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奇跡の虹が残したものは  作者: 吉田 琥珀
11/14

大好きのダは団子のダ!

仕事帰りのオヤジ達で賑わう行きつけの居酒屋。


「んじゃ、まずはカンパイ! お疲れぃ!」

「お疲れ」


矢神はビールを一気に半分まで飲み干した


「愛姫は? 遅くなっても平気か?」

「あ〜〜 なんか今日好きなお笑い番組が4時間スペシャルなんだぁ〜っつって朝からすげ〜うるさかったから大丈夫だろ」


「そっか」

「ああ」


久しぶりに二人で飲みにきたというのに、どうしたことか、気分があまりのらない。

二人とも、運ばれてきた焼き鳥をあてに無言で酒を飲む。


飲みに誘ってきたのは矢神。

その理由はなんとなくわかる。


「あれから愛姫の様子はどうだ?」


ほらやっぱり


「ああ、なんとか落ち着いてる」

「そっか、なら良かった」

「まぁな…」


なんて、俺は嘘をついた。


確かに、あの夜以来、意識がとんだり一人で泣いたりすることはなくなった。

だが、それとは別の、視覚的な部分で明らかに異変は起きている。

その事を、俺は言えなかった。


何故なら、その異変を認める自分と認めたくない自分とが心の中で常に戦っているからだ

しかも、今のところ認めたくない自分の方が優勢のようだ。


その理由は、半分だけ下ろしたカーテンに隠された紫陽花の花。

それが動かぬ証拠だ。


相変わらず無言の時間が過ぎて行く。


矢神は、残っていたビールを全部飲み干し、幾つかオーダーを通した。

そして、ようやくこの飲みの席を設けた理由

その本題に入った。


「俺さ、明日サキちゃんのとこ行ってくるわ」


そろそろとは思っていたが、いざとなると、やはり胸にズンとしたものが走る。


「そっか…… 悪いな、せっかくの休みなのに」

「だからそんなのはいいって言ってんだろ」

「あ? ああ、悪ぃ……」

「だぁから……」


言いかけて矢神は言葉を止め、チッと舌打ちをした。

会話が弾まないのは、やっぱ俺のせいか……


「お前さ、なんか疲れてね?」

「へ? あ、ああ、今日ちょっと忙しかったからな」

「そうじゃなくて、こっち…」


矢神はそう言って、自分の胸を指した。


「そんなことねぇよ」


スッと目を背ける俺の顔を、矢神は暫くの間何も言わず見ていた。

そして、運ばれてきた二杯目のビールをクピッと一口飲むとこう言った。


「お前、もうわかってんだろ」

「何が?」

「愛姫が戻ってきた理由」


周囲のざわめきが、一瞬途絶えたように思えた。

俺は、何も答えなかった。

肯定も否定もしない。

即ち、それは認めた事と同じになる。


「答えたくないなら答えなくてもいいけど、

これだけは言っとくわ」

「なんだよ」

「いいか、何があっても現実を見失うな。どんな状況でも冷静でいろよ」

「……………………」


いっつもアホヅラさげてるくせに。

幼稚な事しか言わないくせに。


そんな奴がそんな真面目な顔してまともな事言うな!


顔、見れなくなるだろ!


ダメだ…

今日ばっかりはダメだ。

これ以上何か言われたら、店を出なきゃなんねぇ。

というか、誘ってくれた矢神には悪いが、なんとなく今は一人になりたい…

そんな気分だ。


「わかってる」


俺はその一言だけを返し、それからは何も話さず残っていたビールを飲み終えると、早々に店を出た。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


久しぶりに見上げた夜空に浮かぶ月。

歩けど歩けどその距離は縮まらない。


普段はなんとも思わないのだが、少し酔っているせいか、あの丸い顔が酷く気味悪い。


近道の公園。

いつもの自動販売機が見えてきた。

頭がボンヤリとする。


酔い覚ましに少し休憩していくか…


俺は、自動販売機の前に設置されているベンチで休むことにした。


相変わらず月は不気味な顔で俺を見降ろしている。


今日は満月か………


見事に丸く、しかもデカイ。


そう言えば、月にはとても神秘的な力が宿っているときく。

特に満月の時には引力の力が最も強く、あらゆるものが吸収されやすいそうだ。


おそらくそれとは無関係なのだろうが、今

この場所はほぼ無風。

そのせいか、空気が澱んでいるように思える


人っ子一人いない。

擦れあう木々の葉音も、いつもうるさいくらい唄っている蛙たちも、まるで何かに怯え、息を潜めているかのようにとても静かだ


一人になりたいと思った俺にとっては何とも都合のいい環境。

それなのに、出てくるものは大きな溜息ばかり。


そうだ、

ここは、俺と愛姫が奇妙な再会を果たした場所


あれから2週間足らず。

たったの2週間だ。

なのに、この濃密さはなんだ?


死んだはずの人間が突然目の前に現れ、そのまま家に居座って。

いつもいつも俺の事を引っ張りまわす。


だけど、あの明るい笑顔の底にはあんな暗い過去が沈んでいた。


あいつの全てを知り、受け入れるにはあまりにも時間が少なすぎる。


それでも、冷たい愛姫の体を抱きしめたあの夜、香の薫りに誘われ遠のく意識の中で、生まれて初めて心から誰かを守ってやりたいと思った。


でも、あいつは俺たちとは違う。


死んだ人間を守ってやりたいと思うのはいけないことなのだろうか。

決して叶わないことなのだろうか。


時間が経てば経つほど、回答を得る間もなく疑問ばかりが増えていく。


明日、矢神はどんな答えを持って帰ってくるのだろうか。

それを考えると、胸が押しつぶされそうだ


明日が来ることがこんなにも怖いなんて、

知らなかった。








「ただいまぁ」


明かりの消えたリビングからチカチカと点滅するようなテレビの色


ガチャっとリビングのドアを開け


「おい、電気くらいつけろよ」


パチッと電気をつけた。


テレビの画面では、愛姫の好きなお笑い番組がちょうどエンディングを迎えていた。


だが、なんか様子がおかしい。


ソファの前へ回り込む。


「愛姫?」


愛姫はソファに寄りかかり、目を閉じてグッタリとしていた。


「おい、愛姫 どうしたんだよ」


体を揺すってみたが、反応はない。


「おいって、ふざけんなよ!」


何度も揺すって名前を読んだが応えない。


まさか…

これって、意識がない? とか?


って、もともと死んでる人間に意識ってあんのか?

いやいや、

一応普段は動いてんだから、やっぱこれは意識がないと表現してもいいのでは?


いや、でも……

なんか違うような……


矢神には聞けないし…

どうする……?


ん〜〜〜〜〜?


腕を組み、ムムムっと考える俺。


って、もしかして、これってヤバイんじゃないのか?

こいつ、最近さらに弱ってきてるみたいだし

このまま意識が戻らなかったら……


どうする……


今になって焦りが出てきた。

だが、どうすることもできずに一人オロオロとするばかり。


どうする…どうする…どうする!


と、愛姫の指先がピクリと動いたかと思うと


「いっちゃん?」


座り込んだ俺の頭の上から声がした。


「あ、愛姫」

「何やってんの?」

「いや、それそのままお前に返すわ。

どうしたんだよ」

「へ? 何が?」

「俺が呼んでんの聞こえなかったのか?」

「あ? ああ、寝てたの」

「寝てたって。お前は寝ないんじゃないのかよ」

「うん、そうなんだけど、なんか眠くなっちゃって。だから寝た」


悪気はなかったの。

せめてそーゆー言い方をしろ!


「はぁ〜〜〜〜〜」

「何よ」

「ったく、びっくりさせんなよ」


肩を落とした俺に、愛姫は顔を寄せて言った


「心配してくれたの?」

「当たり前だろ」


カクンとうなだれた俺

突然、フワリと愛姫が抱きついた。


「お、おい、なんだよ 急に」

背中がゾクッとなった。


「嬉しい……」

「はぁ? ちょっ、離せよ」


だけど愛姫は離れない。

その体が震えている。

泣いているのか?


「おいって……」

「プッ」

「プ?」


泣いている…

なんて、俺もまだまだ青かった。


「プハハハハハハハハッ!」


愛姫の甲高い笑い声が部屋中に響き渡った

おまけに涙まで流して。


「何がおかしい!?」

「だって、さっきのいっちゃんの顔!

変な顔!」

「うるせぇな! ほっとけ!

ったく、心配して損した! 罰として、今日は一人で寝る事!」

「え〜〜〜〜! 罰って何の罰よ!」

「俺の顔を笑った罰」

「だってホントにおかしかったんだもん」

「あ〜〜また言ったな。もう知らね」

「あ〜〜ごめ〜ん いっちゃんゴメンてぇ」

「知らね」


なんてな。

暗い夜を一人で過ごさせるわけねぇだろ

でも、たまにはこういう躾も必要だ


腕を掴んで必死に謝る愛姫。

だけど俺はソッポを向いたまま。

少しは思いしれ。

ホントーに

心配なんだから…


ふと、目を向けた先に、さっきの丸い月が映った。

月は、窓から覗き込むように俺たちを見ていた。

その顔はやっぱり不気味だった。



お前の仕業か?



眠らないはずの愛姫が眠気に襲われた。

俺は、その異変をとりあえず月のせいにした


何故なら、さっきの涙がおかしさのおまりに流れ出た涙ではない事がわかっていたから


笑い泣きならあんなに涙は零れないはずだ。

あんなに鼻が赤くならないはずだ。


愛姫は、何かを感じとっている。

もしかして、この先何が起こるのか知っているのかもしれない。


でも、今は聞かなくていい。


あとどれくらい一緒にいられるのかわからないけど、わからないからこそ、愛姫には笑っててほしいから。


こいつには

もう一粒の雨も涙もいらない。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


アラームの音は今日もなる。


いつもなら、先にベッドから出てテレビを見ているはずの愛姫が、横で目を閉じていた


「愛姫、朝だぞ」

「ん〜〜〜〜」

「散歩、行かねぇの?」

「ん〜〜〜〜?」

「さっさと決めろ」


俺は、未だ目を開けようとしない愛姫をベッドに残し、リビングのテレビの電源を入れた


愛姫お気に入りの情報番組が映る…

はずなのだが、画面には何やら記者会見の様子が映し出されている。


「なんだ?」


それは、気象庁による緊急記者会見の模様だった。

どうやら、今夜、前回を上回る程の大雨がこの地域を襲うらしい。

気象庁は、避難経路の確認など、充分な注意を呼びかけていた。


「今日早く帰ってこれっかなぁ」


ポツリと呟いた。


「いっちゃ〜ん」


寝室の方から愛姫が呼んだ


「なんだよ」


寝室を覗くと、愛姫はベッドの上で胡座をかいて座っていた。

俺の顔を見るなり、ニョキっと両腕を伸ばし


「オンブ………」


数秒間の沈黙


「アホか…」


背中を向け、記者会見の続きを見ることにした。


画面には、前回の大雨の時に被害にあった地域の映像が流れていた。


そのまま数分の時間が過ぎた。

寝室がやけに静かだ。

こうなったらなったで逆に気になる。


「あ〜〜〜もうっ!」


ゆっくりと顔だけをずらして寝室を覗いた

愛姫はさっきの体制のままこっちを見ていた


「やっぱり来てくれた」


やられた……

これで何回目だ。

いい加減学習しろよ、樹……


「お前さ、何がしたいの…」

「だから、オンブ」

「だからじゃねぇよ! ベッドから降りる時くらい自分で歩け!」


そう言ってまたリビングへ戻ろうとする俺を、愛姫は静かに呼び止めた。


「いっちゃん……」

「なんだよ…」


背中を向けたまま応えた。


「お願い…」


その声は、とても弱々しかった。

このまま消えてしまうんじゃないか?

そう思える程に。

だけど、こいつの前で動揺する姿は見せられない。


「しゃあねぇなぁ…じゃあそのまま散歩行くか?」


明るく言う俺に、愛姫は大きく頷いた。









背中に愛姫を背負い、右手に閉じた傘を持って部屋を出た。

いつものように愛姫に傘を持たせてもすぐに落としてしまうからだ。


「ねぇ、いっちゃん」

「ん?」

「いっちゃんて何でそんなに優しいの?」

「別に優しくなんかねぇだろ。

俺、口悪いし」

「そんな事ない。いっちゃんは優しいよぉ

ねぇ、何で?」


俺は、ハテ…と考える。

ふと、幼い頃の記憶が蘇った。


「小さい頃さ、人に優しくしてあげれば後で必ず自分にも帰ってくる。だから、どんな時でも人には優しくしなさいって、いつも母ちゃんに言われてたんだ。

だから自然とそうなっちまうのかもなぁ」

「じゃあ、いっちゃんのお母さんも優しい人なんだ」

「そーでもねぇよ。

うち、親父が単身赴任でほとんど家に居なかったから、怒るのもいつも母ちゃんの役目だったんだ。

そん時のゲンコツときたら、これがまた痛ぇ〜のなんのって。 手加減てものを知らねぇんだよ。うちの母ちゃん…」


俺が愚痴のように昔の事を語ると、愛姫は楽しそうに耳元で笑った。


ただし、

ケラケラではなく、

クスクスと。


「会ってみたかったなぁ。いっちゃんのお母さん」

「別に会う程のもんでもねぇよ」

「でも、いっちゃんのお母さんだもん

やっぱり、会いたかった」

「ん…」


会いたい

じゃなくて

会いたかった…


やっぱり、何回聞いても慣れねぇな……


「いっちゃん」

「ん?」

「私、いっちゃんと会えて良かった」

「な、なんだよ、急に」

「へへ……べぇつに」


そう言って、愛姫はコテっと俺の肩に顎を乗せた。


あ〜〜〜

そんなに密着するな。


俺は焦っていた。

この心臓の音に気づかれはしないかと。

とは言っても、頭ん中を読まれればそれまでなんだけど……


「いっちゃん…」


トクンと胸がなった。

こればかりは自分でもどうしようもない


「なんだよ…」

「だ…」

「だ?」


だ?

だ…だ…

だだだ……大……

大………好き……とか?


え〜〜〜〜〜!!


やめろォ!

俺はそーゆーのに慣れてねぇんだよ!

今年28だけど…

こいつ、人の体温も感じとれんのかなぁ…

顔が熱い時って体温も上がってんのかなぁ

そんな事聞くわけにもいかねぇし。


そうだ!

何かエロい事考えるんだ!

この感情をこいつに知られるのは恥ずかしい!恥ずかしすぎる!

エロい自分を知られる方がまだマシだ。


なんでもいい!

エロい事… エロい事ォォォ!

平静を装いながらも頭の中はぐっちゃぐちゃ


ところが、流れは意外な方向へ…


「ダンゴ!」

「へ? ダ、ダンゴ?」

「はい、いっちゃん ゴ ね」

「ゴ、て…」


しりとりかよっ!!


「ゴ、ゴマ?」


だけど素直に乗っちゃう俺……


「マ、マ、マンゴー」

「またゴかよ。 えと、ゴマメ」

「ゴマメ? 豆?」

「ちげぇよ。アホ…豆じゃなくて魚」

「し、知ってたもん! それくらい。忘れてただけだもん!」

「へっ、どーだか」

「メだよね! メ、メ〜〜〜〜

メタボ!」

「それは正式名称じゃありません〜〜」

「じゃあなんて言うのよっ!」

「言っていいの?」

「いいよ!」

「メタボリック症候群。

ハイッ お前の負けぇ〜〜」

「え〜〜〜! ずるい〜!」

「てめーが言ったんだろうが!」


愛姫は足をバタつかせて悔しがった。

しりとりなんてしたのは何年ぶりだろうか

もしかして、子供の頃以来か?


子供時代……か。


もっと早くこいつと出会いたかったな…

こんな風にしりとりしたり、鬼ごっこしたり、トランプしたり。

最新のゲームなんてなくても、こいつとならなんだって楽しく遊べたかもな。

もし、もっと早くこいつと出会っていたら今の俺たちはどうなっていたのかな…


なんで時間は戻せないんだろう…

戻せないならいっそ止まってしまえばいいのに。



なんてな……

マジでヤベェかも。俺…





「できるだけ早く帰ってくるから」


そう言い残し、家を出た。


いってらっしゃい、と

手を振りながら笑う顔が、とても寂しそうに見えた。





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