名付けと呪い
レンが目を覚ましたのは、寝台の上だった。
「あれ、オレ……」
レンは寝台から起き上がろうとして、次の瞬間強い頭痛があることに気が付く。
「っ!」
とっさに額を押さえる。
身体の調子がおかしい。頭がガンガンと痛む。吐き気がする。体全体が鉛のように重い。
ひどい体調に、レンの頭の中にある言葉が浮かぶ。
「二日酔い……?」
それはレンにとって、話に聞いたことしかない概念。だが、今の自分の体調はそうだとしか思えない。
「どうして……」
自分は今まで、そんなことになった覚えがない。どれだけ飲んでも酔わないのが自慢だったのに。
そう考えたところで気が付く。
「あ……」
白く細い腕。丸い爪。かろうじて残った短い角。
そうだった。自分の体は変わってしまったのだった。
「…………」
レンは窓の方に視線を向ける。影の向きからして、ほとんど時間は経っていないと思われた。
その時、ギッと扉を開く音がして、オークの戦士長が部屋に入ってきた。
「起きたか」
戦士長はレンが起きていることに気が付くと、寝台のそばに椅子を持ってきてそこに座る。
「丸一日だ」
「……何がだ」
「おまえが眠っていた時間だ」
「え?」
「嘘じゃない」
まさか一日も寝込んでいたなんて。メレムに申し訳ない。すぐにでも起きて、帰り支度をしなければと思うが……体は重く、言うことを聞かない。
戦士長は、はあとため息をつく。
「おまえは、変わったな」
「…………」
レンは言葉を返さなかった。
「それはやはり、名付けのせいか?」
が、戦士長の言葉にピクリと反応する。
「そうか」
それだけで戦士長は察した。
「おまえは、どんな想いで名付けられた? 姿形が変わるほどの名前を、どんな想いで?」
まっすぐにレンを見つめる戦士長。
寝台に伏したまま、レンは小さな声で言う。
「……言えない」
「ならば、おまえの名付け親のリュールとやらに聞くしかないな」
が、戦士長の次の言葉を聞いて、観念する。
「『友達になれたら嬉しい』。それがオレの名前に込められた願いだ」
「……なるほど」
戦士長は納得したように頷いた。
「その結果、おまえの魂は今、どうなっている?」
「…………」
レンはしばらくの沈黙の後に言葉を返す。
「今のオレは……アイツへの想いが、とめどなく溢れてくる。アイツへの愛情。愛されたいという渇望。尽くしたいという願望。喪失への恐怖。そういうのが全部溢れて、止められない」
こうして話をしている今だって、すぐにでもリュールのもとに戻って、その姿を確かめたいという欲求があるくらいだ。
「自覚はあるんだな」
「ああ。歪んでいる自覚ならある。けど止まらない」
レンの言葉を聞いて、戦士長はこう返す。
「もはや祝福ではない。呪い、だな」
「…………」
レンは何も答えられない。自分の今の状態を表すのに、これ以上ないほど適した言葉だと思ったからだ。
「おまえの名付け親はそのことを知っているのか?」
「知らない。言ったところでどうにもならないからな」
……魔物の名付けは、一度成されれば撤回不能。そこに込められた想いも、祝福も、呪いも。
だからレンは、この呪いを抱え続けて生きるしかない。
「アイツは、何も知らなかったんだ。名付けの意味も、祝福も、呪いも。だから仕方がない」
その重みは、自分の胸に留める。それがレンが出した結論だ。
「だからおまえも……アイツには言ってくれるな。アイツを責めたところで、もうどうしようもないのだから」
戦士長は友人の言葉にこう返す。
「そうだな……おまえならそう言うだろうな」
レンは思わず目を見開く。
「……そうだろうか」
「ああ、おまえはそういうやつだ」
戦士長の目に、嘘や気休めは見えなかった。レンは小さく笑う。
「そうだと、良いな」
魂のあり方が歪められ、精神の構造が変わろうとも、変わらないものもある。
――オレは、オレのままだ。
レンは思う。
そして次の朝。まだ少し体調は悪いが動ける程度には回復したレンは、メレムを連れてオークの里を出る。
二人のオークと戦士長も一緒に、だ。
戦士長は里の者たちに向かって、豪快に手を振る。
「おう! それじゃあ、しばらく留守にするからな!」
「行ってらっしゃい、戦士長!」
戦士長はリュールに対して個人的な興味を持ち、会ってみたいとレンに持ちかけたのだ。
レンは渋ったが、弱みを握られた以上はどうにもならなかった。実際のところ、戦士長は何があっても他言しないだろうと分かっていても。
表向きは取り引きを見届けるため。裏ではリュールに会い、レンをドワーフの隠れ里に導くために、戦士長は里を留守にする。
「よし、じゃあ行くかレン。メレムのことはおまえがおぶってくれ」
「それは言ってくれるな」
一昨日の失態は今でも鮮明に思い出せる。
だからこそ二度は繰り返さないと、レンは顔を赤らめつつも誓う。
メレムとお付きのオークたちは意味が分からずに首を傾げた。




