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奇跡の虹が残したものは  作者: 吉田 琥珀
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27歳彼女無し男の嘆き

空きっ腹に染み入る甘辛く芳醇な香り

この待っている時間がたまらない。


「並一丁、特盛り一丁、お待たせしました」


威勢のいい声と共に運ばれてきた湯気のでる熱々の牛丼。俺の大好物!


「きたきた、うまそぉ〜」


ホクホクと割り箸を割る俺の牛丼を見ながら矢神は言った。


「お前、よくそんなに食えるな。

てか、なんだよ、その大量の紅生姜」

「アホか、食える時に食っとかねぇと何があるかわかんねぇだろ。

いったたきまぁ〜す」

「あっそ…」


矢神は呆れたように言うと、「ふぁ〜あ」と大欠伸をしながらようやく割り箸に手を伸ばした。


「今日は悪かったな」


自分がしでかした事ではないが、やっぱり俺の監督不行き届き。多少の責任は感じる


「いいよ、別にもう」


矢神は静かにそう言ってゆっくりと牛丼を食べ始めた。

寝不足のせいか、あまり箸が進まないようだ


「それにしても、お前とんでもないもん背負いこんじまったな」

「まぁな」

「あいつ、本当に何も覚えてないのか?」

「多分な…たまに思い出す事もあるみたいだけど、愛姫が俺の所に来たこととは関係なさそうなことばっかりだよ。

アイスが食べたかったぁ〜とか、ヒーローが好きなんだぁ〜とか」

「ふ〜ん、ヒーローね…

っつうかあのガキみたいな性格どうにかなんねぇの?昔からああなのか? ってか、お前

アレの何処に惚れたんだよ」

「えぇ? 何処って言われてもなぁ」


俺は箸を止めてムムッと考える。

そんな俺に矢神は言った


「もしかして……ロリコン?」

「ぶっ殺すぞ! コラ…」


全く、こいつは俺をおちょくる事に人生かけてんのか?

いや、でも…

ロリコンとは全く関係はないとは思うけど、幼いからこその何かはある。


「なんかさぁ、ほっとけないんだよ。

あいつ… 確かに見かけも性格もガキっぽいけど、それだけになんか危なっかしくて見てられなくってさ。俺が面倒みてやんなきゃって気にさせられるんだよな。

だから、あいつがいなくなった時は、振られたとかそんな思いよりも、どっかでのたれ死んでんじゃないかって、結構心配したんだ。

後になってあいつに男ができたって聞いた時は、嫉妬よりも何よりも安心したよ。

誰かがついてくれてればいいかって」


そう…

あいつは誰かが側にいてやらなきゃいけない奴なんだ。


矢神は、淡々と語る俺の話を、箸も動かさずにジッと聞いていた。


「おい、箸止まってんぞ。さっさと食えよ」


俺は残っていた牛丼を一気にかきこむ。

だが、矢神は持っていた箸をどんぶりの上に置き、体ごと俺の方へ向いた。

その目は真剣そのもの


「な、なんだよ」

「お前、メッチャいい奴じゃん。

俺に出来る事があったらなんでも言えよ

これでもあっちの世界とは付き合い長いからな。なんかの役にたつかもしんねぇし」


そう言って、矢神は二カッと笑った。

そして、ようやく調子が戻ってきたのか、牛丼を旨そうに食べ始めた。


「お、おお… まぁ、た、頼むわ」


一応そう返事をしたが、俺は思った


……お前の方こそいい奴だ……と、


何故なら、大きく目を開き、舌をペロッと出した時のあいつの顔が、何も知らずに飯を食っている矢神の後ろに見えたからだ。



あぁ〜あ

どうなんのかなぁ……この先









「ただいま」

「おかえりぃ」


愛姫は振り返りもせずにテーブルの前で何やらやっている。


「何やってんの?」

「パズル」

「あっそ」


よほど夢中になっているのか、口数が少ない

いつもならうるさいくらい絡みついてきて、俺に怒られてんのに。

でも、静かだしこのまま放っておこう。

風呂入って、ビール飲んで、

それからそれから…


「いっちゃん ご飯は?」


バラバラとパズルのピースを探しながら愛姫が訊いてきた。


「え? ああ、食ってきた」

「いつも外で食べてるの?」


話しながらも目はずっとパズルから離れない


「まぁな」


俺は短くそう答えた。

確かに、自炊が得意でない俺の私生活では外で食べてくる事はそう珍しい事ではない。

でも、たまには弁当を買ってきたり、滅多にはないが自炊することもある。だけど、腹が減らないとはいえ、やっぱりこいつの前では旨そうに飯は食えない。


愛姫は暫く間をおいた後、


「そう…」


と、こいつにしては短すぎる返事を返した

相変わらずこちらを見ることはない。

というか、帰ってきてからまだ一度も目を合わせてない。

どんだけ夢中になってんだよ。

そうだ…この際だから訊いてみよう


「お前って、ホントーに腹減らねぇの?」

「減らないよ」

「じゃあさ、食べたいとか、美味しそうとか

そんな風にも思わねぇの?」

「思わないよ」

「ヘェ… そうなんだ」

「でも…」


動きっぱなしだった手が止まった


「でも?」

「やっぱりアイス食べたかったなぁ……

とは思う」


そしてまた手が動き始めた。


食べたい…

じゃなくて、

食べたかった。


その大きすぎる違いに何も言えなくなる

こういう時の言葉のかけ方って、

どうすりゃいいんだ。

死んだ人間に希望なんて言葉、ねぇもんな…

矢神ならなんかいい言葉の一つでもかけてやれんのかな…

俺には難しすぎてわかんねぇよ。


グルグルと回る頭を抱え、時間だけが過ぎていく。

そんな俺に愛姫は言った。


「いっちゃん、ちゃんと家で食べなよ。

私に気遣わなくていいから」

「え?」


俺が思っていたことはしっかりバレていた


「いや、でもそんな事言われてもやっぱ一人で食うのは…」


気が引ける。

そういうもんだろ。

だが、


「いいのっ!」


愛姫は持っていたパズルのピースをバンッと強く置いた。

そして、帰ってから一度も上げなかった顔をこちらは向けるとこう言った。


「だって、その方がいっちゃん早く帰ってくるでしょ?」


そしてまた、目線をパズルへ向けた。


俺は、意外すぎる言葉にまた何も言えなくなる。


なんか……くすぐったい…


なんだよコレ…


こいつ、俺の帰りをこんな風に思って待っていたのか?

なんか腹ん中がソワソワするぞ。

むず痒いって言うの? こういうの。

なんだろ…

なんだろな…コレ…




あっ!!!



もしかして、これが俗に言う

ーーキュンーー

てやつなのか?


いやいやいや、ありえない。

こんな色気もクソもないアホ幽霊に?

今年で28になるおっさんが?


ないわぁ〜

ないない。


とはいえ、俺、こいつと付き合ってたんだよなぁ。

矢神にはあんな風に言ったけど、ホント

なんでだろ…

やっぱり頭ん中はグルグルグルと…

そんな俺の気持ちを知りもせず、


「あ〜んもう、コレどこだろ…

ホントにこれこのパズルのなの?

間違って別のが入ってんじゃないの?」


クソッ

少しは自分の言った言葉に責任持てよ!


なんだか自分だけが振り回されてるような気がしてアホらしくなってきた。


「そんなわけねぇだろ。

ってかまだ全然出来てねぇじゃん。

お前、こんなパズルもろくにできねぇの?」

「さっき始めたばっかりなの!そんなに言うんだったらいっちゃんも手伝ってよ」

「しぁあねぇなぁ

ほれ、もうちっとそっち行け」


なんで帰って早々こんな事になってんだよ。

そう思いながらも、右手はバラバラと箱の中のピースを探る。


「いっちゃんは背景やってね。

私はクマさんやるから」

「背景って、これ、真ん中のクマ以外全部真っ白じゃねぇか!」


そうなのだ…

もう少し考えて買えば良かった。

合わせる絵が何にもないものだから、面倒臭いことこの上ない。


また押し付けやがって。

このヤロ…


だが、何故か抗えない…


二人、無言のまま時間が過ぎる。

テレビでは夜のニュースが始まった。


そろそろ風呂入らねぇとなぁ…

この辺で切り上げて、と思った時、


「ねぇ いっちゃん」


こいつってなんかいつもタイミングいいよな


「なんだよ」

「いっちゃんってホントに今彼女いないんだね」

「うるせー ほっとけよ。

いたらお前をここにおいてねぇよ。

っていうか、なんで今更ンな事言うんだよ」


27歳で彼女無しって、結構傷つくんだけど…


「だってさ、ほらアレ…」


そう言って愛姫はスッとある場所を見た。

つられて俺も見る。


「あっ!!!」


そこにあったものとは


「お前! アレ何処で見つけた!?」

「そこの引き出しの中」


それは、フォトスタンドに入れられた、俺と愛姫が付き合ってた頃の写真だった。


「勝手に開けんなよ」

「ハサミ探してたら偶然見つけたの!

いいじゃん、別に。いっちゃん彼女いないんだし」


またそれを言う…


「とっくに捨てられてると思ってた」

「え? あ、ああ、なんとなく…な」


正直、今見るまでこの写真の存在などすっかり忘れていた。


愛姫が言った通り、二年も経てば捨てていてもおかしくはないのだが、突然、理由もなくこいつがいなくなった後、なかなか気持ちの整理がつかなくて、結局引き出しにしまう事で自分なりのケジメをつけたんだ。

たまたまその引き出しは、普段から開ける頻度が少なかった為、そのままになっていたのだ。


「嬉しかったなぁー

大切に持っていてくれたなんて」

「え?」


大切?

この写真が残っていた理由に、その言葉ははたして当てはまるのか?


「もしかして、いっちゃん私の事ずっと待ってた?」

「は?」

「だって、またいつでも飾れるよう写真立てに入れっぱなしだったんでしょ?」

「アホか。 ンな訳ねぇだろ」

「嘘ぉ〜 愛姫ぃ〜何処行ったんだよぉ

早く帰って来てくれよぉ〜って毎晩涙で枕を濡らしてたとか…」

「ねぇよ…」

「またまたぁ、ホントの事言いなよ」


じゃあ言ってやる


「あれはただ単に忘れてただけだ。

俺がそんな未練たらしい男に見えるか?」

「見える」


言い切りやがった…

腹立つ… やっぱこいつ腹立つ


「お前なぁ、硬派で通ってるこの俺の何処に未練の文字が見えんだよ。ああ?」

「こーは? こーはって何よ。

っていうかチョンマゲ引っ張んないでよ。

抜けちゃうでしょ!」

「抜けろ抜けろ。なんなら全部抜いてやろうか? ハゲ」

「ハゲはいっちゃんでしよ!」

「ハゲてねぇよ!」

「じゃあ呪ってやる!

30歳になったらハゲますようにって!」

「それ呪いじゃなくて願い事だろうが!

しかもそれ、地獄に落ちますようにって願う

のと同じくらいのレベルだぞ!」

「ハゲろハゲろハゲろ!」

「うっせえ!! やめろっ!

お前が言うとなんか恐ぇーよ!」


そんなやり取りをしながらも、俺の頭は冷静だった。


もしかして、俺もこいつと同じレベルなのかも…というか、

写真、やっぱ捨てときゃ良かった



ああ…

バカバカしくて、涙がでるわ…



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