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十、漏洩
栗栖たちが、大学近くのアパートを訪ねた二日後。
関係者へのさらなる事情聴取で、進展があった。
その日、栗栖たちは朝山市の駅前にあるファミリーレストランで、桜井という女性に事情を聴いた。瑠璃川や佐伯たちとともに同窓会に出席していた人物の一人だった。
桜井は、とくに佐伯と親しかったらしい。
簡単な挨拶の後、栗栖は切り出した。
「当日、桜井さんは同窓会に参加されていたんですよね?」
「ええ、でも、私はアルバイトがあったので、参加できたのは、会がはじまって一時間ぐらいたった頃でした」
桜井は、少々緊張した面持ちで答える。
「佐伯さんや瑠璃川さんとは、お話をされたんですか?」
「いえ。佐伯さんは、私がお店に入って十分ほどでお店を出てしまいました。だから、話をする機会はなかったんです。本当は話をしたかったんですが……」
「佐伯さんは、瑠璃川さんと一緒に店を出られたんですよね?」
「確か、そうだったと思います」
栗栖は「そうですか」と頷くと、質問を重ねる。
「ところで、瑠璃川さんがジャミと呼ばれていたことはご存じですか?」
桜井の顔色が変わった。
「はい……。どこでそれを?」
「今まで、何人かのご友人に話を聞いてきたんですが、そのなかで『瑠璃川さんが、佐伯さんをはじめとする一部の人からそう呼ばれていたように記憶している』と証言される方が何人かいらっしゃいまして……。もとはと言えば、カレンダーに書かれていた文字だったんですがね」
その瞬間、桜井はテーブルに視線を落とすと、唇を噛んだ。
明らかに、何かを知っている様子だった。栗栖は、桜井が口を開くのを、敢えて待つ。
桜井は一瞬、話すか否か逡巡している様子だったが、やがて意を決したのか小さな声で語りはじめた。
「佐伯さんと瑠璃川さんは、高校一年のときに同じクラスになって、そこで初めて出会ったんです」
桜井は、重い口調で話を続ける。
「彼女たち、高校一年の秋頃までは仲がよかったんです。でも、いつからか瑠璃川さんを嫌うようになった佐伯さんが、友人たちと一緒になって、陰で瑠璃川さんにちょっとした嫌がらせをおこなうようになりました」
資料にはない、新しい情報だった。
「ほう、嫌がらせですか。その嫌がらせというのは、どのような内容だったのでしょうか?」
「他愛のない内容でした。好きな男子がいることをからかうとか、そんなことだったと思います」
「嫌がらせをされていることは、みなさんがご存じだったんですか?」
「いいえ。普段、周りから見ている分には、そんな雰囲気ではなかったですし、嫌がらせをおこなっていたのも一部の人だけだったので。知っている人はほとんどいなかったんじゃないかと思います」
栗栖は、新たな手がかりに興奮する気持ちを抑え、ふと思いついたことを聞いてみた。
「桜井さん。ひょっとするとあなた自身も、瑠璃川さんへの嫌がらせに加担していたのではないですか?」
案の定、桜井は今までにない動揺を見せた。
「はい、私も、ちょっとだけ……。でも本当に、そんなに酷いものじゃなかったんです。ほんのおふざけというか、仲間内でのちょっとした冗談というか……。瑠璃川さんも、それはわかっていたと思います」
典型的な、加害者の論理だった。
加害者はつねにもっともらしい理屈を駆使して自身を正当化し、被害者である弱者を悪者に仕立て上げる。
――あなたの考えなど、関係ない。被害者が、あなたの行為をどのように受け取ったか。それこそが問題なのだ。
心の中で、そんなことを考えた。
――嫌がらせや苛めの記憶は、加害者はともかく、被害者の心の中にはいつまでも忘れられない深い傷跡として刻み込まれる。その傷は、ちょっとやそっとのことで消すことはできない。
栗栖は、心の中で桜井を問い詰めたい衝動に駆られながらも、何とか耐える。
そして最後に、確信をもってもう一つの疑問を口にした。
「あなたは、瑠璃川さんがなぜジャミと呼ばれるようになったのか、ご存じですよね?」
もはや観念したかのようにうなだれたまま、桜井は重い口を開きはじめた。
「はい、それは……」
*
「……今日は、どうもありがとうございました」
話を聞き終えた栗栖は、桜井に形式的なお辞儀をすると、テーブルの上の伝票を拾い上げ、席を立った。
店を後にして車へと歩く栗栖の横で、大前が驚いた様子で息を吐いた。
「瑠璃川が嫌がらせ、いや苛めを受けていたとは。そして、ジャミと呼ばれていた理由も……。本当に驚きました」
そう言いながら車のドアを開けた大前は、不思議そうに続けた。
「それにしても、苛めに気づいていないクラスメイトが意外に多いのは、なぜなんでしょうね?」
「それだけ、苛めの内容が陰湿だったということなのだろう」
栗栖は、不快感を露わにしながら答えた。
*
翌日、朝の捜査会議を終えた栗栖は、大前とともに会議室に居残り、今日の予定を確認していた。
重要参考人の行方は、相変わらずわからないままだった。
誰に聞いても、足取りは事件の後にぷっつりと途切れていた。
その事実に対して、栗栖は少しずつ焦りを感じはじめていた。
――そもそも、彼女は本当に実在するのだろうか。
気がつくと、幻を追いかけているかのような錯覚に陥っている自分がいた。
だが、論理的に考えて、幻であるはずもなかった。
我に返った栗栖は、自分の頬を両手でぴしゃぴしゃと叩いた。
――俺の頭も、随分と錆びついちまったもんだ。
栗栖は、第六感という概念を信じている。
今から十年ほど前までは、事件に関する点と点が不意に頭の中で結びつき、事件の解決に繋がるという瞬間がよくあった。
栗栖にとって、それがまさに第六感のなせる技だった。
だが最近は、そのようなこともめっきり減ってきた気がする。
栗栖は、椅子の背もたれに体重を預けながら、小さく舌打ちをした。
そのときだった。
会議室のドアが、乱暴に開いた。
栗栖と大前は、思わずドアの方向に顔を向けた。
ドアの前に、一人の男が立っていた。
栗栖と同じく、埼玉県警捜査一課から捜査本部に派遣されている、同僚の高井だった。高井は、おもに被害者の大学内での交友関係に関する聞き込みを担当していた。
普段は沈着冷静な高井にしては、今回は随分と慌てた様子だった。
「どうした」
「どうしたもこうしたもない。すぐにインターネットのテレビニュース配信サイトを見ろ!」
高井の声に、栗栖は大前から受け取ったタブレットのスイッチを入れ、サイトにアクセスする。ちょうど、女性アナウンサーがニュースを読み上げている場面だった。
三月二十日に埼玉県坂尾市の山中で発見されていた女性の遺体の身元が、判明したとのことです。
女性の名は……。
遺体の身元に関しては、オフレコにされていたはずだった。
「どこから漏れたんだ!」
栗栖は、会議室内に怒号を響かせた。
情報を知り得る立場にある警察関係者が、知人の記者につい情報を漏らしてしまったのであろうことは、容易に想像がついた。
捜査本部に出入りしていた何人かの人物の顔が、脳裏をかすめる。誰もが、怪しく思えた。
栗栖は、タブレットの画面を見詰めながら、吐き捨てるように言った。
「あれほど、オフレコだと徹底していたはずだったのに……」
「情報を漏らした関係者は、減給処分は免れませんね。個人的な意見ですが、情報をもとに報道したマスコミは今後、出入り禁止でもいいんじゃないですか」
大前が、栗栖の心情を代弁するような厳しい意見を口にする。栗栖はその言葉を聞きながら腕組みをし、目を瞑ると溜め息を吐いた。




