【02】伝承と魔王
この世界における『聖女』とは、『勇者』の対になる存在だと言われている。
聖剣を操り、魔王を滅する役割を担うのが『勇者』。
清き心で、瘴気を浄化する役割を担うのが『聖女』。
瘴気というのは、この世界を侵食する負のエネルギーの呼称である。
伝承によると、あらゆる生物は瘴気を生み出す可能性を帯びていると言われている。たとえば、死を目前にした生物の無念。たとえば、他者に大切なものを奪われた憎しみ。逆に、他者の所有物を奪いたいと目論む支配欲求も同様だ。そして、誰かを押しのけてでも目的を達したいと願うある種の向上心すらも、瘴気の源になる。
そうして発生した瘴気は、じわじわと生物を侵していく。
瘴気に侵された生物は、より多くの瘴気を生み出すようになり、やがて魔物へと変貌する。そして瘴気を取り込み続けた魔物が、『魔王』と呼ばれる存在になる。
発生した瘴気は神官らの祈りによって浄化することができるのだが、異界より招かれた『聖女』であればより多くの瘴気を浄化できる。聖女が大規模な浄化を繰り返し行えば、それだけ後世の魔王の発生を抑えることに繋がる。
しかし、聖女の存在は、対の勇者が不可欠であると言われている。なにせ、聖女の召喚というものは――――。
「――猊下、俺に聖女など必要ないと、あの時きっちり言いましたよね」
「ええ、ええ……。もちろん覚えておりますとも、誠に面目ございません」
中央神殿の神殿長室へと秘密裏に乗り込んだ修とサンダルフォンは、ふたりを待っていた神殿長と相対していた。
「すまないが修……今は抑えてくれ。大叔父上も、まずは状況を詳しく教えてください。聖王家として対応するも環境を整えねばなりませんから」
「ああ、こちらの管理体制の不備を曝け出すようで恥ずかしい話なのだが……」
場の空気を和らげるため、サンダルフォンは神殿長を血縁上の間柄で呼び、いまが非公式の場であることを強調した。
サンダルフォンの言葉でぎゅっと唇を結んだ修を見て、神殿長は既に疲れ果てている表情を引き締めた。
神殿長が語るには、ことの始まりは魔王討伐後である。
女神によって修が召喚されてから、中央神殿は聖女についての研究を進めていた。
前回魔王が現れたのは、おおよそ三百年前。さらにひとつ前である前々回は、そこから二百年前。しかし、資料が比較的多く残っているこの二回のうち、聖女の存在が確認されているのは前回のみである。毎回喚ばれるわけではないらしい。
それでも三百年前は、聖女は勇者と共に魔王へ挑んでいたのだ。しかし、こたびの勇者はただひとり――。
魔王討伐の成功率を少しでも上げるべく、中央神殿の神官は資料を探し続けていた。そして、魔王討伐の報が中央神殿へ届く直前に判明したのが、『聖女』が人の手によって喚ばれていた……ということだった。
前回の勇者と聖女は、後に婚姻を結んだと記録が残っている。
今回は聖女の召喚が間に合わなかったものの、聖女がいれば修も心安らぐだろうと考えた神殿は、戻ってきた彼に聖女召喚を提案した。
『――――浄化は神官たちの役割で、聖女は必須じゃない。これ以上この世界の負債を、無関係の人間に押し付けるな!』
修は強く憤り、提案を拒絶した。それ以降、修は神殿にほとんど寄りついていない。勇者一行のひとりである神官のとりなしによって、最低限の関わりがなんとか保たれている状況だ。
そして、その状況に不満を持った一部が暴走した。高位貴族出の神官が主導し、しかし神殿長から隠れ、聖女召喚を強行した。
勇者の対である『聖女』さえ喚んでしまえば、修は中央神殿を正しく評価するようになるだろう……と。
「そして、試行の結果に『聖女』が呼ばれてしまい、召喚を試みた複数の神官が現在も昏睡中。聖女様当人は、積極的に浄化を学ばれていて――」
「神殿の中でひっそり勉強させていたら、どこかから王立学院の存在を知ってしまい……そこに通いたいと言い出して、王家に話を通さざるを得なくなったと? 確かにその願いを叶えるのなら、これ以上存在を隠したままではいられないだろうが……」
「つまり、聖女召喚が既成事実化したのなら、かたくなな勇者も拒絶できまいって? ……そいつらの頭って腐ってるだろ。それこそ瘴気の発生源じゃないか」
「シュウ……」
「仰るとおりで、まったく面目次第も……」
「あー、いや……どうぞ話を続けてください……」
話すほどに萎れていく神殿長が哀れになってきた修は、流石に態度を緩めて続きを促す。
「勇者様が仰るとおり、聖女様の要求が良いタイミングだと思ったのでしょう。もう事実が明るみになっても恐ろしくないと、神殿長である私にようやく明かしてきたのです。臥せっている者以外の関係者は、全員謹慎させておりますが……」
「……となると、王都の浄化の滞りが懸念事項になるな」
「くっそ、頭が痛いな……不足した浄化能力のカバーを聖女に頼む必要がある……? それこそ、そいつらの思うツボじゃないか……」
神殿長室に集う三人の、深い溜息が室内に満ちた。




