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そんなある日、玉井から連絡があり、八月十二日に同窓会があること、その同窓会に佐伯も出席することを知った。瑠璃川は、同窓会当日に殺害を決行することを即決した。
同時に、誰にも邪魔されることなく着実に計画を実行するため、すぐに実家を出てアパート住まいをはじめた。
もともと、心を病んだ母と引き籠りの兄がいる実家の居心地は、決してよくなかった。一刻も早く独り暮らしをしたいと思っていたが、まさかこんな形で新しい生活をはじめることになるとは思ってもいなかった。
独り暮らしをはじめた瑠璃川は、続いてフリーメールを使って出会い系サイトに登録した。佐伯を運ぶ車を貸してくれる人を探すのが目的だった。
出会い系サイトを使うのは、もちろん生まれて初めての経験だった。戸惑いながらも、佐伯に復讐しなければならないという強い意志が、瑠璃川の行動を後押しした。
素敵な男性とおつき合いできたらいいな。
仲よくなったら一緒にドライブをしたいので、車を持っている人がいいです。
年齢は書き込んだが、写真は載せなかった。覚悟はしていたつもりだったが、やはり怖かった。
にも拘らず、メッセージを書き込むと数時間とたたないうちに、想像もしていなかったほど多くの男からメッセージが届いた。
世の中に「女性と仲よくなりたい。あわよくば男女の関係を結びたい」などという下劣な欲望をもっている男が、これほどまで多く存在しているとは思ってもいなかった。その事実を目の当たりにして、瑠璃川はただ驚くしかなかった。
だが、驚いただけで立ち止まっているわけにはいかない。夥しい数の男のメッセージにざっと目を通すと、自分の希望を叶えてくれそうな四人の男に返信し、取り敢えずデートに誘ってみた。
と言っても、欲望にまみれた男とのデートなど経験はなかったし、どうすればいいかわからない。必然的に、そこから先の主導権は、相手が握ることとなった。
最初の二人には、待ち合わせ場所でドタキャンされて終わった。三人目は、カフェでお茶をしたが、会話のなかで自分の車を持っておらず、デートにはレンタカーを使うつもりだと考えていることが明らかになった。
だが、レンタカーでは、はっきりとした証拠が残ってしまう。
――この男は、ダメだ。
カフェを出た後、ホテルに誘われたが、トイレに行くと言ってその場から逃げた。
四人目は、それまで会ってきた加齢臭にまみれた五十歳前後の親父とは異なり、四十歳代前半くらいの爽やか系の男だった。
瑠璃川と会った男は、明らかに高揚していた。
自己評価ではあるが、瑠璃川は決して万人受けのする容姿ではない。しかし、この男にとって、そのようなことはさほど問題ではないらしかった。
瑠璃川の若さを、容姿のマイナスポイントを補って余りあるほどの魅力的な要素に感じていたのであろうことは、容易に想像がついた。
男は、瑠璃川をサイトでのニックネームである「ミラぴょん」という名で呼んだ。気持ち悪かったが、我慢した。
「ミラぴょん、一緒にドライブデートしたいって書いてたけど、車、好きなの?」
コーヒーを飲みながら、男は聞いた。
「はい。詳しくはないんですけど、好きです」
肝心なのは、車を手に入れることだ。瑠璃川は適当な返事でお茶を濁した。
「じゃ、僕の車で、今からドライブデートにでも行かない? 時間はあるんでしょ?」
一瞬、迷ったが、もしそれで車を手に入れられる結果に近づくなら……。
この機会を逃したくはなかった。瑠璃川は二つ返事で承諾した。
駐車場に止められていた車は、普通の国産車だった。だが、かえってそのほうが、気兼ねなく借りることができそうだ。むしろ、好都合だった。
助手席に座った瑠璃川は、甘えるような声を意識しながら、運転席の男に話しかけた。
「私、運転免許を取って以来、実家の車しか運転した経験がないんです。この車、運転してみたいなあ。そうだ、今度、貸してくださいよ」
我ながら、少々強引な展開かとも思った。
普通なら、出会ったばかりの赤の他人に、車を貸してくださいなどと言われて「はい。わかりました」などという展開があるはずもない。
そう思った。
が、男の返事は、意外なものだった。
「いいよ。今度、貸してあげようか」
驚き、思わず聞き返した。
「いいんですか?」
「いいよ。ただ、誰ともわからない人に貸すのは、ちょっと抵抗があるかなあ。詳しいことは、ちょっと一休みしながら相談しよう。この先に、いい休憩場所があるから」
こうして、瑠璃川は生まれて初めての肉体関係と引き換えに、数日間、車を借りる約束を取りつけた。
*
そして八月十二日。三年四組の同窓会の当日にして、殺害の決行日。
その日は、朝から落ち着かなかった。
夕方が近づくにつれて、今から一人の人間を殺すという実感が、頭の中でいよいよ大きくなり、はっきりとした輪郭を描きはじめていた。
気持ちが高ぶるあまり、会場である居酒屋には、開始時間の一時間近く前に着いた。
だが、居酒屋は開店前だった。仕方なく瑠璃川は、道路を挟んで居酒屋の正面にあるファストフード店に入り、コーヒーを手に窓の外を眺めながら、開始時間を待った。
開始時間の十分ほど前になると、同級生らしき若者たちが一人、また一人と店内に入っていく姿が見えはじめた。何となく見覚えのある人物もいれば、まったく記憶にない人物もいた。
――そろそろ、私も行こう。
そう考えて席を立ったとき、窓の外を横切る人影が、視界の端に映った。
瑠璃川は、はっとして視線を向けた。
忘れもしない横顔。
佐伯だった。
佐伯は、やや前屈みの姿勢で店の前を横切り、横断歩道を渡ると、店の中に姿を消した。
今までに感じていた以上の高揚感が、瑠璃川の胸の奥に沸々と沸き上がった。
――私は、佐伯を許さない。
大きく深呼吸をした瑠璃川はファストフード店を後にし、居酒屋の暖簾をくぐった。
店員に玉井の名前と予約である旨を告げると、店の奥に案内された。
靴を脱いで引き戸を開ける。一同が瑠璃川の方向を向いた。「おおー」という、驚きとも喜びともつかない声が、ごく自然に参加者の間から上がった。
思った以上に広い部屋に、やはり思った以上に大勢の若者たちが座っていた。その数は、二十人弱ぐらいだろうか。
二十歳前後という若さにも関わらず過去を懐かしんでいる人間が、これほど多いとは。瑠璃川は、その事実にまず驚いた。
「取り敢えず、ここに座って」
幹事の玉井が、空いている自分の横の座席を指差しながら、瑠璃川に声をかけた。
瑠璃川は、反射的に佐伯の席を探した。玉井が勧めた席とは大きなテーブルを挟んで対角線上にある、遠い席だった。
だが、ここで無理矢理、佐伯と隣の男性の間に体をねじ込むのは、あまりにも不自然だ。そんなことをしたら、佐伯に警戒心を抱かれるかもしれない。
――まあ、そのうち、席替えをすればすむことだ。
若干の焦りを感じながらも、瑠璃川は自分にそう言い聞かせて、玉井の隣に座った。
瑠璃川が腰を下ろすと、玉井が「飲み物、どうする?」と聞いてきた。
この状況で、酒を飲むわけにはいかなかった。
瑠璃川が「私、アルコールはちょっと……。ウーロン茶でいいですか?」と聞くと、玉井は「もちろん、大丈夫」と言いながら、店員に追加のウーロン茶を注文した。
「さっき、君に電話をかけたんだよ」
注文を終えた玉井が、瑠璃川にお絞りを手渡しながら言った。
「ああ、ごめんなさい。スマートフォン、家に忘れてきちゃって」
本当は、もしものときに位置情報などで怪しまれないように、わざと家に置いてきた。
玉井は「そうなんだ」と言ったきり、とくに怪しみもしなかった。




