより早く家を出た




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


いつもと同じ時間が流れて行く。

普通に働き、普通に昼飯を食ってまた仕事に戻って。

そして、時間がくれば普通に「お疲れ」と言って仲間と別れ、またいつもの道を通って家路へ急ぐ。

普段となんら変わりない日常。

だが、確実に変わっていくもう一つの現実に家へと向かう足取りは重かった。


昨日の疲れが取れなかったのか、矢神は体調不良で欠勤。


後で見舞いの電話でも入れてやろうか

なんて事を考えていると


ピルルル ピルルル


「ととと、電話?」


その相手は矢神だった。


「おう、どうした わざわざ電話なんかよこして。てか、体大丈夫か?」


「あ? ああ、大丈夫だ」

「そっか、で、なんだよ」

「お前、今から出れるか?」

「今からって、俺、今帰ってるとこなんだけど」

「ああ、そうか。なら帰ったらすぐに近くのファミレスまで来い」

「はぁ? なんだよ急に」

「いいから来いって。 あっ、愛姫にはバレないように一人で来いよ」

「バレないようにって、まぁ言わなきゃ大丈夫だろうけど」

「アホ、言わなくてもバレるだろうが」

「は? なんで」

「だって、あいつら人の心がよめんだから」

「はあっ?!」

「あれ? 俺言わなかったっけ?」

「言ってねぇよ!」


なんだそれ!

そうかぁ だからあいついつも俺の考えてることを次から次へと…

あのヤロー

わざとだ。絶対わざと黙っていやがった!


「じゃあ、俺の考えてること全部だだ漏れってことか?」

「いや、だだ漏れってわけじゃないと思う

多分、なんかそういう能力みたいなのがあるらしい」


能力って…


「とにかく、俺、もうそっち向かってるからなるべく早く来いよ」

「あ、ああ、わかった」


矢神の切羽詰まったような物言いに、なんの話か聞くのを忘れて電話を切った。


それにしても、

気になるのは、一人で来い。

この言葉だ。


愛姫にはバレないように一人で。


それだけでなんの話かは大体わかる。

それも、多分いい話ではなさそうだ。


帰る足取りが余計に重くなってしまった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ただいま」

「あっ、おかえり!」


テレビを見ていた愛姫がクルリと振り返る

その顔は、朝とは違って笑顔だった。


いつもはうっとおしく思うその顔も、今日ばかりはホッとする。


「いっちゃんご飯は? 何食べるの?」

「あ? ああ、いや、ちょっと今から出かけなきゃなんないから」

「今から? 何処に?」

「えっと、ちょっと矢神とな…」

「矢神君と?」


あ〜〜〜

あんまり見るなよ。

どうしよ、なんかエロい事でも考えりゃいいのかな…

って、アホか!


愛姫はジッと俺の目を見ている。

これ以上はマズイ


「じ、じゃあもう行くわ。あいつ、待たすとうるせぇから」


カバンをソファに置き、スマホと財布だけを持って背中を向けた。

だけどこいつはまた駄々をこねるだろう

どうやって振りほどこう、そんな事を考えていたのだが、


「わかった。 気をつけてね」


あまりにも意外な反応に、かえって心臓がトクッとなったが、だからと言ってそれを聞き返す事も出来ない。


俺は、一度は背中を向けた体をもう一度愛姫の方へ向き直し


「すぐ帰ってくるから」


と、笑顔で言った


その顔に、愛姫はコクリと頷いた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


店内を見渡すと、矢神はすでに一番奥の席に座っていた。


「悪ぃ、体、大丈夫か?」

「あんなもん一晩もすりゃ全回復だよ」


確かに、昨日とは顔色も声も全然違う。


「じゃあなんで今日休んだんだよ」

「お前もコーヒーでいいよな。

すいませーん、コーヒー二つ」

「おい、聞いてんのかよ。てか、俺腹減ってんだけど」

「悪いな、飯は後にしてくれ」

「はぁ!?」


なんだろうか、これ…

すごく嫌な感じがする。

矢神の顔が、いままで見た事がない程真剣なのだ。


心臓が、

ザワザワとする。


矢神は、運ばれてきた水をクピッと一口含むと言った。


「お前、愛姫について何処まで知ってる?」


やっぱり…

予想は的中した。


「何処までって、いったい何を?」

「どんな人生を送ってきたかって事だよ」

「人生って… ンな事言われても、俺たち半年しか付き合ってなかったんだぜ。そんな込み入った話する暇なんてなかったよ」

「そうか…」


何を期待していたのか、矢神は肩を落とし

軽く溜息をついた。


「いや、ちょっと待てよ。そういえば、一度だけ親の話を聞いた事がある。確か、両親は小さい頃事故で亡くなって、身寄りがないからずっと施設にいたって言ってた」


それを訊いた矢神の顔は、眉間に皺を寄せ

とても厳しい表情になっていた。


なんでそんな顔すんだよ。

この話の筋が全く見えず、運ばれてきたコーヒーにも手が出ない。


「事故で亡くなったって、あいつそう言ったのか?」

「ああ、言ってた。あいつ、自分の事はあんまり話さなかったから覚えてる。

間違いない」

「そうか…」


まただ…

またそんな顔をする。

なんでお前がそんな暗い顔してんだよ!


「おい、何が言いてぇんだよ。さっさと言えよ」


戸惑いが、徐々に苛立ちへ変わっていく

それでも矢神はなかなか口を割ろうとしない


「おいって! 訊いてんかよ!」


ぶつけるように言った。

すると、矢神はようやく重い口を開いた


「事故なんかじゃねぇよ」

「はぁ? 何言って…」

「ネグレクト」

「は?」

「って言葉、知ってるか?」

「ネグ……は? 何?」


初めて聞いた言葉に、違う意味で眉間に皺がよる。


「ネグレクト… まあ、いろいろ意味はあるけど、大雑把に言うと育児放棄って事だよ」

「育児放棄って………つうか

なんでお前がそんな事知ってんだよ。ありえねぇだろ」


そうだ。

矢神と愛姫が会ったのは、一週間程前のあの朝が初めてのはず。

なのに、なんで俺すら知らない愛姫の過去を知っている?

いくら相手が矢神でも、そんなもん、すぐには信じられない。

当然だろ……


だが、目の前にいるこの男の表情からして

冗談を言っているようにも思えない。

それが余計に混乱を招く。


「おい、どういうことなのかさっさと説明しろよ!」


俺は、一人苛立っていた。

訳のわからない事を真剣な顔で言われてんだ

当然だろ?

それとは逆に、矢神は至って冷静だった。

冷静に、静かな口調でこう言った


「流れてきたんだ」

「流れてきた? 何が…?」

「昨日、愛姫が俺の中に入ってきた時だよ」

「入ってきた? 憑依ってやつか?」

「ああ、あれはお互いの心と精神を繋げて共有するものだって前に話したよな」

「おお」

「あいつが俺とリンクした時、一気にそれが流れこんできたんだよ」

「それって?」


矢神は厳しい表情のまま、コーヒーではなく、冷たい水を一口飲んだ。

そして、うつむきながら静かに言った。


「闇………だよ」

「闇? アホか、あいつの何処にそんなもんがあんだよ。冗談キツイぜ」


冗談ではない。

そんなことくらい、こいつの顔を見ればわかる。だけど、闇なんて言葉、愛姫とは一番縁のないものだと思っていたから俺がこう言うのも仕方のないことだろ。

だが、矢神はその言葉に反論もせず、淡々と語り始めた。


「小さい頃の記憶だよ。散らかった暗い部屋の中で、嵐の夜に、寒さと空腹と恐怖でグチャグチャになりながら泣きじゃくってた」


嵐……?

雨、か………


「その記憶の中に、施設の名前があったんだ

半信半疑で調べてみたら、今もその施設はあって、俺、思い切って電話してみたんだよ。

そしたらさ、一人だけ、愛姫の事を知っている人がいてさ、実は、さっきまでその人と会ってた」

「会ってたって、だから今日休んだのかよ」

「まぁな… 木下さんて言うんだけど、愛姫の葬式にも来てたらしい」


なんてことだ…

なんでそこまでして…

そこまでしなきゃいられないほどの事だったのか?

あいつは、馬鹿で、図々しくて、落ち着きがなくて、全然空気がよめなくて、そんなやつの何処に闇があるってんだよ。




あ………………




ふと、付き合ってた頃の愛姫の悲しそうな顔が浮かぶ。


あの顔がそうなのか?


「それで? いったいなんの話をしてきたんだよ」


はっきり言って、聞きたくはなかった。

矢神の表情からして、良くない事であるのは明白だっから。

だけど、だからと言って訊かずに帰る事も出来ない。

なんか、ものすごく厄介なループ地獄にはまってしまったような気分だ。


「愛姫は近所の人の通報で警察に保護されて迎えに行ったのがその人なんだ。

愛姫が5歳の時だったそうだ。

何日食べてなかったのか、痩せ細って体は垢だらけ。今まで何人も施設に来た子供を見てきたそうだけど、ここまでひどいのは初めてだったらしい。そのせいか、愛姫はなかなか心を開いてくれなかったらしい。

そんな時に、ある夫婦が施設を訪れて、愛姫の事を知ったんだ。

その夫婦は幾つも店を持っててかなり裕福だったんだけど、子供には恵まれなくて、その施設を金銭的な面で支援してくれてたらしい

それで、施設側と話し合いを重ねた結果、養子として愛姫を迎える事にしたそうだ」


「養子… ならよかったじゃねぇか」

「まぁ、そうなんだけど」

「なんだよ、まだなんがあんのかよ。

もったいぶってねぇで早く言えよ!」


なかなか本題に入らないこの話に、イライラは募る。


「別にもったいぶってねぇよ。順に説明してってるだけだろうが」


確かに……


「引き取られた愛姫は、その夫婦の惜しみない愛情で少しずつ心を開いていったんだ。

定期的に施設の職員が様子を見に行ってたらしいんだけど、行くたびに表情が明るくなっていくってみんな驚いてだらしい。

だけど………」

「けど? なんだよ」


でも……

だけど……

今はあんまり聞きたくない言葉だ。


「ある日、突然いなくなった」

「はぁ?!」

「ちょっと用事があるからって、愛姫を施設に預けてそのまま。

数日後、二人の車が近くの港に沈んでいるのが発見されて、中から夫婦の遺体が見つかった。その後の調査で、事業に失敗したことによる無理心中だったそうだ。

かなりの借金があったらしい。

自宅から遺書も見つかったって」


なんちゅう展開だ!


「愛姫は? その時の愛姫は?」


申し訳ないが、借金苦で自殺にまで追いやられたこの夫婦を気の毒に思う余裕はない。


「木下さんは愛姫に本当の事を伝えた方がいいのか迷ったらしい。だけど、結局言えなかった。だから、愛姫はその夫婦が亡くなった事を知らないそうだ」

「なんで、言えなかったんだ?」

「愛姫、木下さんに泣きながら言ったんだって。おじさんとおばさんがいなくなったのは自分のせいだって。 なんで、そんな事を言うのかってきいたら、なんて言ったと思う?」

「知らねぇよ、わかるわけねぇだろ」

「だよな、俺もビックリしたよ。おじさんとおばさんがいなくなったのは、自分がコップを割ったからだって」

「コップって、メチャクチャ高い…とか?」

「さぁ、値段まではわかんねぇけど、おじさんのお気に入りのコーヒーカップだったらしい。 でも、いくら高いコーヒーカップでもそれと二人がいなくなったこととが関係あるなんて誰も思わねぇよな、普通……」

「ま、まぁな……」


金額を気にした自分が恥ずかしい……


「だから、木下さんは一生懸命そうじゃないってことを愛姫に伝えようとしたんだけど、

なんせ、両親の事もあるからな。

で、結局言えなくてそのまま」


納得…

そりゃ言えねぇよな


「で、そのあとはずっと施設で暮らして、中学を卒業した後、そこは出てる。

木下さんが、このままここでスタッフとして一緒に働かないかって勧めたんだけど、愛姫は断ったらしい。でも、木下さんはその後も愛姫の事を気にかけてて、定期的に連絡はとってたらしい。

その話によると、施設を出た後はバイトの掛け持ちでなんとか暮らしてたんだと。

精神的にも安定してたみたいだし、なんつっても彼氏ができた事が一番の薬だったみたいでさ」

「彼氏?」


ここで出てきたもうひとつの意外な話に、思わず聞き返してしまった。


「えっ 何? 気になる?」


俺の反応にすかさず食いついた矢神は少しニヤついている。

眉間の皺は何処行った!


「アホか。いいから続き話せ!」


その言葉に、矢神は少しつまらなさそうな顔をした。

やっぱりこいつは俺をおちょくる事に命かけてやがる。


「木下さんももう大丈夫だろう。そう思うくらい愛姫は毎日楽しそうに暮らしてたそうなんだけど…」


まただ…

また、嫌な言葉だ……


キュッと体に力が入る。


「ある日突然、男と連絡が取れなくなったらしい」

「またかよっ! くそったれ」

「ああ、またしても、だ。

木下さんの話だと、多分、男に新しい女ができたからじゃないかって」


女、ね……

男女の間では割とよくある話ではあるが、こいつの場合、他の奴とは違うところがある。

ヘタすりゃこいつは……

俺のそんな心配を、矢神はあっさりと言い当てた。


「最初に切ったのはそん時だ」


ああ………

やっぱり………


今になって思い出したのだが、俺と付き合ってた頃、あいつは左手首にいつもリストバンドをつけていた。

俺は、それを取ったところを一度も見たことはなかった。


「お前、見たことねぇの? 」

「何を?」

「傷跡」

「ねぇよ。あいつ、手首ずっと隠してたし」

「手首? 手首だけか?」

「そうだけど、なんか変か?」

「いや、木下さんの話だと、手首から肘の辺りまでびっしりだって」

「はぁ? ねぇよ。俺といた時はそんなもんなかったぞ」


どういう事だ?

というか、手首の傷さえ見たことないってのに、今話してるのはいったい誰の事なんだよ

なんて、やはり頭の混乱は続く。


「俺さ、思うんだけど、本気で死ぬ気はなかったんじゃねぇかな。リスカーのほとんどがそうだって聞くし」

「なんでそんな事言えんだよ」

「いや、わかんねぇけど、ほら、あいつ、ヒーローが好きだって言ってただろ?

もしかして、誰かに助けて欲しかったんじゃねぇのかなって……

や、これはあくまで俺の推測だから軽く聞き流してくれてもいいんだけど…」


ヒーロー………か。

そういや、あいつそんな事言ってたな。

目面しく真剣な顔で、キラキラした目をしながら、酔っ払った俺に語った。

俺は、軽い気持ちで、いる、と言った。

それがあいつの願い?

だとしたら………


「それなら、なんで蘇ったのかあいつは初めからわかってたんじゃねぇのか?

だったらなんで言わねぇんだよ」

「いや、わかってねぇよ。あいつの記憶の中にはなかった、ずうっと雨が降ってて、何処を見ても真っ暗闇で。親に置いてかれた時の記憶だって心の奥底にあったものをやっとこさ引っ張り出してきたんだから。だから、木下さんに会って来たんだろうが」

「あ、ああ……そうか」

「色んなもの、閉じ込めなきゃ生きていけなかったんじゃねぇの?」

「そんな器用な事、人に出来んのかよ」

「いや、普通はできねぇだろうな。人の記憶なんて、強い衝撃でも受けない限りなくせるものじゃない。でも、愛姫にはそれができた

それだけ辛かったってことだろ」


いったい俺たちは誰の話をしているのか

また分からなくなった。

いや、これは現実逃避だ。

俺は、この場から逃げようとしている。

わかってはいても、どうしようもない。

ほんの半年だったけど、俺の彼女だったやつの事を何も知らなかったなんて、情けなくて逃げたくもなるさ。

違うかな………


「ところで、愛姫の様子、どうだ? なんか変わったことはないか?」


俺は、黙ったまま目を逸らした。

矢神はそんな俺のためらいを敏感に感じとったようだ。


「あったんだな」

「ああ… 日に日に物忘れが酷くなっていってる。いや、忘れてると言うより、なくしていってるって言った方がいいかも。

少しずつ弱ってきてる気もするし、この前は夢見ながら泣いたりしてて…」

「はぁ?」


はぁって…

何故ここでそんな声がてるのかわからない

こっちは真面目に話してるってのに、その意外な反応に、少しムカついた。


「あいつが夢なんか見るわけねぇだろ。幽霊は寝ないんだから」

「えっ? だって…」

「時間を刻む必要がなくなった以上、食も睡眠も必要ねぇんだよ」

「…………………」


もう、言葉が出てこない。

俺は、いったい何をしてたんだろう。

偉そうな事言っておきながら、俺は愛姫の事をなんにも知らなかった。

知ってやれなかった。

自分に対してこんなにもムカついたのは初めてだ。


「じゃあ、なんであいつはその事を言わなかったんだよ」

「さぁな、お前の事を思ってそうしたんじゃねぇの?一晩中起きていられたら気になって眠れないだろ」


確かにそうだけと、なら、俺が寝ている間、長い夜をあいつは何をして過ごしてたんだ?


クソ……

生意気な事しやがって……


「とにかく、愛姫の体に何かが起きてるのは間違いない。早いとこ何とかしねぇとな」

「早いとこって、なんで」

「魂が人の世に長く居すぎるのは良くねぇんだよ。死んだもの、生きてるもの、それぞれちゃんと決められた世界に治まるってのが道理ってもんだろ。かわいそうだけど、やっぱりあいつはこの世界にいちゃいけないんだよ

それくらいお前もわかってんだろ?」


図星だった。

俺は、いつからかまっすぐ前を見られなくなっていた。

都合のいい事を、都合のいいように捉えて。

それが、愛姫にとって良くない事だとわかっていながら。


「じゃあ、俺はどうすればいい?」

「その事なんだけど、俺、サキちゃんに会いに行ってくる。会って、愛姫の事を訊いてみる。信用できる人だから、きっと何かいい方法教えてくれると思う」


再び登場したサキちゃんの名前。

霊媒師なんて、自分とは無関係な存在だと思ってた。


「悪いな、そこまでしてもらって」

「今更何行ってんだよ。お前よりあっちの世界とは付き合いが長いって前にも言っただろうが。変な遠慮すんな。気色悪い。

それに、このまま見て見ぬふりもできねぇし 愛姫がかわいそうだろ」


かわいそう………か

その単純な一言に、喉がクッと熱くなった

俺は、それを隠すように頭をさげ、


「頼む…」


そう短く返すだけでいっぱいいっぱいだった

色んなものが一気に溢れてきそうで、俺は、そのまま暫く顔を上げる事が出来なかった。


だが、俺たちは知らなかった。

店を出た直後、俺たちの隣のテーブルにいた女の子の一人が、突然気を失った事を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ