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五、正体
栗栖たちは、被害者の実家を訪れた翌日、寄野市に向かう車の中にいた。
被害者の高校時代の同級生であり、当日の同窓会にも出席していた玉井という男性と、寄野市にある駅付近のファミリーレストランで事情を聴く約束を取りつけていた。
陵西大学の二年生である玉井は、待ち合わせ場所に近い場所でアルバイトをしており、そのアルバイトが終わり次第、駆けつけてくれるらしい。
約束の時間は、十七時。午前中の捜査に時間をとられたことで、当初はぎりぎり間に合うかどうかという時間に思われた。
だが、幸いなことに、道路は思ったほど混んでいなかった。車は、約束の時間の十分前に、約束のファミリーレストランに到着した。
駐車場に車を止め、正面の入り口から建物内に入る。
近寄ってきた店員に、待ち合わせである旨を告げ、店内を見渡した。
右奥の席に、一人で座っている若い男性の姿があった。服装と髪型から、玉井に間違いないと判断した。
栗栖と大前は、玉井に近づくと、笑顔をつくって恭しく挨拶をした。
「どうも、お忙しいところ、申し訳ありません」
玉井は、立ち上がると軽く頭を下げ、再び着席した。
礼儀正しいが、明らかに戸惑っている様子だった。
玉井は、遺体が発見されたという事実を知らない。今さら失踪した人物の話を聞きたいという栗栖たちに対して、戸惑うのも仕方がない話だった。
玉井に続いて席に腰かけた栗栖は、まず玉井の緊張を解きほぐそうと、他愛のない話題を口にした。
「いやあ、三月というのに、まるで五月のような暖かさですな。こういう日は、アイスコーヒーが美味しい」
栗栖がハンカチで大袈裟に首筋の汗を拭くと、それが合図であるかのように、大前がアイスコーヒーを二つ注文した。
「あの、今日は、どんなお話をすればいいんでしょうか。僕が知っていることは、失踪事件が起こった半年前に、すべてお話ししたと思うんですが……」
玉井は、はっと何かに気づいた様子で、栗栖を正面から見据えた。
「失踪に関して、何か新しい情報が見つかったんですか。ひょっとして、彼女は無事なんですか」
遺体に関する情報を、今の段階で伝えられるはずもなかった。
「いいえ。とくに著しい進展があったわけではないんですが。ただ、改めて情報を整理しておきたいと思いましてね」
玉井は、明らかに落胆した表情を見せた。
大前が事情を説明し終わったとき、ちょうどアイスコーヒーが運ばれてきた。アイスコーヒーに口をつけた後、栗栖は本題に入った。
「実は先日、失踪時に部屋に残されていた所持品を改めて確認させていただいたんですんがね。そのとき、カレンダーに『ジャミ』という単語が書かれている事実に気がつきまして」
瞬間、玉井の顔色が、微かに変化した。何かを知っていように、栗栖には思えた。
「ジャミという言葉について、何かご存じですね?」
玉井は、やや俯き加減になると、「ええ」と小さく返事をした。
「恐らくですが、美羅さん、瑠璃川美羅さんの高校時代のあだ名じゃないかと思います」
「美羅さん……、ですか?」
思った以上に簡単に答が出たこと、そしてその内容に栗栖は驚いた。だが、それだけで問題がすべて解決したわけではない。
「その……、なぜ瑠璃川美羅さんはジャミと呼ばれていたんですか?」
「それは……、わかりません。そもそも『同じクラスの佐伯さんたちが時々、瑠璃川さんをそう呼んでいるらしい』っていう噂レベルの話だったので……。申し訳ありません」
「なるほど、佐伯さんが……」
玉井の表情を、それとなく観察する。嘘をついているようには見えなかった。栗栖は頷きながらも、問いかけを止めない。
「私どもの調査資料によると、あの日の同窓会に参加していた女性は、五人とのことですね。瑠璃川さん、佐伯さん、田中さん、吉川さん、桜井さんの五人です。さらに資料では、瑠璃川さんと佐伯さんは店でずっと一緒にいらしたことになっています。間違いないですか」
「はい。最初は席が離れていたんですが、途中からみんなが何となく席替えをしはじめて……。そのとき、瑠璃川さんと佐伯さんが隣同士になりました。以降、二人はずっと一緒にいたと思います」
「店内でずっと一緒ということは、お二人は、よほど仲がよかったんですね」
栗栖は、左手に持った手帳にボールペンを押し当てながら尋ねる。
「確か一年生のときに、佐伯さんが同じクラスだった瑠璃川さんに声をかけて、親しくなったって聞いたことがあります。僕は二年と三年のときに二人と同じクラスだったんですが、その頃の二人はとくに仲よくもなく、悪くもなくといった感じだったと思います。同窓会のときは、たまたま一緒になっただけじゃないでしょうか」
「たまたま、ですか……。しかしその後、瑠璃川さんと佐伯さんは、同窓会の途中で連れ立って帰られたそうですね」
「はい。実をいうと、そのときは僕もすでに少々酔っ払っていたので、はっきりとは覚えていないんですが……。そうだったと思います」
「なるほど……。店を出た後、お二人がどうされたか、ご存知ですか?」
「その後は、公園のベンチでしばらく休んでいたそうですが、その場で別れたそうです。確か別れた直後、佐伯さんからSNSでそんな内容のメッセージが送られてきました」
失踪事件に関する半年前の資料を確認してみると、齟齬はなかった。
だが、現在、捜査しているのは失踪事件ではなく殺人事件だ。となると、被害者と最後まで一緒にいた人物は、いわば重要参考人だ。
多くの捜査員は、そう決めつけるのは時期尚早だと言うだろう。
あくまでもその可能性があるというだけの話だ。
だが、事件の直前まで被害者と一緒にいたという事実は、それほどに重い。
後日、本人から直接、事情を聞いてみる必要があると考えた。
ボールペンを落ち着きなく動かしながら、「ところで」と上目遣いで玉井に視線を送る。
「瑠璃川さんは、どんな方だったんですか?」
「典型的な、優等生タイプでした。成績は、もの凄くよかったです。ただ、みんなを引っ張っていくような性格ではなくて、もの静かで、どっちかというと目立つことはあまり好きじゃなかったような気がします。こういうことを言うと、とても失礼かもしれませんが、ちょっと打ち解けにくそうな性格というか……」
玉井は、困ったような表情を見せた。
栗栖は、そんな玉井の顔を覗き込みながら言った。
「もし、当日のお二人の写真などがあれば、いただけると助かるのですが」
捜査資料にも写真はあったが、当日の写真もあったほうがいいだろうと考えた。
栗栖の言葉に小さく頷いた玉井は、スマートフォンを起動させて差し出した。
画面には、店内で談笑する女性たちの姿が写っていた。見るからに真面目そうな容姿の瑠璃川と、いかにも人目を引きそうな整った顔立ちの佐伯が対照的だった。
玉井は、大前が示したメールアドレスに写真を送信する。受信を確認する大前の横で、栗栖は笑顔をつくった。
「今日は貴重なお話、ありがとうございます。なあに、彼女はきっと見つかりますよ。何かわかったら、すぐにお知らせします」
玉井は「よろしくお願いします」と静かに答え、深く頭を下げた。
*
店を出て車に乗り込むと、ハンドルを握った大前がエンジンをかけながら、栗栖よりも先に口を開いた。
「瑠璃川は、随分と真面目で、成績もいい生徒だったみたいですね」
「ああ。成績がよくて、もの静か。そして、あだ名はジャミ。そんな瑠璃川と、彼女をジャミと呼んでいた張本人である佐伯が、二人揃って店を出た……。何か引っかかるな……」
「そうですか?」
大前は、間の抜けた声を上げた。
栗栖は、そんな大前の態度を無視して、腕組みをすると目を瞑った。
――瑠璃川美羅と佐伯。
二人の関係は……。
――被害者と重要参考人、か……。
半年の空白期間をへて、何かが動き出しそうな予感がした。




