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8月の終わり、夏のケジメ  作者: 御樹本 正輝


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4/8

4 さよなら夏の日

熱海を抜けて伊東に着いたのは、午前11時ごろだった。駅前で買い物を済ませ、合宿先のペンションに挨拶し、荷物を下ろす。彼女は合宿メンバーとはまったく関係がないのに、「海に行きたい」という理由だけで当然のように付いてきた。その自由さが、どこか夏の風のように思えた。


昼食は海沿いのシーフードレストランに入った。観光客で賑わう店内の喧騒とは対照的に、窓際の席だけは海の青さが静かに満ちていて、まるで別世界の入口のようだった。


「海を見ながらシーフードって素敵?」

僕が皮肉っぽく訊くと、彼女は首を振った。

「ううん。海を見ながらぼぉっとしたかったの」

その答えは、僕の想定の外側にあった。僕はまだ、彼女のことを十分に理解できていないのだろう。

「長時間座ってたから疲れた?」

「ううん。楽しかったよ。二人でこんな長い時間ドライブしたの初めてだし」

彼女の言葉は、海の光のように柔らかく胸に落ちた。


彼女が二人分注文したのは和牛ステーキだった。

「シーフード、あんまり好きじゃないでしょ? あの看板みて決めたの」

視線の先には『大好評! 特選和牛ステーキランチ』の文字。シーフードレストランで食べるステーキは妙に場違いだったが、周りを見るとほとんどの客が同じものを食べていた。その光景が少しおかしくて、僕は軽く吹き出した。


注文を済ませて海を眺めていると、隣の席に白髪の老夫婦が座った。二人とも麦わら帽子を膝に置き、潮風に目を細めている。会話はほとんどないのに、長年連れ添った人間同士だけが持つ、柔らかい空気が漂っていた。

彼女はそっと僕の袖を引いた。

「ねぇ……ああいうの、いいよね。歳を取っても一緒に海を見に来れる夫婦って」

「そうだね」と僕は短く返した。それだけだった。


老夫婦が海を眺める姿は、時間そのものが静かに座っているようだった。彼女はその光景を見つめながら、ほんの少しだけ視線を落とした。潮風に触れた瞬間にだけ見せる、かすかな寂しさがその横顔に宿っていた。僕はその意味をまだ理解できずにいた。


デザートのアイスクリームを食べ、アイスコーヒーを飲み干して店を後にした。オーシャンビューのレストランで和牛を堪能できたことは、思いがけない嬉しさだった。

挿絵(By みてみん)

食事を終えると、彼女は「ちょっと歩こうよ」と言い出した。

レストランの裏手にある海岸へ降りると、白い砂浜が広がっていた。彼女は白い貝殻を拾ったり、波打ち際で足だけ海に入ったり、子どものように楽しそうだった。僕は時計を見ながら、少し焦っていた。あと15分ほどで戻らなければならない。

「もう帰る?」

彼女が少しだけ笑った。

「うん」

彼女は拾った貝殻をそっと砂浜へ戻した。その仕草が、なぜか胸に残った。


ペンションに戻ると、後発組の学生たちが到着し始めていた。彼女は初対面のはずなのに、驚くほど自然に話しかけていた。

「さっきの子、ミズキちゃんでしょ? あの子、可愛いね」

「こっちはユウタくんだよね。荷物重そうだったね」

「関係ないのによく覚えるね」と僕が言うと、彼女は少し照れたように笑った。

「だって……あなたの大事な人たちだから」

その言葉は、海風よりも静かに胸に落ちた。


夕方、買い出しのために車で海沿いを走っていると、FMから夏の終わりを歌うバラードが流れてきた。歌詞の一部が、今日の空気をそのまま写したようだった。


二人とも何も話さなかった。ただ、車窓から見える海を眺めていた。

彼女が小さくつぶやいた。

「この時間、終わらなければいいのに」

聞こえていたけれど、僕は返事をしなかった。返事をしたら、何かが変わってしまいそうで怖かったのかもしれない。


海はゆっくりと光を変え、夏の終わりの匂いを運んでいた。その匂いの中で、僕の心の奥にある“何か”が、少しだけ軋んだ。

♪ Chapter Playlist

Every summer has its own soundtrack. Here are the songs behind this chapter.

ZARD「揺れる想い」

TUBE「湘南My Love」

杉山清貴「LOVE IS YOU」

山下達郎「さよなら夏の日」

DREAMS COME TRUE「あの夏の花火」

サザンオールスターズ「真夏の果実」

井上陽水・安全地帯「夏の終わりのハーモニー」

Take care... and have a beautiful love.

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