14話 『幸運』か『絶望』か
(振り切ってやろうか)
一瞬、そんな考えが浮かぶ。
こいつら全員、弾き飛ばして人混みの中へと消えて行くのだ。
だけど、そんな低俗な考えは即座に打ち消す。
『力』を見せてしまったら、逆に目立ってしまう。
まだ、『チート』を見せびらかしていた幼い頃と、その時の周囲の視線を思い出す。
ここは、穏便に済ませなければならない。
ここは平和に『話し合い』で決着をつけよう。
「なに、難しい顔してんだよ!」
「黙りこんだか?恐怖の余り?」
「ひっひひ、泣き叫んでも意味ないぜ?ゆっくり、俺たちと遊ぼうや」
「……」
ダメだ。
穏便に済ませてくれそうな奴らじゃない。
必死に、思考を回転させる。
いくら『肉体的にチート』になったとはいえ、『精神面』では全くもって以前のままなのだ。
くそ、こんなことになるなら、知的能力も向上させるように頼めばよかった。
そんな悩む私の前に、一筋の流れ星が通り過ぎる。
「おい、なーにしてんだー?」
のっそりとした影が、男たちの後ろに現れた。
男たちは170㎝程もあるのに、それを優に見下ろす巨体だ。
服の上からでも、常人の倍以上筋肉がついた腕が見て取れた上に、目の前の男たちを、簡単にへし折ってしまいそうな迫力があった。しかも、深くかぶった帽子で、獰猛な目元しか見えないというのもまた、恐怖を逆なでる。
だけど、この時の私からしたら、その凶暴さが返って『幸運』に思えた。
「ほ、ほら。この女って、号外の女にそっくりじゃね?」
ほとんどの男が怖気づく中、スキンヘッドの男だけが勇気を振り絞って声を上げる。その声も、みっともないまでに震えているから、弱弱しいことこの上ないが。
「黒目黒髪なんて、そこら辺におるだろうに。
……この地区で喧嘩騒ぎでも起こそうというなら、『グリーズ』が相手になってやる」
帽子男の黄色い瞳が、ぎらりと獰猛な光を帯びる。
先程まで私に迫っていた男たちは、すでに戦う気力なんて残されていなかった。
「あはは……失礼します!!」
震えながら作り笑いを浮かべた彼らは、一目散に走り去っていった。
まるで、ちびりそうな勢いで。
「嬢ちゃん、大丈夫かー?」
逃げる男たちの背中を一瞥した帽子男は、肩の荷を下ろしたようにホッと息をついた。
先程までの獰猛な雰囲気は、すっかりと身をひそめ、どことなく柔らかい雰囲気を纏っている。
「ありがとうございます!おかげで助かりました」
それでは、と去ろうとしたが、帽子男がパッと私の腕をつかんだ。
それも、あとがつきそうな勢いで。
もちろん、この程度の力は……少し厄介だが、格闘家の私の力であれば簡単に振り払うことが出来る。でも、『標準的な冒険者の女子』が、この巨漢を振り払うほどの力を出せるわけがない。
ここは、一旦おとなしく捕まったふりをしていよう。
「何か用でしょうか?」
怪訝そうに眉を顰め、見上げてみる。
帽子男は、どことなく探るような眼で私を睨んできた。
まさか……この帽子男、1人で私を捕まえて賞金を手に入れるつもりじゃないだろうな?
「私―――急いでいるんです。用件があるなら、早く―――」
「嬢ちゃん、最近ハチミツー持ってなかったかー?」
その帽子男の口から飛び出した言葉に、思わず私はキョトン、としてしまった。
私はベッドの上に放り出したままの『蜂蜜』が、脳裏に浮かぶ。
確かに、宿に着くまで私が『蜂蜜』の運搬をしていた。筋力をつけるために、クレインに持たせようとも考えたのだけれども、クレインのことだ。
ひょんな弾みで、蜂蜜を落とす危険性がある。だから、私が持っていた方が安全だ。
……でも、何故いまここにない『蜂蜜』を知っているのだろうか?
「まぁ……ある人、っていうか熊男さんから、甥っ子さんに渡してほしいと頼まれて」
そう事実を告げると、帽子男の顔に笑みが広がった。
「それー、俺だー!」
男は帽子を取る。
すると、『待ってましたー!』と言わんばかりに、ボサボサの髪の合間からピョコンッと獣耳が飛び出した。
そう、その形は以前出会ったクマ男と瓜二つの耳だったのだ。
熊男曰く、好物の蜂蜜の臭いを纏った私が絡まれているのを目撃し、放っておけなくなったらしい。
つまり、蜂蜜のおかげで救われたってことになる。
―――まえに恨みを吐いて御免、蜂蜜。
「これです」
しっかりと密封されたツボと手紙を、再び帽子をかぶった男に渡した。
帽子男は大事そうにツボを抱え込むと、空いている方の手で乱暴に手紙を破る。
「ふむふむ、なるほど―――嬢ちゃんたちは、叔父さんの『恩人』なんだな」
「いえ、俺達は当然のことをしたまで。それより、リアを助けてくれて、ありがとうございます。
まったく、都会なんだから1人歩きに気をつけろって」
「ははは……ごめん」
どことなく、乾いた笑みを浮かべながら謝る。
……この世界基準では都会だけど、私はもっと人通りが多くて騒がしい場所に行ったことあるっての。
「クレインこそ、早く都会に慣れたほうがいいよ。
「『ルーク』に着く前に、体力がなくなる」
「わ、分かってるって!」
ムッと顔を赤らめたクレインは、ぷいっと私から視線を逸らした。
「『ルーク』?お前さんたち、ひょっとして競技大会に出るつもりか?」
帽子男の目つきが、急に変わった。
……どことなく、彼が纏う空気も、柔らかいモノから張りつめたモノへと変わった気がする。
私とクレインは、同時に顔を見合わせた。
「俺が参加します。妹に『黄金の百合』を飲ませるために。
リアは、俺の修行に付き合ってくれているんです」
「ほぅ、君が参加するのかい」
帽子男は大事に撫でていたツボを置くと、身を乗り出した。
まるで鑑定するかのように、クレインの爪先から頭までを見定める。クレインは、すわり心地悪そうに身じろ気をした。
「あの……クレインがどうかしましたか?」
「ん、むぅ……いやな、なんでもない」
気まずそうに、帽子男は言いよどむ。
……なんだろう、嫌な予感がした。
モヤモヤっとした霧に思考が覆われたような、あと一歩で正解に辿り着け難問に挑んでいるような……
「失礼ですが、貴方の名前は?」
「む、申し遅れた。グリーズと言う熊型獣人だ」
「熊型獣人―――グリーズ―――って」
その瞬間、嫌な予感が的中したことを悟った。
熊型獣人グリーズ。
私の記憶が正しければ、『ルーン』の競技大会に出場する猛者だ。
それも、優勝候補と誉れ高き熊獣人。
斧を持たせれば、向かうところ敵なし。
だけど、その実態は『魔幹部 グリーズ』という魔族。
獣人の皮を被った魔王の配下だ。
『“黄金の百合”を人間に渡すまい』という使命を帯びて、競技会に参加したのだけれども、休憩時間に勇者と交わした会話の中で『友情』が芽生え、互いに苦しみながら戦うのだ。
最期は、勇者にみとられて逝ったんだっけ?
「ど、どうしたんだ?リアまで黙り込んだりして!」
「あ、うん」
フッと我に返ると、クレインが心配そうに私を覗き込んでいる。
そして、何を思ったのかクレインは私の額に、そっと触れてきた。
「…なに?」
「具合悪いのかなって。なんか、顔色悪いしさ」
「別にいつも通り。ただ……ちょっと貧血気味なだけ。人に酔っちゃって」
ふと、思いついた言い訳を、さも本当のように言い放つ。
単純なクレインは騙せると思うが、はたしてグリーズに違和感を持たれなかっただろうか?
「確かに、ここは人が多いからな。俺も、最初に来たときは吐き気がしたぞ」
そう言いながら、グリーズは冷たい水を差しだした。
のどを潤す水は、私を癒してくれるようでいて、それでいて恐怖をあおりたてる物でもあった。
私を救ってくれた流星。
彼は本当に、『幸運』だったのか。
それとも、『絶望』だったのか。
この時の私は、その答えを見定めることが出来なかった。
更新が遅くなってしまって、すみませんでした!