記念写真=心霊写真
「おーい、愛姫ぃ 散歩いくぞぉー」
リビングからはまだテレビの音が聞こえてくる。もともとこいつはテレビっ子。
ここ最近、愛姫は早朝の情報番組にはまっている
「ちょっと待ってぇ〜」
「早くしねぇと置いてくぞぉー」
って、一人で行く気は全くないが…
「はぁ〜い」
テレビの音が消えた
スニーカーの結び目が気に入らない
腰をおろして結び直そうとした時
「どぉーんっ!!」
「オワッ!」
前かがみになっていた体が更に前へ倒された
愛姫が俺の背中めがけて飛びついてきたのだ
後ろから両腕を回し、体がピッタリとくっついている。
後ろからのハグだ
「いきなり何すんだっ!」
「へへ」
「重い… 離れろ」
「嘘ぉ そんなわけないじゃん」
「違う。そうじゃなくて、肩が重い
取り憑かれるってこういうことか…
矢神も大変だな…」
「失礼な! これは取り憑いてるんじゃなくて乗っかってるの!」
「一緒じゃねぇか!」
全く、あー言えばこー言う。
こいつはこういう事だけは天才だな。
ほとんど役にはたたねぇと思うけど。
「ほら、降りろ」
「……………ねぇ」
急に静かな声音になった。
少しドキリとする。
「なんだよ…変な声出すなよ」
「このままでもいい?」
「はぁ? このままって」
「ダメ?」
断る隙を与えない要求に、少しだけ考える振りをした。
「しゃあねぇなぁ 傘はお前が持てよ」
「うんっ!」
「てか、苦しい。マジで呪い殺すつもりじゃねぇだろうな」
「ゴメン…」
なんて、ホントはそのままでもよかったんだけどな。
「んじゃ行くか。 よっこらしょ」
そう言って立ち上がったが、実体のない愛姫の体は全く重さを感じない。
そしてマンションをでてすぐのこと。
「あっそうだ! ねぇねぇ いっちゃんいっちゃんいっちゃん」
「あ〜も〜 うるせ〜って なんだよ」
「リーさんの新作が今日からレンタル開始なんだって!仕事の帰りに借りてきてよ」
リーさんとは、愛姫が好きなアクション俳優のこと
「新作かぁ。面倒臭いけど俺も見たいしなぁ
よっしゃ、借りてきてやるよ」
「うんっ! お願い!」
そう言った拍子に持っていた傘がハラリと落ちた。
「おい、落とすなよ。ほれ、しっかり持ってろ」
「ごめぇん」
愛姫はテヘヘと笑い、傘を受け取った
そしてまた歩き始める
「プフフ…」
「なんだよ」
「いっちゃんジョリジョリする」
「てめーが早朝散歩なんか言い出すからだろ
朝の5時に起きてすぐヒゲ剃れるほど俺の寝起きはよくねぇんだよ!帰ったら剃る!」
「グフフ…」
「笑うな! てか触んな!」
全く、顔洗って歯磨くのも怠いってのに。
髭まで剃ってられるか…
「お前さぉ、毎朝ナニ夢中になって見てんの?」
「星占い」
「ヘェ〜 お前何座だっけ」
「天秤座。いっちゃんは乙女座だよね」
「へ? よ、よくおぼえてたな」
できれは忘れててもらいたかった。
何故かと言うと、小さい頃から自分の星座を言うことに抵抗があったからだ。
最近では乙女座と言う言葉が似合う男子もいるが、俺にはどこをとっても無縁なもの
ということはやっぱり…
「プフフ…」
ほらな…
「笑うなっ!」
「だってぇ〜」
「確かに今はこんなだけどなぁ 高校ン時の学園祭でメイドの格好させられた時は結構評判良かったんだからな!」
あ〜あ
言っちゃったよ、 俺…
乙女座とはなんの関係もないじゃん
「え〜〜〜! いっちゃんがメイドォ!?
嘘ぉ 絶対嘘ダァ!」
「嘘じゃねぇよ。嘘つくんならもう少しマシな嘘つくわ」
「じゃあ写真とかないの? 」
「探せばあるんじゃねぇの」
「見たい見たい! ねぇ、帰ったら探そ!」
「いいけど、仕事から帰ってきてからな」
そう言うと、愛姫はヘタッと肩に顎を乗せて
「はぁ〜い」
と、残念そうに言った。
その直後、「あっ!」という声と共に、またしても傘がハラリと落ちた。
「こらこら、ちゃんと持ってろっつったろ」
愛姫はさっきと同じように「ごめぇん」と言って傘を受け取った。
「もう落とすなよ」
「りょーかい!」
だが、愛姫はその後も3回傘を落とし、その度に「ごめぇん」と、言って笑った。
その夜、リーさんの新作は全てレンタル中につき、借りることはできなかった。
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「あったあった」
クローゼットの中から古いダンボールを引きずり出す。
俺の記憶が正しければ、この中に思い出の品が入っているはず。
「早く早く」
「ちょっと待てって」
覗きこんだ箱の中身
昔好きだったバンドのCDやDVD
他にも車の雑誌やグラビヤアイドルのポスター……………
と、これはさりげなく後ろに置いといて…
「あった! 多分これだ」
箱の底にあった卒業アルバムの上で見つけた大きめの茶封筒。かなり分厚い。
その分厚さこそが思い出の証。
「早く見せてよ!」
「だから待てって」
袋に手を突っ込みガサガサと写真を取り出した。その一番上の写真を見た愛姫
「キャ〜〜〜〜!」
感嘆の声をあげた。
「お………これは…」
なんと偶然にも写真の束の一番上で、メイド姿の自分がピースサインで笑っていたのだ。
コスプレもメイクもバッチリだ。
「いっちゃん、かぁわいいっ!」
「だろ?」
って、あれ???
かわいいと言われたのに…
メイドのコスプレをしてるのに…
俺、男なのに…
褒められて何故得意気になったのか…
まぁいいか。
愛姫は、夢中になって一枚一枚写真を食い入るように見ている。
自分の思い出でもないのに。
「人の写真見て楽しい?」
「楽しいに決まってんじゃん。いっちゃんのなんだから」
「ふ〜ん そんなもんか?」
「うん」
愛姫はこくんと頷き、その後も時折目を細めながら俺の思い出を辿っていった。
そして、全部を見終わった後で、愛姫はポツリと言った。
「いいね。 こういうのが残ってて」
「え?」
「私さ、高校行ってないでしょ? だから学園祭とか行った事がなくて」
「あ、そうか…」
写真なんてもの、今まで特別大切なものとか
そんな風に思ったことなんてなかった。
ただその時のノリで撮った。
これからだっていくらでも撮れるし。
それくらいにしか思っていなかった。
「悪い… 気がつかなかった」
「なんで謝るの?」
「いや、だって…」
「写真は楽しいよ、他の人のでも。
その人の思い出を共有できるんだから」
そう言って愛姫は笑った。
その笑顔に、
俺って、意外とネガティブ思考?
なんて事を思わせられたりして…
「もう一回見てもいい?」
一度見終わった写真の束を、大事そうに握り締めながら聞いてきた。
「いいよ。気の済むまで見れば」
俺は、全く興味のないような返事をした。
実際、昔の自分にはあまり興味はなかった
そんな事より、俺の視線にも気づかないくらい夢中になっているその顔の方が、今の自分には嬉しくて、ずっと見ていたいと思うものだった。
次の日
「おーい、愛姫ぃ、早くしないと置いてくぞぉ〜」
今日も情報番組に夢中だ。
俺は、玄関に腰掛け、昨日愛姫に邪魔されて結び直せなかった靴紐を結んでいた。
ん?
この状況、昨日とおんなじだ。
ということは……
テレビの音が消えた。
来るっ!
最近、俺は、気配というものを少しだけ感じる事が出来るようになったのだ。
それが迫ってきていた。
しかもすごいスピードで。
俺は両足を踏ん張り衝撃に耐える準備をした
「いっちゃ〜ん!」
体にググッと力が入る。
思わず目を瞑った。
「ドォーン!」
「おおっ! おお?」
その声に反射的に反応したが、何故か昨日のような衝撃がない。
そのかわり、身体中をなんともいえない寒気が走った。
この感覚、覚えがある。
瞑っていた目を開けた。
そこには、俺の後ろにいるはずの愛姫が、目の前でヘニャっと座りこんでいた。
へ………? もしかして、通り抜けた?
さっきの寒気は、以前、愛姫に胸を貫かれた時と同じ感覚だった。
「お、おい… お前…」
見える人間には触れる事が出来る。
確かこいつはそう言った。
それが、触れることなく通り抜けた。
もちろん、こんな事は始めてだ。
困惑して言葉の出ない俺に、愛姫は言った
「ちょっと、気、抜いちゃったかな」
「気、抜いたって…」
ふと、昨日の傘の事を思い出した。
「お前、まさか……」
「あっ、そうだ!」
また遮られた。
そうだ、こいつ、俺の考えてる事わかるんだっけ。
「なんだよ」
「今日いっちゃん仕事休みでしょ?私、行きたい所があるの」
「行きたい所?」
「うん、だから今日は公園じゃなくてそこに連れてって」
「そこって何処…?」
「いいから! ヘルメット持ってね。あとスマホと」
「え、原チャリで行くの?」
「うんっ! だから早く! 先行っちゃうよ」
言うまでもなく、愛姫はさっさと行ってしまった。
さっきの事は気になるが、聞いた所であいつは絶対口を割らないだろう。
そんな事よりも、今、この時を大切にしたいから。
あいつには、出来るだけ笑っててほしいから
聞かない。
俺は、聞かない…
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家を出て約10分。
「ここ! ここで停めて!」
そう言われ、ついた場所はというと。
「ここ? なに…お前パチンコしたいの?」
そこは、だだっ広い駐車場を構えた開店前のパチンコ屋。
「違うっ!」
「じゃあ何すんだよ」
「写真! 写真撮るの!」
「はぁ? 写真って、こんなとこで?」
「そ。あれをバックにして撮るの」
「あれ?」
そう言って愛姫が指さしたものは、このパチンコ屋の店名にもなっている大きな虹のネオンだった。
夜には激しいくらい煌びやかな光を放つのだろうが、今は朝。
カラフルな電球達は静かにお休み中。
「オイオイ、写真ならもっと景色のいい所で撮った方がいいんじゃねぇの?
俺、今日休みだし少しくらい遠くても連れてってやるぞ」
面倒くさがりの俺がわざわざこういうんだから、ここがどれだけ地味かわかるよな。
「うん……そうだけど… でも、やっぱりここでいい。っていうか、虹がいい」
虹…か。
「ホントにいいんか?」
「うん」
こいつがそう言うのなら………
と、一応納得はしたのだが、ここで一つ疑問が…
「なぉ、お前ってさ、ちゃんと写んの?
てか、それってさ、心霊写真になるんじゃねぇの?」
俺に指摘され、愛姫はハッとなった。
「えっと… あ〜 そう…なるのかな?
やっぱり…」
「いや、そうだろ。紛れもなくそうだろ」
ん…………
なんか、興味でてきた……
「よっしゃ! とっとと撮ろう!」
思わずテンションを揚げてしまった俺
そんな俺を愛姫は見逃さなかった。
「いっちゃん… なんか良からぬこと考えてない?」
「へ?」
あ…
ヤベ……
よまれた?
「良からぬ事ってなんだよ。おら、人が増える前に撮らなきゃなんねぇんだからサッサと行くぞ!」
あ〜〜〜
やりにくくてしょーがない。
こんな事ならいっそのこと知らない方が良かったかも…
「待ってよ!」
むむっとしながらも、愛姫は俺の後をついてきた。
人気のない駐車場を歩きながらなんとかベストポジションを探し出した。
が、そこは駐車場の端っこ。
このツツジの植え込みさえなければ楽に撮れるなずなんだが仕方がない。
無理矢理押さえ込むように少し高くなっている植え込みに体をめりこます。
茎なのか枝なのかわからないものがチクチクと体に刺さる。
たまに、パキパキといういけない音もする。
これは時間との勝負だな……
「ほら、もっと顔寄せろ。一気に撮るぞ」
「こんな感じ? ちゃんと虹入ってる?」
「入ってるって。任せろ!」
写真を撮るのが得意というわけではないが、俺は完璧なアングルを捉えていた。
だが、体制はギリギリ。
ツツジにいまにも押し出されそうだ。
「いいか 撮るぞ! 笑えっ!」
カシャっとシャッターの音がなる。
「もう一回、笑え!」
せわしなく二枚目をカシャ
「もう一回!」
カシャ
三枚目を撮った所でギブアップ。
よろめいた拍子に植え込みから落ちてしまった。
「テテテ……足つった」
植え込みの段に腰をおろし、早速そのできばえを確認した。
「おお、すげ〜 ちゃんと写ってる」
「でしょ?」
やはり、俺の捉えたアングルは完璧だった。
「つうか、ナニこの顔」
その二人の顔ときたら、歯茎か見えそうなくらい前歯全開で笑う笑顔だった。
いや、この顔に笑顔という言葉はソフトすぎるか……
「撮り直すか?」
時間にはまだ少し余裕があった。
だが、愛姫はスマホに写った写真を見ながら微笑み、
「ううん、これでいい」
「マジで? まだ時間あるぞ」
「ううん、いい、これがいい」
「これが? なんで?」
「だって、これならいつ見ても笑えるじゃん
何年経っても何回見ても、見る度に笑える」
「あ〜 まぁ、そうだけど…」
俺はスマホを受け取り、もう一度写真を見直した。そして、気づいた。
「ん? あれ?」
「ナニ?」
スマホに顔を近づけて目を凝らす。
「ナニよ」
「お前、なんか透けてね?」
「え! 嘘!」
愛姫は驚いたように俺からスマホを奪い取った。そして、暫く無言で自分の顔と向き合った後
「あ、ホントだ………」
一見、普通に見えるのだが、よく見ると、肌の部分に後ろの建物がうっすらと透けて見えている。
本物の心霊写真だ。
しかも超笑顔。
「これ、やっぱり投稿してもいい?」
「いっちゃんっ!!」
「あ、ああ、うそうそ、ジョーダンだって」
って、半分は本気だったんだけどな。
「さて、そろそろ帰るか」
立ち上がってケツについた砂をパタパタと払い落とした。
「よっしゃ! 行くぞ!」
差し伸べた手を愛姫が掴んだ。
その手を引っ張りあげると、愛姫の体はフワリと宙に浮いた。
「ただいまぁ」
愛姫は、誰もいない部屋に向かって言うと、先にリビングへ行ってしまった。
「いっちゃん、喉渇いたでしょ? ジュースがいい? お茶がいい?」
「いいよ、自分でいれるから」
そう返事を返した直後、部屋の中からパリンと何かが割れる音がした。
「どうしたっ!?」
リビングに入ると、愛姫がシステムキッチンの中でうつむいたまま佇んでいた。
「愛姫? どうした? 」
後ろから覗きこむと、コップが割れて粉々になっていた。
「ごめんなさい」
コップが割れた。
嫌な流れだ。
「いいよ、こんな安もんのコップ」
俺はその場にしゃがみ込み、割れたガラスを集めていった。
その間も、愛姫はずっと佇んでいた。
その指先が、ちょうど俺の目線の先にあった
その指は、ほんの少し透けていた。
俺は、ガラスを集めながら静かに言った。
「指、どうした?」
「ごめんなさい」
二度目の謝罪
「答えになってねぇ。ちゃんと言え。アホ」
愛姫は、少し間をおいて言った。
「時々わからなくなるの。どうやって物に触れてたのか。今まで何も考えなくても持ててた物が持てなくなるの」
「昨日俺に背負われたのもそのせい?」
愛姫はコクリと頷いた。
「今朝俺の体を通り抜けたのも?」
もう一度頷いた。
「疲れちゃって、長く歩けないの」
俺は、手の平の欠片を見つめながら深く息を吸い、吐いた。
そして顔をあげた。
「そんなもん気にすんな。お前軽いしいくらでも背負ってやるよ」
「でも……」
今にも泣き出しそうだ。
「いいから、お前はパズルでもやってリハビリしてろ。感覚なんてきっとすぐにでも戻るって」
「うん…」
そう愛姫は返事を返したが、それは、どう捉えても納得のいかない返事だった。
言った本人でさえ納得していないのだから当たり前か。
きっと、リハビリとか、感覚が戻るとか、これはそんな現実的な問題ではないんだ。
治す方法なんてきっとないんだ。
拾い集めた硝子を新聞紙で包み、残りは掃除機で吸い取った。
パズルはあと少しで完成のようだ。
だが、その顔は完成を間近に控えるにはそぐわない表情だった。
さてどうするか…
俺は腰に手を当てて考えた。
あっ……!
思いついた。
単純なこいつの気を一気に高める方法を。
俺は、スマホを手に取り、今朝撮ったばかりのあのベストショットフォトを画面に出した
そして、プリンターの電源を入れ、用紙をセットした。
俺の行動に、うつむいていた愛姫も顔を上げて興味を示す。
俺はわざとらしく、滅多に歌わない鼻歌なんてものを奏でながら。
そして、転送。
プリンターはガガッと動き出し、数秒後、一枚の紙をペッと吐き出した。
俺はその紙を手に取り、
「どうよ!」
ドヤ顔で愛姫の目の前に翳した。
その目が大きく開いた。
作戦成功だ!
愛姫は俺からその写真を受け取ると、少しだけププッと笑い、いつまでも嬉しそうに眺めていた。
その後、フォトスタンドに入っていた写真は古いものから新しいものへと差し替えられた




