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萌芽のダンジョンコア  作者: 旅燕
第一章

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リュールと戦士長

 リュールはダンジョンの入り口近くで、レンの帰還を待っていた。

 二泊三日と聞いていた。六日で帰ってくると思っていたのに、今日で七日目だ。何かあったのではないかと不安に思う。

 こういう時、ダンジョンから出られないのは歯がゆい。

 たった一日のことと思うが、リュールはレンと出会ってからまだ半年も経っていないのだ。名付けの影響で眠りについていた期間も考えれば、二ヶ月ほど。

 普段は眠ることのできないリュールにとって、一日はまだまだ長いものなのだ。



 エミリがダンジョンに飛び込んできたのは、昼過ぎだった。


「リュール様! レンとメレムが帰ってきましたよ!」


 その言葉にリュールは、思わずダンジョンの外に飛び出しそうになって……出られないことを思い出し、足を止める。

 七日ぶりに見たレンは変わらず元気そうな様子で、手を挙げた。


「レン! おかえり!」


 リュールが笑って言うと、レンも口元に笑みを浮かべる。


「ああ、ただいま。何か変わったことは無かったか?」

「うん、特には。レンがいない間に、十二層を作ったことくらいかな」

「そうか」


 リュールのダンジョンは毎日確実に強化されている。魔物が増え、トラップが増え、ついでに植物も増えている。


「人間の冒険者は来なかったか?」

「うん」


 人間たちはどうやら、コボルトの集落を滅ぼしただけで満足したらしい。

 コボルトの集落よりもさらに奥地にあるリュールのダンジョンにまでは来ていなかった。

 エミリやコボルトたちは油断無く近辺を偵察しているが、冒険者の姿は見かけていない。


「そうか。なら良かった」


 レンは安心したように言う。


「オレからも報告があるんだ」


 コボルトとオークの交渉結果を聞いて、リュールも安心した。


「そっか。コボルトたちは無事に集落を作れることになったんだね」

「ああ」


 その時、タイミング良く戦士長がダンジョン内に入ってくる。


「よう、レン。交渉は無事に終わったぞ」


 突然現れた見知らぬ魔物に、リュールはきょとんとする。


「ああ。見届けご苦労」

「うむ」


 レンと気安くやりとりをする彼に、ますます首を傾げた時であった。


「リュール、紹介させてくれ。彼が、オークの里の現在の長である、戦士長だ」


 戦士長はニッと笑う。するとリュールも安心したようで、右手を差し出す。


「ダンジョンコアのリュールです。よろしくお願いします」


 礼儀正しいその挨拶に、戦士長は少し驚く。


「……なるほどな。これは確かに変わってるな」


 しかし次の瞬間には気を取り直し、リュールの小さな手を掴む。


「おう! 俺に丁寧な言葉はいらんぞ。レンの友なら、俺にとっても友だからな!」


 二人が握手を交わしたあと、レンは改めて彼について紹介をする。


「彼とオレは数年来の仲でな。まあ友人だ」

「友人……そっか」


 リュールの胸がチクリとする。当たり前ではあるが、レンにも自分と出会う以前の時間があって、友人がいるのだと痛感する。

 名付けで縛りつけた自分とは違う、本当の意味での友達。

 別にリュールも、今の関係が偽物だとは感じていない。それを言うのは、レンに失礼だと分かっている。

 けれど、完全に健全な意味での「友人」という言葉に、リュールが眩しさを感じたのは事実だ。

 すると、リュールの言いたいことが分かっているかのように、レンはその頭を撫でて……話を切り替える。


「実はな、またしばらく留守にすることになったんだ。ドワーフの隠れ里に行くことになってな」

「え?」


 リュールが首を傾げると、戦士長はレンの肩を抱きながら言う。


「なに、こいつがもっと食事を楽しみたいって言うからな。俺じゃ力になれんが、ドワーフの連中なら力になれるかもと思ったのさ」

「……そうなんだ」


 もちろんリュールは、その言葉の裏に現在のレンが食事を楽しめていないという意味があることに気が付く。芋の件を通じて、レンの味覚が名付け以前とは変わっていることを知っているからだ。


「というわけで、こいつをしばらく借りるぞ。ここからだと……多分二週間ちょっとだな」


 戦士長の言葉にリュールが俯く。


「……そっか。レン、また行っちゃうんだね」


 しゅんとしたその言葉に、今度はレンの胸が揺さぶられる。

 リュールがさみしがっている。行くな。

 そんな声が聞こえた気がした。けれど、レンはあえてその声を振り払う。


「リュール、留守は頼むぞ。何かあったら、エミリやメレム、コボルトたちを頼るんだ」

「……うん」


 リュールは小さく頷いた。


「まあそう落ち込むな。今生の別れじゃあるまいし。俺もできる限り早く、こいつを解放できるように努力はするさ」


 豪快に笑う姿に、リュールは彼なら本当にそうしてくれるだろうなと何となく思う。


「あ、そうだ」


 だからこそ、リュールはその提案を口にする。


「戦士長さんってひょっとして、名前が無いの? 良かったらぼくが付けてあげるけど」


 その言葉に戦士長はピクリと耳を動かす。


「おいおい、レンよ。名付けにどういう意味があるのかを、リュールに説明しなかったのか?」


 するとリュールはムッとして言う。


「レンはちゃんとぼくに説明してくれたよ。名付けはその魔物のあり方を決めるものだって。だから、縛り付けるようなことを願わなければ良いんでしょ?」


 そうすれば、名付けは純粋に良い意味しか持たない。その魔物は強くなる。さらなる成長を遂げられる。

 リュールが戦士長にそう説明すると、戦士長はふすー、と鼻息を漏らす。


「それじゃあ不完全だな。良いか、よく聞けリュール」


 戦士長は腰を落とすと、リュールに視線を合わせる。


「名付けをそう軽々しく扱うな。レンから聞いてるかもしれんが、名付けは一度行えば撤回はできん。後からどんなに後悔しようとだ」

「…………」


 それはリュールにも分かる。もし撤回ができるものなら、リュールは今すぐにでもレンへの名付けを撤回し、もっと健全な意味を込め直すだろう。


「名付けっていうのはな、その魔物の今後の一生を縛り付けるものだ。だからこそ、名付けをするなら慎重に行うんだ。その魔物の一生に責任を持つつもりでな」

「一生に、責任を……」

「ああ」


 戦士長は大きな手でリュールの頭を撫でる。

 リュールは下を向いて考え込む。

 その様子を見て、レンが小さく言葉を漏らす。


「……助かる」

「なに、気にするな。それにしてもリュールは、本当に聞いていた通りのやつだな。大事に育てろよ、レン」

「ああ」


 そんな言葉はどこか遠くに聞こえた。



 そしてその日の夜、森の中の野営地にて。

 リュールのダンジョンを後にしたレンと戦士長は、暗闇の中で食事を交わしていた。

 お付きのオークは先に帰らせた。メレムは置いてきた。今は二人きりだ。

 お互いに夜目は利く。焚き火などはいらない。

 そのさなか、戦士長がおもむろに立ち上がり、荷物から見覚えのある革の袋を取り出す。


「一杯どうだ?」


 レンはすぐに首を振る。


「オレは飲まない。……この前どうなったかは憶えているだろう」

「だからこそだ」


 戦士長は杯に酒を注ぐ。


「どれだけでそうなるのか、見極めておく必要があるだろう? この前はかなりのペースだったからな」

「…………」


 レンは戦士長から渡された杯を見つめる。


「一口だけだ」


 自分に言い訳するように呟くと、レンは宣言通りに一口だけ酒を飲む。

 それから雑談をすること数分。

 レンの身体に早くも異常が現れる。

 体が火照る。頭がふわふわする。


 ――まだ、一口だぞ。


 急激な変化にレンが思わず黙り込むと、戦士長が聞く。


「どうした?」


 その言葉にレンは我に返る。


「何でもない。もう一口くらいは行けそうだ」


 そう言ってレンは杯にもう一度口を付けようとする。

 しかしその手は、戦士長に止められた。

 彼はレンの手首を押さえ、何も言わずに目を見て、首を振る。


「……そうか」


 レンの頭の中に思い出が蘇る。

 オーガの仲間たちと競うように飲み交わした夜。戦士長との笑いながらの歓談。

 静かに杯を持った手を下ろすと、小さく呟いた。


「オレはもう、飲めない体なんだな」


 レンが出した結論に、オークの戦士長はやはり何も言わずにその肩を叩いた。


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