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奇跡の虹が残したものは  作者: 吉田 琥珀
12/14

天界の花

こんな日に限って…

誰もが一度は経験したことがあるだろう

だが、本当にどうして…

なんで今日に限ってミスをしてしまったんだろう

いつもならとっくに家路についているはずなのに、俺は昼間にやらかしたミスの処理に追われていた。


俺を見送る愛姫の顔がちらつき、苛立ちが募ると余計にはかどらない


結局、全ての処理が終わった時には10時を過ぎていた




駅の改札をでた。

急いで帰ろうと思ったが、寄らなければならない所があったことを思い出した。


今日こそは、と自動ドアをくぐる。


何度も通っているため、探さなくても目当てのものがある場所はわかる。


同じラベルのものが十数本。

どれも中身は空っぽだった。


(やっぱないか…)


肩を落とし、帰ろうとした時、店員が返却処理済みのものを数本抱えてやってきた。


その中に、一本だけ見つけた。


「すいません、それ借りてもいいですか?」




久々に帰る足取りが軽い。

これを見た時のあいつの喜ぶ顔が目に浮かぶ




「ただいま!」


ドアの向こうは暗かった。


また寝てるのか?


足音を立てないように息を殺してリビングへ向かう。

愛姫を驚かせるためだ。


瞑っている目の前にこいつを翳し、名前を呼ぶ。

目を開けた愛姫は、きっと抱きついて喜ぶはずだ。

そんな勝手な想像が頭の中を駆け巡る。

それだけで自然と笑みはこぼれた。



そっとドアを開けると、静まり返った暗い部屋が目の前に開けた。

そして、床が軋まないよう注意をはらい、

ゆっくり…

ゆっくりと……


だが、そこで目にしたものは、一瞬にして俺の顔からさっきの笑みを奪い取ってしまった



「愛……姫?」



そこに、今朝、いってらっしゃいと手を振りながら笑っていた愛姫の姿はなかった。


ソファの横のテーブルには、完成されたパズルが差し込む街灯の灯りに照らされていた


全身に、例えようのない寒気が走った



これが、

胸騒ぎ……というものなんだろうか。



とりあえず寝室を覗いた。


だがいない。


行くはずもないのに、

トイレや風呂も。


でも、やっぱりいない。


静かにパニックが押し寄せてきた。

脈拍が上がっていくのがわかる。


まずは冷静になれ。

自分で自分に叱咤する。


それでも、脈打つ体は止まらない。

運動もしていないのに息が上がってきた。


どうする!?

俺はどうすればいい?


ピルルルル、 ピルルルル


電話?

こんな時に!


苛立ち、ポケットから取り出したスマホの画面を見た瞬間、体がビクッと反応した。


それは、矢神からの呼び出しだった。



「はい」

「ああ、俺だ」

「おう…」

「悪い、サキちゃんに急用ができて遅くなっちまった」


なんだ?

こいつ、なんか焦ってないか?

しかも、こんな時間に。


明日でも良かったんじゃねぇのかよ……


さらに胸騒ぎは激しく俺の胸を掻き鳴らす


「あいつは? 愛姫はどうしてる?」

「ああ…… それが…」

「なんだよ」

「ん……………」

「なんだよ! 早く応えろよ! 」


だから…

なんでそんなに焦ってんだ?


「いや……帰ったらいなくて」

「はぁ? いない? 」

「ああ…」

「どっか行き場所に心当たりはねぇのかよ」

「行き場所も何も、最近のあいつは力が弱ってて、一人じゃあんまり動くこともできないんだ」

「そんなに弱ってたのか? てか、なんで俺に言わなかったんだよ」

「いや……… それは……」


電話の向こうで、チッと舌打ちする音が聞こえた。


「まぁいいや。そんな事今更言い合っても仕方ないしな。それより、花は? 花は今どんな状態だ? あいつ、お前と再会した時、花持ってただろ」

「あ、ああ、持ってたけど…」


それは、今は閉じたカーテンの向こう側


「それはこの世のものじゃない。あっちの世界の花だ」


それは、自分でも薄々気づいていたことだ

天界には赤い花が咲いていると、昔、婆ちゃんに教えてもらったことがある。


「それが……どうした」

「蘇った魂は、いつまでもこの世にいられるわけじゃない。みんなそれぞれ決まった時間を与えられるんだ。その時間は魂の思いの強さによって決まる。つまり、思いが強ければ強いほど長くこの世にいられるらしい。

その時間を刻んでいるのがその花だ。

サキちゃんの話だと、最長で14日。

それが限界だそうだ。

愛姫はこの世界に戻ってどれくらい経つ?」


スッと、近くにあったカレンダーを見た


14日…

とは、2週間。


確か、あいつと会った日も今日と同じ金曜日


あいつがこの部屋に転がり込んたのは……

先週…?


いや、もっと前だ。

先週の今頃は、確か、遊園地へ行く話をしていた。


ということは………


「おい、どうなんだよ。何黙りこくってんだよ」


苛立つ矢神。


たかがカーテン

この布をめくればいいだけのこと。

なのに、怖い。


電話の向こうでは矢神が呼んでいる。

耳に入ってはいても、何処かへ抜けて行く


ジジッと、カーテンレールの音が鳴る

ゆっくり…ゆっくりと右手を横にスライドさせて行く。



そこに、

花はあった。



ああ……

この花を見るのは何日ぶりだろうか。


コップの水は殆どなくなっていた。

だけど、鮮やかな緑色の太い茎はまっすぐに伸びていた。

だが、その上にあるはずの花は…


「おいっ! 聞いてんのかってっ?

花はいくつ残ってる?」


俺は、正直に答えた。


「あと……一つ…」


今までうるさいくらい吠えていた矢神の声が止まった。


そして、少しの沈黙の後、矢神は


「マジか…」


そうポツリと言った。


「これって、どういう事なんだよ」

「どういう事もくそもねぇよ! さっき言ったろ。その花は時間を刻んでるんだって。

つまり、愛姫がこの世界にいられるのは今日一日しかないってことだよ!」

「一日……」

「 今すぐ愛姫を探せ!」

「探すって… 一体何処を」

「愛姫と再会した場所は何処だ?」

「公園の自動販売機の前だけど」

「そこだ。多分、そこがあっちの世界との出入り口になってるはずだ。そこへ行け!」

「え…… でも、俺、あいつの望んだもの、まだ見つけてやってないのに、どうすりゃいいんだよ」

「んなもん知るか! 会ってから考えろ!

もし願い事を叶えることができなかったら、あいつ、帰れなくなるんだぞ!」


あ………

そうか………

あいつ、帰るんだ。

帰んなきゃなんないんだ。

でも、帰れなくなるとはどういう事だ?


「もし帰れなくなったら、あいつはどうなるんだよ?」

「無……だよ」

「無?」

「ああ… 未来永劫、その場所から離れる事が出来なくなる。何もかも全部忘れて、自分の名前も思い出も、存在してることすらわからなくなる。もちろん、お前の事もな」

「俺の、事も…?」

「ああ、そうだよ! だから早く行けって!

てか、どうすりゃいいとかこうすりゃいいとか、そんなんわかんなくても行くんだよ。

もう、二度と会えないんだからな…」




二度と………




頭を、デカイハンマーで思いきり殴られたような気がした。

ずっと逃げていた現実を突きつけられたんだ

それくらいの衝撃があっても不思議じやない


だけど、あんなもん何処にいんだよ。

見つける事が出来なけりゃどのみちあいつは



「俺、あいつに謝んなきゃ」

「はぁ?」

「俺、あいつが何を望んでるのかわかってたのに、なんにもしなかった。今が良かったらそれでいいって、勝手に決めつけて。

あいつが楽しく笑ってくれてればいいって。

だけどあいつは俺に何も言わなかった。

こんな事になんのも、多分あいつは知ってた

でも言わなかった。だから…」

「アホか…

お前さ、前に俺に言ったことあるよな。

わからないならわかるまで探せって。

偉そうに言った本人が何弱気になってんだよ

なんにもしなかったんなら今からでもすればいいだろ。

あがけよ。お前もあがいてみろよ。

会いに行って、最後の最後まであがいてこいよ。そんでもダメなら、謝るんじゃなくて、あいつに今のお前の気持ち、ちゃんと伝えてこいよ。そうすれば、一瞬でもあいつの魂は救われるんじゃねぇの?

たとえその後、無になったとしても、情けねぇ面で謝られていくよりよっぽどマシだろ」



情けねぇ面か……

電話で人の顔がわかんのかよ。

って、見なくてもわかるくらい、今の俺は情けねぇって事か



ーーわからないならわかるまで探せーー




それは、以前、矢神の彼女の愛海ちゃんが入院してた時に言った言葉だ。


あの時は、グダグダ悩んでいるこいつを情けなく思い、喝を入れてやるつもりで言い放った。

まさか、それが今度は自分に向けられる事になるとは…


ホント……

俺、今どんだけ情けねぇ顔してんだろ。


こんな顔して謝られても嬉しくないよな。

きっと、失望したままいってしまうよな。

俺の所に来たこと、後悔させてしまうよな。


後悔…か……

それだけはさせたくねぇな…


あいつ、俺に会えて良かったって、

言ったもんな……



俺も、

したくねぇな…


あがいてみるか………


「わかった。とにかく行けばいいんだな」


言い終えた時には、俺はすでに玄関を飛び出していた。


「ああ、今11時28分だからあと30分しかない

急げよ」

「わかってる!」

「それと」

「ああ? まだなんかあんのかよ!」

「うるせー 黙って聞け! いいか、」

「あっ! ちょっと待て! 傘!傘忘れた!」

「傘ぁ? そんなもんどうでもいいだろ!」

「ダメなんだ。あいつ、傘がないとダメなんだよ」

「はぁ? 言ってる意味がわかんねぇ。

なんでもいいから早くしろ!」

「あ、ああ、わかってる。で、何?」

「え?」

「さっきの続き。何か言いかけたろ?」

「あ、ああ、そうだ。

こっから先は何が起こるかわかんねぇから気をつけんだぞ」




ーー何が起こるかわからないーー




なんともブルッとくるような言葉だが、怖いと思う気持ちは全くなかった。


もし何かが起こったとしても、

何をすればいいのか、どうすればいいのか、もちろんそんな事はわからない。

でも、

今はただ、一分一秒でも早くあいつの所へ行きたい。その思いのほうが何百倍も強かった


できれば、あいつの望んだものを抱えて行きたかったんだけど……


「わかってる。サンキューな、矢神」


そう言って、電話を切った。








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