【03】神と人
修を含めた歴代勇者の浄化能力は、神官と大差が無い。それは、女神に託されたその能力の大半が、聖剣をふるうことに占められているからだと考えられている。つまり、修が浄化を手伝ったところで状況の改善を見込めるわけもなく……謹慎中の神官には、監視付きの浄化業務を課す方針になった。
「処分を受けた不満などで奴らの浄化能力が落ちている場合、私たち王族の担当範囲を増やす必要があるかもしれないな……」
「まったく厄介な。考えれば考えるほど聖女の存在を大々的に公表するのが最善だと思えるようになってくるぞ」
「そうだな……正直、私の立場からすれば、その方向性で進めたいと思ってしまうのは確かだ」
「……それは………………すまん」
「あー、こちらこそ、すまない。それこそ我々の事情でしかない。きっとシュウの考えのほうが……正しいのだろう」
サンダルフォンが、何かを思い出すかのように視線を伏せる。そんな彼を見た修と神殿長もまた、同じものを思い出した。
それは、魔王を討伐して仲間たちと共に聖王国の王都へと凱旋を果たしたときのこと。中央神殿へ寄った修が、高位神官のひとりから聖女召喚の可能性を吉報として告げられた際の衝突の、続きの言葉だ。その時は、間違いなく善意の提案だったのだが――だからこそ、修の逆鱗に触れていた。
『無関係な人間を何の縁もない世界に引き込んで我欲で利用することを、軽く見積もるな。そんな横暴が許されるのは神だけだ。……それとも、お前は神にでもなったつもりか!?』
見ず知らずの異世界の女性を、勇者への貢物だと言わんばかりに呼び寄せると言うのだ。
その身勝手な思考に、魔王討伐の旅で疲れ切っていた修は、旅の仲間が驚くほどに激昂した。
しかし、そのときでも修は、「自分はその神でさえ許せる気がしない」という言葉を言いかけてはぐっと飲み込んでいた。それだけに、サンダルフォンも神殿長も、修が抱く女神への怒りを感じ取っていた。故郷から引き離され、過酷な戦いに身を投じさせられた少年の憤りと哀しみが、確かにそこにあったのだ。
「……………………我々は、神ではありませんからね」
神殿長の力ない呟きが、静寂に飲み込まれる。
彼は敬虔な女神の信徒である。修を『勇者』として選んだ女神の選択が、正しかったと確信している。だからこそ、対の勇者が望まぬ聖女召喚など、成されるべきではないと感じたのだ。
しかし、現実として聖女は召喚されてしまった。これは女神の思し召しか、罪深き人間の暴走か――答えはきっと、すぐに出るものではないだろう。神殿長は、せめて災いにならぬようにと、祈りの姿勢をとることしかできなかった。
神殿長室での話を終え、召喚された聖女と直接会う前に、修たちは召喚の現場へと足を向けた。
古い資料によれば、聖女の召喚には、専用の魔法陣と新月から満月の間に毎日続けられる儀式が必要なのだという。
召喚現場となった小部屋の中央には、石畳に直接魔法陣が描かれていた。壁際には、丁寧に磨かれている小さな女神像が設置してあり、隅には剥がされた絨毯が丸まっている。
「参考資料に場所の指定が無いため、彼らが使用していたのが……この第三礼拝堂ということですか」
「そう、第一礼拝堂の地下にあるここは、日中は下働きの者たちが利用している場所だ。……完全に盲点だったな」
「絨毯で隠してしまえば、魔法陣は見えなくなる。儀式に使用するときにだけ絨毯を剥がせば、そうそう他に露見しないのは確かですね」
女神の神殿での正式な礼拝には、片膝もしくは両膝をついて行う。そのため、財政的に余裕がある礼拝所には、絨毯が敷かれていることが多い。それを利用された形だ。そうして、サンダルフォンと神殿長が室内の確認をしている最中、修はじっと魔法陣を眺めていた。
(古代文字らしきものと、よくわからない文様と、あとは――――――漢字のようなもの?)
修は、ある程度の魔術が使えるものの、学術として深く理解しているものではない。よって、魔法陣の意味はまったくわからないのだが……そこに混じった漢字のようなものが妙に目についた。
(読み取れるのは半、訳、規定、部、女、学業、証明……か? 他にもそれっぽいものがあるが……わからん)
腰に帯びた聖剣に修が触れるも、特に何の反応もない――が、妙に気になってしまう。
険しい顔で魔法陣を睨む修に、部屋の確認を終えたサンダルフォンが歩み寄る。
「……シュウ、何かわかったか?」
「いいや……俺には何もわからないことがわかった。サフォンによる魔術師の視点では、どうだ?」
「もちろん、さっぱりだ。召喚の魔法陣なんて初めて見たよ。私でも解りそうな古代文字を精査しても……難しそうだ。落ち着いた頃に、上級学院に調査を依頼したほうがいいかもな」
苦い顔を隠しもしないサンダルフォンは、おどけるように肩を竦めた。難しい表情のふたりを見た神殿長もまた、同じ表情である。
「あの、勇者様……聖女様を元の世界に帰せるかどうかは……調べさせておりますが……」
「あ、ああ……。帰還が可能で、かつ本人が帰りたいと望むのなら……それが一番だろうしな」
「しかし、聖女が元の世界に帰還したという伝承は聞いたことが無いのがなぁ。………………シュウ?」
「…………いや、すまん、大丈夫。そろそろ、聖女へ会いに行こう」
魔法陣から視線を剥がして、修は部屋の出口へ足を向ける。
――苦難の末に魔王を討伐しても、勇者である自分は故郷に帰れなかった。
そう思えば思うほど、修の胸は強い痛みを訴える。
奥歯を噛み締めた修に、サンダルフォンは気遣う視線を向けたが、それに修が気づいたところで、弱々しい笑みを返すことしかできない。
しかし、胸の痛みにだけ構っている余裕はまだ無い。
修は、これから会う聖女が本当に『聖女』なのか――確認をしなければならないからだ。
現れた『聖女』が本物か偽者か。いったいどちらが喜ばしいのか、修にはわからなかった。




