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【04】異世界の聖女様?

「わぁ~、勇者様ですよね、本当に日本人だー! あたしは杏珠(あんじゅ)って言います。よろしくお願いしまーす!」

「お、おおぅ……元気そうでなによりだ。俺の名前は佐祇修だが……好きに呼んでもらって構わない。よろしく」


 神殿長の案内によって聖女の待つ部屋に足を踏み入れるなり、はつらつとした少女の声に出迎えられた。

 修の中にある、年々薄れゆく日本人感覚を信じれば、彼女は高校生程度だろうか。


「サガミさん……ですね、覚えます。あの、漢字だとどうやって書くんですか? もう、日本語に飢えてしまって……」

「……わかるよ、その気持ち。サは人偏に左のよくある佐で、ガミは祇園のギと言えば伝わるか?」

「あっ、ピンときました。でも、なんとなくはわかりますけど、書けません! むずかし~!!」

 

 杏珠は、羽ペンを持ったまま大口を開けてけらけらと笑う。

 紙を広げるために、世話人が淹れた紅茶はあっという間に横に避けられ、温度を下げながら出番を待っている。あまり行儀のよくない行動だ。ただ、そういった自由な面を見る限り、彼女が抑圧されているようには感じられない。

 

 ひと月ものあいだ存在を隠されていたということは、ほぼ軟禁生活だったろうに、彼女は明るさを失っていなかった。

 自己紹介を含めた雑談をしても、杏珠の言葉は淀まない。まず、神殿の生活で不自由していることはあまりなさそうで、修は人知れず安堵した。一方、日本については濁すことが多かった。この部屋には、修と杏珠以外の人物もいる。彼女は一見して開放的に見えるが、異世界人に警戒しているのかもしれない。


『せっかくだし、君の名前の漢字表記も教えてほしいんだけど……』

「いいですよ。ええっとですね、あたしの名前は可愛いんですけど面白みはなくて――――」

 

 修が意識をして()()()()問いかければ、杏珠はこの世界の言葉で返してきた。会話中に別の言語が交ざったことに、気がついていないのだと思うほどに自然だった。

 そして姓については、修にすら明かしてこない。このあたりの地域では、多くの平民は姓を持たない。修以外には、彼女が異世界の平民階級の出なのだと認識されるだけであり、不自然は無い。もしかしたら、「杏珠」とは姓なのかもしれないが――可能性は低いし、状況に大差は無い。


 覚え書きとして杏珠が紙に書く文字は、すべてが日本語だ。この世界の文字を、意図せずに使ってしまう……ということは無いようだ。

 羽ペンを借りた修が、彼女の覚え書きに追記した際、うっかりを装ってこの世界の文字で記した。軽く謝罪し、日本語で併記しようとしたのだが――読めるから問題ないとの返答があった。

 

 修と杏珠は、正面で相対しているからよく分かる。杏珠の髪は一見すると黒いが、生え際にはしっかりとした茶色が覗いている。

 瞳の色素は薄めで、不自然にならない程度に観察すれば、緑掛かった茶色のように見える。


 ――杏珠は、本当に日本人なのか?


 会話に不自然さを感じられないが、日本のことはあまり話したがらない。

 そもそも杏珠は、修を日本人だと断言したが、自分がそうだとは言っていない。ボロを出さないために、出来る限り嘘を避けている可能性がある。

 

 つまり、何かしらの理由で聖女召喚を装い、この世界の少女を聖女だと偽っている――? だとしたら、日本語をどうやって学んだのか。だが、何のために。

 

 この世界に召喚されたばかりの修は、会話に不自由はなかったが、この世界の文字の読み書きはまったくできなかった。よって、修は剣の修業と平行してそれらを学んだのだが……現在の杏珠は、問題なく文字を読めている。だからといって、たったひと月で、文字や単語を学び終えたとも思えない。

 これが、「女神が召喚した勇者」と「人が召喚した聖女」の差だというには、あまりにも歪である。逆ならまだしも……だ。


 そして、何より――――杏珠の背後にある壁際で不自然に座す、二人の少年。


 修と共に入室したサンダルフォンと神殿長とは、また違う場所に席を用意されている彼らは、今までひと言も口を開いていない。しかし、ずっと心配そうな視線を杏珠に向けている。もし、彼らが聖女偽装の首謀者側の存在だとしたら、杏珠にボロを出させぬための監視員といったところか。とはいえ、その視線は雄弁である。そんな緊張感のある関係より、よっぽど感情が伴った間柄に見える。


「少し気になっているんだけど、後ろのふたりは……君の友人?」

「はい! よく会いに来てくれるんです。気分転換に付き合ってもらったり、勉強に付き合ってくれたりして。あっ、みんなの通う学校があるってこのあいだ教えてくれて、楽しそうだなって思ってぇ。せっかくだから行ってみたいって、お願いしたんですよ――」

(彼女の学院情報の源はここか……)


 たとえ相手が不自然だろうが、こちらも不自然になる必要はない。修が堂々と杏珠に訊ねれば、あっけらかんと友人だという答えが返ってきた。さらによくよく話を聞けば、彼らがこの場にいるのは、杏珠が望んだことらしい。いわく、凄い人と会うのにひとりだと緊張するから……とのこと。

 杏珠が本物の聖女だと仮定するのなら、彼らは彼女にあてがわれた婚約者候補といったところか。

 修に婚約者は居ないが、杏珠とはそれなりに年齢が離れている。この世界ではよくある年齢差だが、それでも恋愛結婚の場合は近い年齢のことが多い。

 そういう面もあり、神殿嫌いの修を神殿に取り込むよりも、神殿寄りの貴族と聖女を結びつけるほうが、神殿にとってコストパフォーマンスに優れているだろう。正直、勇者と聖女の婚姻によって神殿が得られるのは、伝承の再現という一過性の盛り上がりくらいだと思われる。

 

 それにしたって、彼らが学院の話題を出したのは迂闊じゃないかと思う。

 もしかしたら、意図的なのかもしれないが……神殿側の事情がまだ読みきれないと、修はぎゅっと寄りかける眉をなだめる。


「そういえば、君さえよければ王城に部屋を用意しておこうって……話になってるんだけど、興味ある?」

「えぇっ、興味ありますありますっ。でも、今のお荷物みたいな状態だといろんな場所に迷惑かけちゃうから……もう少しここでお世話になりながら勉強していたいかもです」


 初対面での歓談を終えた際、修は世間話の延長かのように杏珠を王城への引っ越しを提案する。案の定というべきか案外というべきか、杏珠は「えへへ」と可愛らしく照れながらもやんわりと断った。彼女が本物の聖女であるのなら簡単に食いついてくるかと思ったが……彼女は修が思うより慎重な性格なのかもしれない。

 なお、挨拶を済ませたばかりの少年ふたりにじっとりと睨まれたが、修は気づかないふりをした。神殿関係者にとって、修は神殿嫌いで通っているのだ。今更なんの感傷もない。


「――今日はありがとうございました、サガミさん!」

 

 中央神殿を去るべく、サフォンと共に馬車へ乗り込む修に、杏珠はぶんぶんと勢いよく手を振って見送った。そんな彼女に、修は軽く手を振り返してからゆっくりと座席につく。


 少し待ち、車輪が生み出す音と振動を確認し……修はようやく深い息を吐いた。

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