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奇跡の虹が残したものは  作者: 吉田 琥珀
7/14

奇跡の虹

時刻はちょうど昼の12時

天気はなんと晴れ!

流石に快晴ではないが、流れる雲の隙間から太陽が見え隠れしている。


その原因は、今隣に立っている、自称、超スーパー晴れ男矢神のおかげらしい。

何があったかは知らないが、俺は沖縄の梅雨を吹き飛ばした男だ、と豪語していた。


だが、今は愛姫に体を預けているため、彼にはおとなしくお休みしていただいている


「なぁ、お前、愛姫でいいんだよな」

「何今更言ってんのよ。さっきも確認したじゃん」

「そうだよな…確認したよな」


あ〜〜〜

やっぱやめときゃよかったかなぁ


どことなく女らしいラインをまとった矢神を見てそう思った。


人間、中身が違っただけでここまで変わるものなんだろうか…


これじゃまるで、

オネェじゃん…………


「やっぱ行かなきゃダメ?」

「ダメッ!」

「あっそ… ならせめてその女言葉だけはやめろ。なんか見ちゃいけないもん見てるようで辛いわ」

「ヘェ〜イ」


男が二人で動物園。

やっぱりおかしい。

無事彼が戻ってきたら、物事はもう少し考えてから判断するよう注意しよう



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ゲートをくぐったとたん鼻をつく獣の匂い


お世辞にもいい匂いとは言えないが、どことなく懐かしい匂いだ。

ここのメインは当然、豊富な種類の動物たちではあるが、敷地の隅っこには一応小さな遊園地もある。


結構年季の入った古い動物園ではあるが、ここ最近の大型テーマパークブームの到来で、次々と小さな遊園地が閉鎖へと追いやられる中、今もどっかりと地に根をおろしているこの場所は、小さな子供を持つ親達にとってはとても有難い所でもある。


やはり、周りを歩いているのは親子連れがほとんどだ。

それにまぎれてカップルがチラホラ

男の二人連れなんて俺たちぐらいのもんだ


これから5時間……

どうなることやら、想像もつかねぇ



「ねぇ、いっちゃんいっちゃんいっちゃん」

「うるせ〜 何回も呼ぶな」

「象に餌やっていい?」

「やれば」

「お金ちょーだい」


差し出された両手に、財布から100円玉を取り出し手渡した。


「ありがと」


愛姫はお金をキュッと握りしめると、小走りで餌売り場である屋台へ向かった。


あの後ろ姿……

やっぱ直視できねぇわ………



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「うわー いっちゃんいっちゃん見て!

象の鼻にバナナがくっついた!」

「あっそ…」


象にバナナやんのがそんなに面白いか?

っていうか興奮しすぎ。


「おい、声でけぇって。見かけは男なんだからな!」

「わかってるって」


そう言いながらも、象に、モットクレ、とせがまれ、ケラケラと大喜びだ。


なんかあのガキ、固まったままガン見してるし。 ソフトクリーム溶けてんぞ。


ん?

ソフトクリーム???

ソフト…クリーム…

ってアイス?

アイス…アイス…アイス…


あぁっっっっっっ!!


「おいっ 愛姫!」

「な 何よ! いきなり肩掴まないでよ!

痛いじゃん!」

「お前さぁ、今なら食えんじゃねぇの?」

「えっ?」

「アイス! 食べたかったって言ってたろ」


愛姫はムムムと考える。

もともとこいつは頭の回転が緩いんだ。


「あそっか!」

「だよなっ!」

「うんうんうん!」


少しだけ、俺のテンションは上がった

ホント、少しだけだけどな…



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ほら、食え」


クルクルと綺麗に巻かれたソフトクリーム


「うわー」


愛姫はそれを受け取ると小さく声を上げた。


「食べていい?」

「いいよ。食べたかったんだろ?早く食え」

「うん!」


そう言うと、愛姫は早速ペロリと一舐めした


「どう?」

「ん……… 甘い…」


そう言って愛姫は笑った。


たかがソフトクリーム。

子供のお小遣いでも買えるような物だ。

それを、こんな風に大事そうに食べる奴、初めて見た。

矢神なら、きっとこんな顔はしない。

姿形は全く違うけど、こいつ、やっぱ愛姫だ


「せっかくだし、今日はいっぱい食え。

なんでも買ってやる」

「ホント!?」

「おおっ! こう見えて結構稼いでんだぞ!」


ウソだけど……


「じゃあねじゃあね、焼きそばとたこ焼きと

フランクフルトとポップコーンとチュロスとうどんと…」


うどんって………


「おい、なんでも買ってやるとは言ったけどその胃袋は矢神のなんだからな。後で腹壊さねぇ程度にしとけよ」

「あとね、あとね、もう一回アイス!」


聞いてねぇな………


「つうか、溶けてきてんぞ!」

「あ〜〜 でもアイスはデザートにしたいからその前に焼きおにぎりも食べたいなぁ」


ホント聞いてねぇな…

マジこれ、聞いてねぇな…

あ〜あ、手ぇベトベト


でも、なんか止める気になんねぇな。


もういいや、ほっとけ……



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お待たせ」

「ちゃんと手洗ってきたか?」

「洗ったよ。 ほら」


両手を俺の目の前に翳す。


「ゴツい手見せんな」


手を引っ込めた愛姫はケラケラと笑った。


「さて、そろそろ行くか」


時間は限られているからゆっくりもしていられない。


「愛姫?」


それなのに、愛姫は立ったまま遠くの何かをジッと見ている。その先に、俺も目をやった


そこには、ベンチでイチャついている一組のカップルがいた。

真昼間に、しかも親子連れで賑わう動物園でイチャつくなんて、見るからに常識はずれのバカップル。


って、あれ…? あいつ…


俺は、耳にいくつもピアスをつけた、その金髪のチャラい男に見覚えがあった。


でも、何処で… つか、誰だっけ?


「あいつ、私の元カレ」


あっ! そうだ、思い出した。


あいつ、愛姫の葬式の時、確か友人に支えられながら泣いてたっけ。

交際中に先立たれた事で、周りから同情をかっていた。


それからまだ一ヶ月も経っていないというのに、これはどういう事だ?


ベンチを占領し、

人目もはばからず、

女の肩に腕を回して、

今にもくっつきそうな程顔を近づけて、

頭の悪そうなだらしないニヤケ顔。


俺は、その顔に明らかに不快感を覚えていた


「一言言ってやる」


そう言って歩き出そうとする俺の腕を愛姫はがっしりと掴んだ。


「なんだよ、離せって」

「もういいよ。行こ」

「いいって。 腹たたねぇのかよ」

「ぜんぜん。 あいつはああいう奴だし。

それに………」

「それに?」

「今はいっちゃんがいてくれるし。

いっちゃんがいてくれたらそんでいい」


俺?

俺、そんな風に言われるような事、こいつにしてやったっけ。


たいして甲斐性があるわけでもねぇし、

サプライズなんかとも縁がねぇし

デートらしいデートもろくにしてやれなかった。

なのに、なんで…


「お前さ、俺の何処が良かったわけ?」

「何処って… いっちゃん優しいもん」


愛姫はそう言ったが、俺は、特に意識して優しく接した覚えはなかった。

反対に、粗野でぶっきらぼうで面倒臭がり、

俺自身ではそう思っていた。


あ………

だからなかなか彼女がてきねぇんだ

今わかったわ………


まぁなんにせよ


「お前、やっぱ変わってるよな」


その言葉に、愛姫は二カッと笑った。

こいつがそれでイイって言うんなら、


許してやるよ、

クソ男……




「ねぇ、いっちゃんいっちゃんいっちゃん」

「ああ?」

「アレ乗りたい!」

「アレ…?」



マジか……


「イヤ、悪いけど、メリーゴーラウンドだけはやめてやってくれないか?」

「えぇ〜? なんでェ?」

「や、なんでって…」


意識がないとはいえ、これ以上、矢神の醜態をさらすのは忍びない。

それに、もしあいつの知り合いがいたとして

メリーゴーラウンドで大はしゃぎしている矢神を見られたら。

そんでもって、その事が本人の耳に入ったとしたら……


今度は大魔王どころかアルマゲドン

俺の未来が破滅してしまうかもしれない


「ねぇ いっちゃん、馬乗りたい! 馬ぁ!」

「う、馬なら帰ってから俺がなってやるから

なっ?」

「え〜〜〜 やだぁ そんなチンケな馬」

「……………」


「お前、元に戻ったら覚えてろよ」


「覚えてろって何を〜? 私馬鹿だからそんなの覚えられないしぃ〜」



腹立つわぁー

本気で腹立つわぁー



「お前さ、機嫌をとるって言葉知ってる?」

「それくらい知ってるし」

「あっそ… でも、その意味まではよく知らねぇようだな。 よって、メリーゴーラウンドは却下」

「え〜?! なんでよぉ。意味くらい知ってるし!」

「うっせえ」

「ケチ! いっちゃんのドケチッ!」

「やかましい。 俺、腹減ったし焼きそば買いに行こっと」

「あっ! わた、じゃなくて、お、俺も!」

「うっせえ、ついてくんな!」

「イヤだ、焼きそば食べる」

「知らね」


なんて、

もちろん、焼きそばは買ってやるさ。

なんだって買ってやる。

だけど、でも、なんだな……

あのクソ男じゃこいつは無理だ

愛姫の相手ができるのは、この俺をおいて他にはいない


そう思う





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


時計の針はもうすぐ4時を回ろうとしている

タイムリミットまであと一時間


さて、残りの時間はどうするか…

と考えようとした時、頬にポツリと雫が落ちてきた。


雨か?


だが、雨雲の向こうには青空が見えている

どうやら通り雨のようだ


「雨降ってきたし最後に観覧車でも乗るか」

「うん」


最後という言葉に、愛姫は少しだけ残念そうな表情を浮かべた


ユラユラと揺れながらゆっくりと回る観覧車

晴れていればきっと爽快な景色が見えたのだろうが…


それでも、極小規模な雨雲はあっという間に通り過ぎ、観覧車がてっぺんにつく頃には

殆ど止んでいた。


「おお、止んだ止んだ」


窓に張り付いて外の景色をうかがう

と、その時、


「いっちゃん、あれ見て」


愛姫が何かを指差した。


「ん? あれは…」


そこには、雨上がりの空にぼんやりと浮かぶ何かがあった。


「虹……か?」


初めはうっすらとしていたそれは、徐々に色を増し、見事な七色になった。

だがなんか違う。


普段見かける虹は半円の形をしているはずだが、今、目の前に浮かんでいる虹は綺麗な円を描いている。


大きな大きな丸い虹…


まるでコンパスで正確にかたどったような綺麗な円。


「虹に丸いのなんてあるんだ。

そだ、ちょっと待てよ」


俺はポケットからスマホを取り出し、この現象について調べて見ることにした。


検索結果はすぐにでた。


「サークルレインボー?」



幾つかの条件を完璧に満たした時、稀に見られる現象。 虹のよく現れるハワイなどでの目撃情報が多い。地上で見られる事は殆ど無く、飛行機などに乗って上空から見ることのできる幻の虹。 虹の出る頻度の少ない日本ではまず縁がない。

だが、稀に見える事もあるという。

ただ、その場合、綺麗な七色ではなく、うっすらと円になっている光が見える程度


「ヘェ〜 縁が無いって……出てるけど」


そう、俺たちが見ているのは、見事なまでの七色をした丸い丸いサークルレインボー

赤、橙、黄、緑、青、藍、紫

その一色一色がハッキリとわかる

国によっては5色だったり6色だったり、色の数は違うらしいが、この虹を見れば誰もが7色説に納得するだろう


「すげーな…… でけ」


あまりにも鮮やかで、夢のような景色に、

俺たちは感想を言うのも忘れ、しばらくの間

無言で見とれていた。


「ねぇいっちゃん、あれ何?」


愛姫が空の上を指差した


「あれって?」


そこは、流れていく雨雲のシッポがまだ残る空。 その中で浮かび上がる虹の上空を飛行機が飛んでいる。 その軌跡に一筋の細長い線状の雲


「飛行機雲じゃん」


確か、飛行機雲が出ると天気が崩れる、と、昔じいちゃんに聞いた事がある。



明日はまた雨かな……



憂鬱な気持ちでふと地上を見降ろした


そこでは誰もが足を停め、空を見上げながら遥か上空を指差していた。


慌ててビデオ撮影の準備をしている人

スマホを翳して撮影を試みる人

空に向かって小さな手を必死に伸ばしている子供達


そんな無邪気な子供達を見降ろしながら

愛姫が突然こんな事を言った。


「いっちゃん、輪廻転生って言葉知ってる?」

「えっと、確か人の魂は何度も生まれ変わりし続けるとか、なんかそういう意味だろ?」

「うん、輪廻は車輪がグルグル回転し続けるように人が何度も生死を繰り返すこと。

転生は生まれ変わること」

「ヘェ〜 お前よくそんな事知ってたな」

「この前なんかのテレビで言ってたの」

「なんだ… 受け売りかよ」

「いいでしょ! 覚えてただけでも褒めてよ」


あ〜〜 ビックリした。

また大雨が降るんじゃねぇかと思った


「で? それがどうかした?」


ふと見た横顔

笑っているわけでも、怒っているわけでも

泣いているわけでもなく、ただ遠くを見つめるその顔は、雲の切れ間から漏れ出した光に照らされて…


愛姫…?


一瞬、矢神の顔に愛姫の顔が重なって見えた


その横顔から何故か目が離せない



あ〜〜〜

ヤベェ〜〜〜〜〜〜〜


なんか、可愛く見えてきた。



って、おいおいおいおいっ!

しっかりしろよ、樹!

相手は男だぞ!

おっさんだぞ!

しかも矢神だぞ!


我に返る俺



あ〜〜〜〜

ビックリした………



「愛姫?」


俺の声にピクリと反応した愛姫。

クルリと振り返り


「ううん、なんでもない」


と言って、二カッと笑い、光に目を細めながら空を見ていた。


虹は儚く、すでにその色を滲ませていた。


「消えちゃうね、虹」

「ああ…」


そう返事をしたが、俺の目は虹には向いていなかった。

そんなもんより、隣で窓にへばりついている

愛姫から目が離せなかったからだ


俺にはなんとなくわかる

愛姫が何を言いたかったのか

だけど、もしその事を訊かれたとしても、多分、今の俺には愛姫が望むような答えを返す事はできないだろう


生きた人間が死んだ奴に簡単に語るような事じゃないからだ





傾いた太陽

伸びた二つの影

吹き抜ける風が夜へと向かう


空に浮かぶ雲は速さを増し、再び雨雲を迎える準備をしているようだった


家路へ急ぐ家族連れ

父親の背中では、歩き疲れた子供がスヤスヤと眠っていた


間も無くして、

園内に5時を知らせる鐘の音が鳴り響いた




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「大丈夫か?」

「ん? ああ、まだ少しボーっとしてるけど

だいじょぶ。すぐ良くなる」


その割りに調子が悪そうだ


「そっか、ならいいけど」


矢神はベンチでぐったりとうなだれている


「おい、ホントに大丈夫かよ。確かそんなに体力消耗しなかったんじゃなかったっけ?」

「エ? あ、ああ、確かに体は大丈夫なんだけど、ちょっと…」


体は大丈夫って、なんだソレ…

っていうか、


「ちょっとって?」

「あ、ああ、悪い、なんでもない」


目、逸らした?

なんか様子が変だ


「一人で大丈夫か?」

「タクシーでも拾って帰るさ」

「そっか、気をつけて帰れよ」

「おお、じゃあな」

「ありがとな」


矢神は軽く右手を挙げ、フラフラと帰って行った



「さて、俺たちも帰るか」


元の霊体に戻った愛姫は俺の隣にいた

俺が矢神と話している間もずっといた

ついさっきまで、こいつは矢神の中にいた

それなのに……


「いっちゃん」

「ん?」



「あの人、誰だっけ………」




「!!!」



表情がない

冷たい色をした瞳

寒気が走る

背中が凍りつく

まとわりつく湿気た空気

イヤだ。

ものすごくイヤな感じがする


何がイヤ?


わからない

何がイヤなんだろう



俺は、何を恐れているんだろう




逢魔が時の空

ムラサキ色の風が、舐めるように吹き抜けていった


その夜、俺はなかなか眠りにつくことが出来なかった


















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