早朝の訪問者
……ピンポーン
ん? インターホンの音?
遠いな… 隣の家か?
……ピンポーン ピンポーン
あれ? 二回鳴った。
さっきより近い… 俺ん家か?
何時だ?
………5時……ってまた5時かよ…
いいや、無視しよう
そう思い、再び眠りにつこうと体を丸めた時
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
「な、なになにっ!」
二日連続のスパルタ寝起き。
またもや跳ね上がるように飛び起きた
無理矢理体を起こした俺の頭はボンヤリを通り越してクラクラとする。
その間もピンポンの音はひっきりなしに鳴っている。
重すぎて開かない瞼
フラフラと玄関へ向かう
こんな早朝の訪問者は誰だ?
そんな事を考える余裕もなかった。
「はぁい……」
とりあえずチェーンをかけたままドアを開けた。その隙間から男のものらしき腕が見える
顔をドアギリギリまで寄せてその腕の持ち主を確認した。
えっ………?!
無言でドアを閉めた。
なんで?
なんで朝の5時にあいつがここにいる?
いやいやいや、おかしい…
っていうか、ここは一応オートロック
鍵を持っているか住人に開けてもらわなけれはエントランスホールにさえ入れないはず
ということは住人の誰かと見間違えたか?
ガチャリ
もう一度確認するためにドアを開けた
幅15センチ程の隙間から殺気を感じる
それはやはりあの男だった。
「や、やあ… 矢神君、おはよう
ってか、どうやって入ったの?」
「そんな事はどうでもいい
早くここを開けろ」
すこぶる機嫌が悪そうだ。
「ええっと… ちょ、ちょっと待って」
一旦ドアを閉め、後ろを確認したが
愛姫はいない。
今なら大丈夫か。
いや、大丈夫なのか?
なんにせよ、このままほっとく訳にもいかない…
チェーンをはずし、ゆっくりとドアを開けた
するとそこには今迄見たこともないような
鬼の形相の矢神が、瞬き一つせずに俺の顔を睨んでいた。
「え〜とぉ こんな時間に… ナニ?」
「ナニ? じゃねぇよ。
これはいったいなんだ?」
「え?」
矢神は俺の顔を睨んだまま、突き出した親指でピッと自分の後ろを指した。
すると!
「いっちゃん! オッハヨ!」
部屋で寝ていると思っていた愛姫が、矢神の後ろからぴょこんと顔を出した
お目覚めはいかが? 的な顔で、しかも
ピースサイン…
あの指、へし折ってやりたい………
「愛姫! なんでお前が矢神と一緒に…
って、あっ………」
矢神の目がさらに据わった
「やっぱりそうか…」
「いや、あの、これはぁ〜 えぇとぉ〜」
頭ん中は真っ白だ。
言葉が全くでないなんてこと、ホントにあるんだ。
「とにかく早く中へ入れろ。キレんぞ」
イヤァァァァァ
こぇ〜〜〜
ってかもうキレてるし…
こっから更にキレんの?
なんて事を思っていたら
「もういい。 入る」
苛立ちに限界を迎えた矢神は、俺の体を押しのけ、
「あっ! ちょっと待って!」
と、静止する声も聞かずにリビングの方へ行ってしまった。
その後を、何事もなかったかのように愛姫がついて行こうとした。
俺はその腕を掴み
「何やってんだよ! なんでお前があいつと
いんだよ!?」
俺は、ただ単純にその理由が聞きたかった
なのにこいつは
「妬いてんの?」
そう言ってニヤリと笑った。
確かに、今のこの状況と俺がとった行動からして、そう思われても仕方がないのかもしれないがそうじゃない!
ぜんぜん違う!!
全く違う!!!
「ちっげぇよっ! バカ!
俺はなんで接点のないお前らが一緒にいる
のかその理由が聞きたいだけだ!」
そう…
頭の混乱の原因はまずコレだ。
それを訊かなきゃ先に進めない
そう言ってるのに
「えぇ〜〜
だっていっちゃん顔赤いよ」
そりぁまるで的の外れた言葉を聞きゃ頭に血も上るさ!
「だから違うっつってんだろ! 俺は…」
「オイッ! その続きはこっちでやれ!」
部屋の奥から聞こえてきた魔王の声に
俺はただただ、
「はい…」
と、応えるしかなかった。
リビングに入ると、矢神はすでにソファのど真ん中で腕を組んで座っていた。
空気かピリピリとする。
「どうぞ…」
俺は、冷たく冷えたお茶を丁寧にもてなした
殆ど使った事のないお盆を使って…
「まぁ座れや…」
とても静かな口調だけど、
まるでヤ○ザさんのようだ。
仁義でも語るのだろうか…
俺は、持っていたお盆をテーブルに置き
静かに座った。
もちろん、正座。
矢神はそれを見届けると
「オイッ そこの噴水もだ。
さっさとそこ座れ」
何食わぬ顔で突っ立っていた愛姫に、顎を使って指示した。
「噴水って… 」
ムッとした顔でぼやく愛姫。
誰がこの状況を作り出したのかわかっていないようた。
座ったのはいいが、胡座とはこれまた…
「おいコラッ!
なに偉そーに座ってんだよ!
お前も正座しろ! 消されんぞ!」
俺がそう言うと、ようやく愛姫は正しく座り直した。
何やらブツブツと呟いてはいたが…
そんな俺たちを冷たく見下ろしている矢神
「そろそろ話してもいいか?」
とても低い声。怒りの限界を感じる
「どうぞ…」
とうとう魔王様の話が始まった
「夜中に息苦しくて目が覚めた。そしたら
こいつが俺の胸の上に座ってた。
俺はまた何処かで拾ってきてしまったと
思った。だからどうしたいのか聞いてみた
そしたらこいつは体を貸してくれ、と言っ
た。それだけは無理だ。そう言ったが何を 聞いても体を貸せとしか言わない。
これじゃあ拉致があかない。
そう思った俺は、なんでそこまでして体を 貸して欲しいのか、理由をちゃんと説明し
ろ。
といったらここへ連れて来られた。
って訳だが、お前の弁解を聞く前に一つ
確認しておく。
こいつはお前の元カノだな。
昨日の休憩時間に話した、事故で亡くなっ
たっていう」
「そうです」
「でもおかしいよな。なんで死んだはずの
人間がここにいんだよ。
お前、幽霊なんかいないって言ってたよ
な」
「はい、言ってましたね」
「俺が山で婆さん拾ったきた時も、困ってる
俺の横でバカ笑いしてたよな」
「はい、してましたね」
「じゃあこいつの事はどう説明すんだよ
誰がきいてもわかるように説明してみろ」
説明………
と言われても、死んだ人間が蘇るシステムなんてズブの素人の俺にはわからない
ここはいさぎよく…
迷惑、かけてるし…
「悪かった…
今迄散々バカにして。ホントごめん。
こいつは、三日前、突然俺の前に現れて
そのままここに居ついちまった。
それ以上の事は俺にもまだわからない」
それは、到底納得のいく説明ではなかった
でも、今の俺にはそれだけ言うので精一杯だった。だから、いったい次はどんな事を訊かれるのだろうと、気持ちはかなり焦っていた
ところが、矢神の口から発せられたのは
「はぁ〜〜〜」
深い溜息だった。
えっ?
俺は、うなだれていた頭を上げ、矢神の顔を覗き込んだ。
すると、その顔は魔王から落胆の表情へと変わっていた。
「あれ? えっと、矢神君?」
訳がわからず声をかけたが、矢神はしばらく何も応えなかった。
きまづい…
とてもきまづい…
そう思っていると、
「それならそれでなんでもっと早く言わねぇ
んだよ」
その声はいつものトーンに戻っていた。
いつもの矢神君だ!
「ここ最近のお前の様子がおかしかったのも
全部このせいなんだな」
「ああ… なんとなく言えなくて」
すっかりしょぼくれてしまった俺
「面目ない…」
そう言って頭を下げた。
恥ずかしい…というか、情けない
穴があったら入りたいってこういう事か?
そんな俺に向かって矢神は言った。
「もういいよ」
「えっ? いいって、なんで」
「なんでって、こうなっちまったもんは仕方
ねぇだろ。ウダウダ言ってても何も解決
しねぇぞ」
あ〜〜〜〜〜
矢神君………君って奴は……
「ウルウルすんな! キモい!」
そう言って矢神はズズッとお茶をすすった
気のせいか、なんだか顔が赤いような…
あっ、もしかして、
俺、今いい事言った?
俺、今カッコよくね?
的なこと思ってるとか…
ジィ〜っと矢神の顔を見る。
矢神は目を合わそうとしない。
やっぱりか?
「そ、それで、体を貸せっていったいどうい
うことなんだよ」
「あ〜 そうだな、
愛姫、お前がちゃんと説明しろ」
「ん…」
「お茶、もう一杯入れようか?」
「ああ、悪い」
グラスを受け取り、その場を離れた。
アホ幽霊 vs 矢神君
さて、どうなるか…
「ほら、さっさと説明しろ」
愛姫はなんだかモジモジしている。
「愛姫、あんま時間ねぇぞ」
そう、俺たちはこの後仕事なのだ。
「うん…」
そう小さく頷き、やっと愛姫は話し始めた
「一緒に歩きたいの」
「歩く?」
「うん、いっちゃんと一緒に、沢山の人の前
でも普通に気兼ねなく話しながら歩きたい
の」
「並んで歩く? って、たったそれだけ?」
矢神は少し拍子抜けしたように尋ねた
だが、愛姫はスッと目を伏せ、
「たったそれだけの事が私には出来ないんだ
もん…」
と、哀しそうに言った。
涙こそないものの、今にも泣き出しそうな表情から滲み出ているそれは、魔王から神様のようになった矢神に、考える時間を与えなかったようだ。
「しゃあねぇなぁ。
成瀬にはいろいろと仮もあるし、少しくら
いなら協力してやるよ」
えっ!!!
それはまさかの答えだった。
答え出すの早くね?
でも、それって俺への仮を返す事になんの?
「オイッ いいのかよ、そんな簡単にOKして
あれってすげ〜疲れるんだろ?」
「別にかまわねぇよ。但し、五時間以内だ
それ以上は俺の体がもたない」
「いや、でも…」
反論しかけたところで
「ホントにイイの?」
愛姫が割り込んできた。
「だからいいって」
「ホントにホント?」
「しつこいな。いいって言ってんだろ
男同士なら並んで歩いてもぜんぜん不自然
じゃないし、たいしたことじゃねぇよ」
いやいや、たいした事だろ!
幽霊に体貸すって普通じゃねぇよ!
おかしいって!
「ちょっと待…」
俺は、もう一度反論しようとした。
だが、その声に覆いかぶさるように愛姫は
言った。
「ありがとう…」
えぇェェェェェェ!!
話まとまったぁ?
俺はぁ?
俺もいるんですけどぉ!
一緒に歩くの俺なんですけどぉ!
そんな動揺しまくりの俺をよそに、矢神は踏ん反り返ってウンウンと頷いている。
なんだこれ。
なんかおかしいぞ、この展開
その姿に何も返せず、悶々としながら入れ終えたお茶を運んでいると、今の今までうつむいていた愛姫の頭がスッとあがった。
そして、降り出した雨の音に窓を見ている矢神の目を盗み、俺に向かってあろうことか愛姫は二カッと笑いピースサインをして見せた
ハメられたっ!
瞬時にそう思った。
そうだ…
こいつはしおらしく人にものを頼むようなそんなたまじゃない。
こいつは手っ取り早く話を進めるために、人間の最も弱い部分を狙ってきたのだ。
と言っても、おそらく悪意はない。
だが、あれだけご立腹だった矢神はもうすっかり平常心に戻っている。
あのアホヅラにもし気づきでもしたら、
今度は大魔王になってしまうかもしれない
それを思うと、恐ろしさのあまり、俺は何も言えなくなってしまった。
このままほっといた方が矢神のため、でもあるよな…
そう自分に言い聞かせて…
とりあえず一段落といいたいところだったのだが、愛姫の次の言葉に俺たちは耳を疑った
「じゃあね、私、動物園に行きたい!」
「はぁ!?」
またハモった…
「いやいやいや、確かに並んで歩くくらいな
らいいっていったけどそれじゃまるで」
「デート?」
「そぉだよ。いくら中身がお前でも周りから したら男同士にしか見えねぇだろ。
街中ならまだしも、男が二人きりで動物園
てなんか違くね?」
「だって私デートがしたいんだもん」
「いや聞いてねぇし」
「だって行きたいんだもん。
ねぇいっちゃんいいでしょ?」
こっちにふるなよ!
「そんな事言われても俺が体貸すわけじゃ
ないし。
っていうか、それならなんでこいつを連れ
て来たんだよ。男を連れてくるからややこ
しい事になるんだろ」
「だって見える人だったんだもん」
「見える人? どういうことよ…」
俺が理解しかねていると
「昨日の休憩時間の事、覚えてるか?」
昨日…?
「あっ!もしかしてあれお前だったのか?」
それは、昨日の休憩時間に矢神が何かの気配を感じた、というものだった。
うやむやに終わって、俺はその事をすっかり忘れていた。
「見える人じゃないと頼めないもん」
「はぁ? いったいどういうことだよ」
子供のように口を尖らせる愛姫。
その顔を見ながら矢神が言った。
「霊媒体質を持ったものじゃないと、憑依
するのは難しいんだ」
「だからって何も男にしなくても…
普通の人間じゃダメなのか?」
「駄目ってわけじゃないけど、体への負担が
俺たちの数倍はかかる。といっても少しの
間気を失う程度だけどな」
程度って…
人ってそう簡単に気を失うものでもないと思うけどな…
「じゃあ、お前の知り合いで誰か見える女子
みたいなのいねぇの?」
何気に聞いてみた。
すると、ズズッとお茶をすすった矢神から意外な返事が帰ってきた。
「いるよ… 一人だけ」
何故かテンションの針がググッと上がる
「うそっ! マジで?
オイオイ、愛姫、その子にしろよ。
それだっら普通のカップルに見えるし」
別に変な下心を持っていたわけじゃあないのだが、
「イヤだっ!」
言い切った。
「なんで?」
「だって…」
愛姫はうつむいて何やらブツブツと文句を言っているようた。
だか、この際いちいちかまっていられない
「で、その女子ってどんな子?
何処に住んでんの?」
「いっちゃん!」
「うるせー 黙ってろ」
「そうだなぁ、家はそんなに遠くない。
ここから車で20分くらいだな」
「おお、イイじゃん。
近くにこしたことねぇもんな。んで?」
チクチク突き刺さる愛姫の視線をよそに
どうしてだか期待は高まる。
「名前は山城サキ」
「サキ… サキちゃんね… いい名前
で? で?」
矢神は飲み終えたコップを静かに置いた
そして俺の目をジッと見ながらこう言った
「御歳78歳! 知り合いの霊媒師だ」
「へっ…?」
矢神はニッと笑い、してやったり、ってな顔をしている。
「え… お前、女子って言わなかったっけ」
「言ったよ」
「お前にとって78歳って女子なの?
お前ってそんな幅広くやってたの?」
「アホか! 幅広く何をやんだよ。
失礼だろうが!
あのなぁ、女性はいくつになっても乙女な
の! 女子なんだよ!
サキちゃんなんてすげ〜んだぞ!
山で拾ってきたメッチャ強い婆さん
一発で祓っちまったんだからな!」
それって、あん時の婆さんか?
っつうか、
「いや、それ女子と関係ねぇだろ」
あ〜あ…
天国から地獄…は言い過ぎか?
短い夢だったなぁ…
「ブッ…… ブハハハハハハハハ」
さっきまでふくれっ面だった愛姫が突然腹を抱えて笑い出した。
「なんだよ!」
「イイじゃん、いっちゃんその人にしようよ
私はかまわないよ」
「俺もイイと思うけどぉ」
そう言って矢神と目を合わせ、今度は二人して笑い出した。
「さあ、成瀬君どうする?」
まだ笑いのおさまらない矢神が訊いてきた。
その言い方がなんともバカにされてるようで
「お前はいいのかよ。
俺と二人でデートだぞ! それに、あれって
すごく疲れるんだろ?」
俺は賛同を求めたつもりだった。
だが、この男は物事をあんまり深く考えない奴だ。
「俺は別にいいけど。こいつ自体に悪意はな
さそうだし、お互い承知した上でリンクす れば体への負担も少ないはずだ」
「リンク?」
「ああ、憑依するってのは、お互いの心と精 神を繋いで共有するって事だ。だからそれ がもし強い悪霊とかだったら中身ごと乗っ 取られる。狐憑きって聞いたことあるだろ
あれなんかいい例だよ。
無理矢理入ってこられると体は拒否反応を
起こして何もしなくても体には大きな負担 がかかる。そんで、疲れきったところを
ヒョイッともってかれるんだ。
でも、こいつは狐でも悪霊でもない
多分、大丈夫だろ」
「ヘェ〜」
俺にとっちゃある意味悪霊だけどな…
結果は2対1
この二人を相手に説得する自身はない。
「じゃあ… 矢神君でお願いします…」
「ハイッ 決定!」
なんで二人して万歳してんだよ!
矢神、もしかしてこのアホ幽霊と頭のレベル一緒とか…
かなり不安はあるが、この二人ならその憑依とかいうのも上手くいく……のか?
やはり気は重い。
仕事の都合上、その日は5日後ということになった。
その後、矢神から霊体と憑依についての簡単なレクチャーを受け、当日のスケジュールを大雑把にまとあげた。
たかだか動物園に行くのにスケジュールを組むなんて小学生じゃあるまいし。
そんな風にも思ったが、部屋の中は、早朝とは思えない程賑やかな笑い声と和やかな時間が流れていた。まるで学生の頃にでも戻ったかのように。
中でも、愛姫はとても楽しそうだった。
その顔が何故かとても新鮮に見えて。
その笑顔に嬉しさを感じている自分に気づいて恥ずかしくなったりして。
なんだろう…
この気持ち…
すごく心地いい
心地いい……けど、でも………
パタパタ…
窓を叩く雨の音にふと窓を見た。
透明のガラスに小さな雨粒が静かに落ちて流れていく。
それほど強い雨ではなさそうだ。
あ…… また………
その傍らで、紫陽花の花がまた一つ散り落ちていた。
毎日一つずつ花を散らせていく紫陽花。
それを見る度に、細い針のようなものが俺の胸を指す。
花が落ちる、という当たり前の出来事に、
俺は明らかに不快を覚えていた。
それと同時に
正体不明の不安な気持ちが、胸の中でグルグルと渦を巻き始めていた。




