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奇跡の虹が残したものは  作者: 吉田 琥珀
6/14

決して譲れないもの それはプライド!

この日、異変は突然現れた。


早朝5時

曇り空の下、今日も散歩

俺は確か雨男だったはず。梅雨ともなるとそんなものは関係ないのだろうか

隣では愛姫が嬉しそうに数日後のイベントについて話している。

ピーピーとうるさい。

だが、勝手に喋っているのでいちいち返事を返さなくても文句は言わない。

楽だ…


一方、俺はというと相変わらず欠伸が止まらない。欠伸の原因は頭が酸素を欲しがっているからと聞いた事があるが、本当なんだろうか。ま、どうでもいい事だけどな。


なんて事を考えていたら、知らぬ間にマンションについていた。


エントランスホールのオートロックを開け

エレベーターへと向かう。


「えっとぉ………」

「何… 早く押せよ」

「何階だっけ?」

「はぁ? 三階だろ」

「あそっか…」


いつものように、霊体のくせに人差し指でボタンを押す。


エレベーターが開いた。


俺の部屋はエレベーターを出て右側。

だが、先に降りた愛姫は


「そっちじゃねぇぞ!」


反対側へ行こうとした。


「お前ふざけてんのか?」


くるりと振り返る愛姫。

テヘヘと笑いながら


「えっと、部屋、何処だっけ?」


「はぁ? お前いい加減にしろよ。

305号室だろ。ってか幽霊が照れんな!」


「あそっか」


愛姫はテテテと俺の前を通り過ぎ、部屋へと向かった。


その後姿がなんとなく…


なんだ?

なんか、変だ…


様子が、というより、

いや、様子も変だけどそれよりも、

あの身体…


「愛姫?」

「ナニ?」


立ち止まった愛姫が振り返る。


「お前、なんか薄くね? てか透けてね?

って、いやいや、んな訳ねぇか」


よく見なければ気づかない程だが、愛姫の体の中に、突き当たりにある部屋のドアがうっすらと見えているような気がしたのだ。

だが、そんなわけは無い。

きっと眠さのせいで目をこすりすぎたんだ。

そう思った。


「え〜 ウソォ」


指摘された愛姫は、自分の両手を目の前に翳してジッと見ている。


「あっ! ホントだ…」


えっっっ!?

気のせいじゃなかった?


「お、おい…」

「ちょっと待って」


戸惑う俺の言葉も聞かずに愛姫はスッと目を閉じた。

そして数秒後


「どう? 戻った?」


愛姫はニッと笑い、俺の目の前に両手を翳した。


「あ、ああ… 戻った…っていうのか?これ

っていうか、透けるとかありえなくね?」


突然の不可思議な出来事

これは夢か?と思うのは当然だろ。


「なんで? 」

「なんでって…」

「だって私もともと体無いんだもん。

死んでるんだから」

「!!」


あ………

そうか。 そうだった…な


信じられない事に、愛姫が俺の前に現れてまだ数日しか経っていないというのに、俺はその事を忘れていた。


あまりにも普通に側にいて、普通に話し、普通に笑うから。

死んでいる。というストレートな言葉を聞いても、正直、ピンとこない。

さっきみたいな事を目の当たりにしても、こいつは本当は生きてて、俺の事をからかっているんじゃないのか?

なんて、厄介な錯覚を覚えてしまう。


「それよりいっちゃん!

早く鍵開けてよ! おはようテレビ始まっちゃう」

「お前、通り抜けれんだろ?勝手に入ってろよ」


ポケットから鍵を取り出しドアの前に立った

その腕を愛姫がキュッと掴み


「ううん、一緒に入る」


腕から伝わる冷たさに、体がプルッとなった


「お前って、ホント色んな意味で面倒臭いのな」


俺の顔を見上げて二カッと笑う顔は

まるでイタヅラ小僧のようだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


次の日の朝。

空には雨雲らしき雲が広がっていたが、何故か降らない。

まるで、喉まででかかっているのになかなか言い出せない。そんな気がしてならない。


公園までの道のりは、ゆっくり歩いても往復で約30分。

爽やかな朝なら、少しは頭もスッキリするのだろうが、こんな引きこもった天気では余計にやる気が出ない。


それでも、眠そうに欠伸をする俺の横で、いつも愛姫は楽しそうに笑っていた。


そんな日常が少しずつ当たり前になってくる

だが、そうなればなるほど、時折、不安がスッと心をかすめる。


このままでいいのか……と


その引き金になっていると思われるのが、あの花の存在。


朝起きると必ずひとつだけ落ちている紫陽花の花。少しずつ花を減らし、姿を変えていくその様が、限られた時間を生きる儚さを連想させて、その度に胸の痛みを感じてしまう。

その痛みがなんなのかもわからないのに…




そしてまた次の日

とうとう雨降りの朝を迎えた


「雨降ってるから今日は散歩無しな」


というわけで、俺はベッドに寝転がったまま

愛姫は窓の外を眺めている

返事はない。

あきらめたか?

なんて、甘かった。


「傘さして行けばイイじゃん」


この言い方はほぼ決定を意味している

何を言っても無駄。


ただ、一人暮らしの俺の家に傘は一本しかない。

安いビニール傘は、愛姫と再会したあの日になくした。

自ずと二人でひとつの傘に入ることになった


「しっかしよぉ、なんで幽霊なのに雨に濡れんだよ。ホント面倒臭ぇ奴だよなぁ」

「仕方ないじゃん」

「まぁ、そうだけど」

「でも、私はそれでよかったなって思う」

「は? なんで?」

「ひとつの傘に二人で入る。すぐ近くから声が聞こえる。たまにお互いの服が擦れる。その度にドキッとする。こうやって腕を組むにはちょうどいい。この距離感が好きだから」


そう言って、愛姫は少し俯き、少しだけ笑った。

それは、今までのこいつからは想像もできないような…

そうだな、はにかむ、そんな言葉が一番近い

笑顔だった。


「ふ〜ん、そんなもんか?」

「そんなもんだよ」


チラリと盗むように見た愛姫の横顔は、とても穏やかだった。

その大人びた表情に、無意識にドクンと心臓が跳ねた。


意外だった。

愛姫にこんな女子らしい一面があったなんて


生前の愛姫は、図々しくて馬鹿で全然ジッとしてなくて落ち着きがなくて。


いや、そうでもないか。

たまに、フッと悲しそうな表情を浮かべて

俺の声にも反応しなくなる時があった。

どうした? って聞いても、なんでもないってただ笑うだけで…

さっきの表情は、あの時の感じに似ていた



ああ…………そうか

俺、愛姫のこういう所に惚れたんだ…



どうしようもないくらい馬鹿なのに、ああいう表情をしてる時の愛姫は、何故そんな顔をしているのか聞くことすらできない程弱々しくて、俺が支えてやらなきゃって思ったんだ


日増しに色づいていく記憶

本当にこのままでいいのだろうか…

そう思ってはいても、どうすればいいのかなんてわかるなずもなく…


「そろそろ戻るぞ」


この散歩コースの折り返し地点は公園の自動販売機。

愛姫と再会したあの場所だ。

俺は、いつものようにミネラルウォーターを買い、もと来た道を戻ろうとした。

ところが、愛姫は遠い先を見たまま動かない


「何やってんだよ、濡れるぞ」


戻って愛姫を傘の下に入れた。

だが、反応がない。


「愛姫? おい、またからかってんのか?

いい加減にしねぇとマジでそのチョンマゲ引っこ抜くぞ!」


顔を近づけ、大きな声で言った。


「愛姫?」


やはり反応がない。

おかしい………


俺は愛姫の肩をがっしり掴み、名前を呼びながら揺すった。

頭が前後にグラグラと動く。

自然とその距離も近くなる。


クソォ

立ったまま気を失うとかあんのかよ。

ってかその前にこいつは幽霊だし。

幽霊も気失ったりすんのか?

矢神に電話した方がいいのかな。

いや、こんな朝早くに起こしたらあいつ絶対怒るよな…怒るよなぁ…

かと言ってここに置いてくわけにもいかねぇし。

ああ! どうすんだよ、これぇ!

頭の中はグルグルグル

プチパニックの到来


どうする、どうする、どうする!


そんな俺の目を、二つのキョロっとした目玉が見ていた。パチパチと瞬きをしながら…


って、瞬き?!


「おい、愛姫?」


その目玉がもう一度パタパタと動き


「いっちゃん?」

「愛姫! 気がついたか?」

「うえっ… いっちゃん近い…」


元に戻った?


「愛姫、お前今何処行ってた?」

「へ? 何処って、ここ…」

「そうじゃなくて!」


言い方、悪いよな。

わかってるけど

だけど…


「あ、ああ… 悪い」


二人の間に、目面しく気まずい沈黙が流れた


「と、とりあえず、戻ろう」


そうだ、今問い詰めても、きっとこいつは答えられない。

キョロキョロと落ち着きのない黒目がそう語っている。


「ほら、いくぞ」

「名前…」

「は? 名前?」

「名前、呼ばれたの」

「誰に?」

「わかんない」


愛姫はそう言ったが、こんな雨降りの日の早朝だ。俺たちがここに来た時から周りには誰もいなかったはず。


「なんか、すごく嫌な感じがした。

怖かった」


怖かった?

名前を呼ばれて怖いって、どういうことだ?

ってか、そんな声、俺には聞こえなかったぞ

ということは、愛姫にしか聞こえなかった?

愛姫にだけ聞こえた。

死んだものに語る声。

誰だ…?


この時、俺は、いやいや抱えてしまったものの存在が、いつの間にか重くなっていた事に気づいた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


このところの早起きのせいで、俺は目面しくひとりでに目が覚めた。

外からは、アスファルトに静かに落ちる雨の音が聞こえてくる。


時刻は朝の5時を少しばかり回ったところ

明日はとうとう約束のXデー

それなのに、愛姫はいつものように起こしにこない。

それならそれでほっとけばいいはず。

このまままだ少し眠れるのだから。

けど、昨日の事もある。

反対に目が冴えてしまった。


「お〜い、愛姫?」


ゆっくりとベッドから立ち上がり、窓のカーテンを開け、今朝も落ちていた紫陽花の花を拾った。


その気配にも気づかないのか、愛姫は目を閉じたままソファに横たわっている。


「愛姫、朝だぞ。散歩行かないのか?」


ソファの前に回り込み、膝をついた。


え?


目を閉じ、眠っているはずの愛姫の目から、

一筋の涙が零れ落ちていた。


泣いている?


「おい、どうした? 愛姫、起きろって」


体を軽く揺すってみた。


自然と脈が早くなる。

また昨日みたいな事になるのか?と。

だが、昨日とは様子が違っていた。


人でも、寝ながら涙を流す事ってあるもんな

俺はないけど…

そう言い聞かせ、反応を少し待った。

すると、閉じていた目がゆっくりと開き、


「いっちゃん?」


気だるそうな声で愛姫は応えた。

はぁ〜っと、入っていた肩の力が抜けた


「どうした?」

「え、何が?」


愛姫はゆっくりと体を起こした


「なんか、 泣いてんぞ」

「えっ?!」


愛姫は慌てて自分の頬を両手で覆う

その指に、濡れた感覚を感じ


「あ… ホントだ」


と言って、拭った。


「どうした?」

「うん… 」

「ほれ、言ってみ?」


愛姫はマゴマゴしていてなかなか話そうとしない。

だから、俺はグギッと愛姫のホッペを両手で抑え、


「おら、溜め込んでねぇでサッサと言え!」


抑えこまれた両頬は潰れて唇が飛び出している。

ヒョットコ……


「夢、見た」

「夢?」

「うん…」

「幽霊でも夢なんて見るのか?

どんな夢だよ」

「……………」


また、応えなくなった。


そうだよな…

泣く程の夢だ。

気にはなるが、言いたくないことのひとつやふたつ、こいつにだってあるだろう

そう思ったのは事実だが、もし聞いたとしても、それをどうにかしてあげる自信もなかった。

いや、違うな…

訊くのが怖かった…

そう言った方がいいか。


この、根性無しが!







その日の夜


「んじゃ、おやすみ」


いつものように一言声をかけ、ベッドに横たわった。

そして、目を瞑ってすぐの事だ。


「いっちゃ〜ん」

「ナニ…?」


俺は目を瞑ったまま応えた。

風呂上がりに飲んだビールの酔いがちょうどいい感じで眠気を招いていたからだ。

この状態で眠りにつける程幸せなことはない

そう思っていたのに………


「今日、一緒に寝てもいい?」


その一言で、俺のささやかな幸せは脆くも崩れ去ってしまった…


「はぁ〜!?」

「ねぇ、いい?」


それはつまり、同じベッドで寝るって事か?

いや、つまりもクソもねぇよ。

それしかねぇだろ。


「なんだよ… いきなり」

「なんとなく… ダメ?」


愛姫の異変はこんなところにも現れていた


確かに、付き合ってた頃は、まぁ色々あったけれど、それは二年前の事。

じゃあ、今の俺たちっていったいどういう関係? そんな事、再会してから考えたことも無い。確かに、ひとつ屋根の下には住んでいるけど、関係どうのこうのの前にこいつは幽霊。

いや、待て待て…

幽霊だけど触れんぞ。

冷たいけど、感触も生きた人間と変わらない

ということはどうなる?

俺はどうなる?



幽霊って………

どうなってるんだ?



「ねぇ、いっちゃんてばぁ」


痺れをきらした愛姫が部屋に入ってこようとする姿が視界に入り


「ダメッ!」

「え〜 なんでぇ?」

「お前、冷たいから腹こわす」

「じゃあ背中にくっつくからぁ」

「結局くっつくんじゃねぇか! 腰痛おこすわ!」


全く訳のわからない言葉を投げかけながら

慌てて理性を立て直す。

そんな自分が情けないやら格好悪いやら。


あ〜〜〜

トホホ… って、こういう時に使うんだな


愛姫は何も応えない。

拗ねているのか?

そう思っていたら!


「あぁ〜〜

いっちゃん、今やらしい事考えてたでしょ」

「っ!!!

はぁっ?! アホか! なんで俺がお前相手にそんな事考えんだよ!」


な、なんでこいつはいつもいつも俺の考えてることを…


「ウソ、絶対考えてた!」

「ねぇーよっ!」

「あるっ!」

「無いっつったら無いっ!!」

「あるったらあるっ!!」


お互い引く気配を感じさせないこの言い合い

でも、俺は絶対に負けられない!

なぜなら、俺にだってプライドってもんがあるからだっっっ!!


「いっちゃんのスケベェ エッチィ 変態」

「うるせぇぇぇぇぇっ!

とっとと寝ろっ!!!」



男には、決して負けられない勝負がある











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