6 夏を抱きしめて
翌日、午前のカリキュラムを終えると、皆で海岸に出た。誰もが水着ではしゃぎ、夏の残り香に身を委ねていた。彼女の姿に目をやると、昨日買ったはずの新しい水着ではなく、いつものプール用の水着を着ていた。その理由を僕はまだ知らなかった。
僕はバーベキューの準備を進めた。皆が波と戯れて戻ってくる頃には、炭はちょうどよく燃え上がり、火力は申し分なかった。汗まみれになりながら肉を焼き、魚を焼き、野菜を焼き、ビールを飲んだ。食材が減るたびに、帰りの荷物が軽くなっていく。結局、焼きそば二人前だけを残し、すべての食材が火を通され、皆の胃袋へと運ばれていった。ビールもジュースもきれいになくなった。
シャワーを浴び、駅まで送り、解散した。僕と彼女はゴミを捨て、荷物を車に詰め込んだ。
「結構、お酒飲んだでしょ。まさかダイビングするつもりじゃないでしょ」
図星だった。帰りにダイビングするつもりだったのだ。彼女はそれを見抜いていて、僕にかなり飲ませていたらしい。
「少し休んでいこうよ」
彼女はそう言って、勝手に海の家へ向かっていった。正確に言えば、9月なので営業していない海の家だ。いつの間にか場所だけ借りる話をつけていたらしい。今回も彼女の行動力には驚かされるばかりだった。
そして姿を現した彼女は、昨日買った新しい水着に着替えていた。
「さっきはみんなの前だったから」
その一言に、彼女の小さな気遣いが滲んでいた。
「早く泳ごうよ。さっきは海に入ってないでしょ」
9月になったとはいえ、日差しも気温も夏のままだ。カレンダーだけが9月を示している。
9月の海には、僕たち二人以外は誰もいなかった。静かな海を見て、僕は何気なく「森高千里の歌みたいだ」と口にした。
「昨日は変なこと言ってごめんなさい」
「ん? でも、なんで覚えてたの? すっかり忘れてたのに」
「えーっ、そうなの? じゃ、心配して損しちゃった」
「そんなに気になってたの」
「だって、去年の誕生日に白いバラの花束を贈った、って泣きながら言ってたでしょ」
泣きながら?
そんな記憶はない。けれど、彼女はそんな細かいことまで覚えている。それが妙に胸に残った。
「ねぇ、私のこと好き?」
「好きだよ」
「本当?」
疑い深い声で、覗き込むように訊いてくる。
「うん」
僕は子どもみたいに肯いた。
少しの沈黙が落ちた。
その静けさの中で、僕はくしゃみをしてしまい、彼女は大笑いした。
「じゃ、どうしてちゃんと言ってくれないの?」
適切な疑問だった。どう答えればいいのだろう。
僕は、彼女みたいな綺麗な子が僕みたいな男を好きだと公言し、恋人らしさを積極的にアピールしてくれること自体が、どこか信じられなかった。からかわれているのか、利用されているのかと疑った時期もあった。だから、素直に気持ちを口にすることができなかった。
二人だけでいるときは落ち着いていられるのに、人前では気恥ずかしさが先に立ってしまう。でも、そんなことを言葉にできずにいた。
「何も言ってくれないから、まだあの娘のことが好きなのかな、っていつも心配してた」
その声は、涙を含んでいた。
海風が静かに吹き抜け、9月の海は、夏の終わりと二人の心の揺れをゆっくりと受け止めていた。
♪ Chapter Playlist
Every summer has its own soundtrack. Here are the songs behind this chapter.
森高千里「17才」
TUBE「夏を抱きしめて」
DEEN「瞳そらさないで」
杏里「Summer Candles」
杉山清貴「僕の腕の中で」
サザンオールスターズ「涙のキッス」
Keep smiling, keep dreaming... and have a wonderful love.




