7 二人の夏物語
こんな弱々しい彼女を見るのは、初めてだった。
「ちゃんと捕まえててね」
彼女は両手を僕の首の後ろに回し、まるで溺れないようにしがみつく子どものようだった。
「私はできるだけ、二人で一緒に楽しめるようにって、色々やってきたの」
「そうなの?」
てっきり、自分の好きなように振る舞っているだけだと思っていた。
「だから、私が好きでも、あなたが好きじゃないものは極力選ばないようにしてた」
その言葉に、胸の奥が静かに沈んだ。そんなことにはまったく気づいていなかった。ひどい男だ。鈍い男だ。
「あなたがちゃんと気持ちを伝えてくれないのは、あの娘の存在かなって思ってた」
「ごめん。一緒にいる時って、いつも照れ臭くて、上手に話せなかった」
「それはわかっていても、ちゃんと言ってほしいものなの」
そういうものなのだ。
彼女から見れば、僕の気持ちが100%自分に向いているようには見えなかったのだろう。
以前好きだった娘のことは、とっくに忘れていた。けれど、彼女に真正面から向き合い、彼女のことを考え、彼女と一緒にいる僕自身のことを考える――そういうことを僕は全然できていなかった。ただ、自分の殻に閉じこもり、我が身の安全ばかりを優先していたのだ。
「私だって強くないし、もっとあなたに甘えていたいの」
その言葉は、ワルサーP38で胸を撃ち抜かれたような衝撃だった。僕は彼女の顔を見るのが精一杯で、気がつくと、力の限り彼女を抱きしめていた。
涙混じりの声で、彼女は続けた。
「この水着だって、あなたの好きな色に合わせて選んだのに、気づいてくれないし」
ああ、だから青ばかり手に取っていたのか。あのときは、ただ気分の問題だと思っていた。
「ごめん」僕はただ謝るしかできなかった。
「謝らないで」彼女は小さな声で告げた。
「謝るぐらいなら、もっとギュッとしてほしい。もっとたくさん愛してほしい」
「あなたが何も言ってくれないから、私だけが恋してるみたいで怖かった」
海風が静かに吹き抜けた。
「私ね、二人でいる時間がすごぉく好きなの」
「どうして?」と訊く代わりに、「僕もものすごくホッとする」と答えた。
「ねぇ、あなたはもっと自分の気持ちを素直にぶつけていいのに」
「ん? どういうこと?」
「好きな者同士だから恋人なんじゃないでしょ。あなたが私を支えてくれて、励まして、力になってくれているように、あなたはもっと力を抜いて、あなたらしくしていいのに」
「私じゃダメなの?」
言葉が出なかった。隠していたつもりの弱さも、迷いも、彼女には最初から見えていたのだ。
合宿で皆の名前を覚えていたのも、偶然なんかじゃなく、僕のことを想っての行動だった。
返す言葉が出てこないかわりに、僕はもう一度、彼女を抱き寄せた。
9月の海は静かで、眩しい太陽も、青い空も、白い雲も、そして青く広がる海も、すべてが僕たちを迎えてくれているようだった。多分、僕は今までで一番清々しい気持ちで、波と戯れていたのだろう。そして、一眠りしてから帰路についた。
小田原まで戻ると、助手席の彼女が命令口調で言った。
「今から横浜まで行きたまえ!」
「いやだ。今日はもう疲れたから、帰る」
「もう、素直じゃないなぁ。ホントはもっと私と一緒に遊びたいくせに」
「やだ。絶対に帰る。帰って風呂入って寝るんだ」
「そんなに私と一緒にいるのがいやなの?」
「そうは言ってないよ。でも今日は帰ろうよ」
彼女はどこからか花火を取り出した。
「素敵な夜景が見たいなぁ。夜景見ながら花火しようよ」
こう言い出したら絶対に無理なので、僕は茅ヶ崎方面へハンドルを切った。横浜までは遠いけれど、湘南平か江ノ島ならいい。
江ノ島方面へ向かうと、ラジオでは竹内まりやの「September」が流れてきた。
夏は終わったはずなのに、不思議と少しだけ続きを走っていたくなった。
「ちゃんと夏のケジメついたね」
昨日の朝ラジオで聞いたその言葉を、彼女が口に出した。
ケジメをつけたのは、夏じゃなかった。僕のほうだった。
その日は、9月1日だった。
♪ Chapter Playlist
Every summer has its own soundtrack. Here are the songs behind this chapter.
杉山清貴&オメガトライブ「二人の夏物語」
サザンオールスターズ「希望の轍」
TUBE「十年先のラブストーリー」
竹内まりや「September」
浜田省吾「夏の終わり」
DEEN「翼を広げて」
keep the music playing, and may your summer love come true.




