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十七、到着
白石のマンションが、いよいよ近づきつつあった。
途中、栗栖は白石のスマートフォンに電話をかけてみたが、繋がらなかった。
先ほどまでは漠然としていた不吉な予感が、いよいよはっきりとした姿を現しはじめているような気がした。
大前が、正面を見詰めながら「数日前の桜井の証言ですが……」と口を開く。
「被害者である佐伯が、同窓会で瑠璃川に謝ろうとしていたっていうのは、意外でしたよね」
その言葉に、栗栖は桜井の証言内容を思い返した。
栗栖がカレンダーのジャミという文字について尋ねたとき、桜井はスカートの上で合わせた両手の指を落ち着きなく動かしながら、小さく呟いた。
「佐伯さんの部屋にあったカレンダーの文字とイラストは、私がかいたんです。その頃の佐伯さん、部屋のものをいろいろ処分してたんです。それで、片づけの手伝いをするために、ときどき彼女の部屋に行ってたんですけど、あるとき、出席する予定の同窓会で瑠璃川さんに謝ろうと思ってるって聞いて……」
桜井は俯き、膝の上に置いた両手を握り締めた。
「そのときは冗談半分だったんです。それが、まさかあの後、彼女が行方不明になってしまうなんて……」
言われてみれば、あのイラストはタッチこそ異なるものの、ちょうど工事現場で見かける「ご迷惑をおかけいたしております」という文章に添えられたイラストとよく似たポーズをしていた。
恐らく、桜井がかいた後、それに気づいた佐伯が消したのだろう。
そう考えた。
栗栖は、運転席の大前を横目でちらりと見た。大前はやや興奮した様子で続ける。
「そう考えると、同窓会で佐伯と瑠璃川がずっと一緒にいた事実についても説明がつきますね」
「ああ。だが、佐伯に対する憎悪の念を募らせていた瑠璃川は彼女の謝罪を受け入れず、結局、彼女を殺してしまった……。そんなところか」
車は、国道から脇道に入った。ハンドルを切りながら、大前が「それにしても」と、溜め息をつくように言った。
「もしかしたら瑠璃川が、殺された佐伯の元恋人である白石のマンションにいる可能性があるとは……。本当にそうなら、驚きですよね。その白石って男も、いったい何を考えているんだか」
大前の言う通りだった。謎は深まるばかりだった。
「資料によると白石も、瑠璃川や佐伯と同じ高校の出身だったよな」
「確か、そうですね」と、大前が相槌を打った。
瑠璃川と佐伯、そして白石……。
――瑠璃川と白石は、いったいどういう関係なんだ?
――白石は、何をどこまで知っているんだ?
白石にも、近々事情を聴こうと考えていた。だが、瑠璃川の身辺調査に時間を取られて後回しになっていたことが、今となっては悔やまれた。
栗栖は、無意識のうちに歯ぎしりをしていた。
*
栗栖たちが地図アプリで見た水色のマンションに到着したのは、正午を少し回った頃だった。建物の近くに車を止めると、徒歩で建物に入り、階段を駆け上がる。
栗栖は大前とともに長い通路を進み、二〇六号室の前に立った。
「すみません。どなたかいらっしゃいますか」
チャイムを押して、声をかけてみる。返事はない。
「すみません。警察の者です。白石さんはいらっしゃいますか?」
もう一度声をかけると、ドアノブに手を伸ばし、そっと回してみる。ドアは、鍵がかかっていた。
だが、長年の経験から、栗栖には確信があった。
――部屋の中に、人間の気配が感じられる。
栗栖は、ドア横にある曇りガラスの窓に手をかけると、ゆっくりと横に動かした。
窓は、音もなく開いた。
金属製の格子に顔を近づけ、窓の隙間から中を覗く。
予想だにしていなかった光景が、目に飛び込んできた。
キッチンがある廊下の向こう側に見える部屋の中央で、一人の女性がこちらに顔を向けた状態で立っていた。妙に冷めた表情で、栗栖の方向を凝視している。
――瑠璃川か。
栗栖は、瞬間的にそう判断した。
瑠璃川の横には椅子が置かれ、男性が俯いた状態で座っている。いや、ただ座っているのではない。男性は明らかに、後ろに回した手を縛られていた。
この男性が、恐らく白石陽太なのだろう。
――瑠璃川が、白石を拘束している?
――ということは、やはり瑠璃川が事件の犯人であり、白石は共犯者ではない。
犯人である瑠璃川が、ニュースを見て警察の訪問を予想し、白石を人質として拘束したのに違いなかった。
だが、目が室内の薄暗さに慣れたとき、栗栖は息を飲んだ。
――そんな馬鹿な。
女性の容姿は、玉井から手に入れた瑠璃川の写真とは、まったく異なっていた。
佐伯にそっくりだった。いや、佐伯そのものといってもよかった。
栗栖は一瞬、混乱した。しかし、すぐに冷静になって推理を巡らせた。
瑠璃川は、白石に近づく目的で、容姿を佐伯に似せるための美容整形手術を受けたのだ。
瑠璃川の執念を、改めて確認させられた気がした。
「思った以上に早かったのね」
瑠璃川は、栗栖たちの姿に表情を変えることもなく、栗栖から目を逸らすこともなく、感情のこもらない表情で言い放った。
栗栖は、何気なく女性の右手に視線を遣った。
ナイフが握られていた。
栗栖は、愕然とした。
冷静を装いながら、横に立ち竦んでいた大前に小さく告げる。
「すぐに警視庁と捜査本部に連絡して、応援を要請しろ」
大前は、緊張した面持ちで「はい」と答えると、通路を階段の方向に駆け出した。




