大失態
メレムがコボルトの元集落に残した目印をもとに、行商に出ていた他のコボルトたちも合流してきた。その数は男女合わせて九人。
ひとまず再会を喜び合った後、コボルトたちは集落を再建する場所の選定を始める。
人間の集落がある南側は却下だ。西側にはオーガのテリトリーがあるので、そちらにも行きにくい。東側は急峻な山となっており、サテュロスのテリトリーでもあるので、こちらも避けたい。
「となると、北しかないな」
メレムはそう結論づけた。
目をつけた場所は、リュールのダンジョンから北に十キロほど進んだ場所。川もほどほどの距離にある良い場所だ。
しかしここにも問題はあって……
相談を受けたレンはこう答える。
「ここは、オークのテリトリーに重なっていないか?」
「そうなんだよなあ」
指摘を受けてメレムは腕を組む。
外れの外れとはいえ、確かにオークのテリトリーに重なっている。
「でも、行商への行きやすさとか色々考えると、ここが一番良いんだよなあ。だから交渉、してみようと思うんだ」
リュールや他のコボルトたちには、数日ほど留守にする旨を伝えた。
オークの里まではコボルトの足で二泊三日程度。レンはメレムの護衛も兼ねて同伴することにした。
「何者だ!」
警戒の声を鋭く上げるのは、猪の頭を持ち全身に硬い毛を生やした二足歩行の魔物。身長は二メートル程度。これがオークである。
二人一組で行動する彼らと遭遇したのは、出発から二日目の朝のこと。やり取りに慣れているメレムは落ち着いて両手を挙げる。
「コボルトの集落の者だ! そちらの戦士長殿と話がしたい!」
二人のオークは顔を見合わせると、レンを見る。
「そちらの人間は何者だ!」
人間に見られたことにレンはため息をつきつつ、こう返す。
「人間じゃない! 一応これでもオーガだ!」
「オーガ? ……ああ、あんたが戦士長が言っていた『レン』か」
レンの言葉を受けて、オークの片方が武器を下ろす。
「青い髪に、短いけど白い角……なるほど」
もう一人のオークも、改めてレンの姿を確認すると、武器を下ろした。
「あんたのことは通すように言われている。付いてこい」
二人のオークは軽く話し合うと、片方が先触れとして里に戻っていった。
オークの集落にたどり着いたのは、翌日の昼前だった。
オークの案内で、里の統治者である戦士長の住居へと向かう。
レンがこの姿になってからここに来たのは二回目。一回目は後のメレムを筆頭とするコボルトたちの行商の護衛をしていた時だ。
オークの里に住むオークたちは、まだレンの現在の姿を見慣れていないので遠慮なくじろじろと眺めてくる。オーガの姿であった時は、逆に目が合わないようにされていたものだが。
レンは態度の違いについてぼんやりと考えながら進む。
ほどなくやってきたのは、他よりも大きな家屋。その前ではオークの戦士長が待っていた。
「おお、レン! よく来たな! それにコボルトのも! まあ入れ入れ!」
他と比べて立派な体格を持つオークの戦士長はレンの背中を叩き、その来訪を歓迎する。
オークの家のリビングでは、戦士長の妻が焼いた肉を用意して待っていた。
レンが前回、生肉は血なまぐさくて食べられなかったのを憶えていたらしい。
「気遣いありがとう」
「良いのよ。今度こそ口に合うと良いんだけど」
焼きすぎて肉が固くなっていたが、生のままよりはマシだった。
レンとメレム、オークの戦士長はまずは食事をし、歓談をしながら場を温める。
「あれからひと月くらいか。どうだ、新しい姿は」
戦士長がレンに聞く。
「不便なことも多いが……だんだんと慣れてきたよ」
身長が半分程度に縮んだこともあって、戸惑うことも多かった。
視線の高さ、腕を伸ばした時や足を踏み出した時の距離感の違い、鋭くなった触覚、嗅覚、味覚への驚き。
そういったものをレンは戦士長に説明する。ここにリュールはいないので、今は説明に気を使う必要もない。
「一番驚いたのが、味覚の変化だな。食事がこんなに苦痛になるとは、思いもしなかった」
「生の肉が食べられないっていうのは、不便だなあ」
メレムが呟く。彼や戦士長が食べているのは生肉である。
「ふーむ。ならば、ドワーフの隠れ里に行ってみてはどうだ? 食事を摂りやすくするヒントがあるかもしれんぞ?」
「ドワーフの隠れ里?」
レンが聞き返すと、メレムが補足する。
「ここからしばらく行ったところにあるって話さ。もっとも、おれは場所までは知らないけど」
メレムの言葉を聞いて、戦士長がにやと笑う。
「俺たちは知ってるぞ? 他ならぬおまえのためだ。何なら案内してやらんでもない」
「え? 良いのか?」
驚いた様子を見せるレンに、戦士長はああと頷く。
「おまえがオーガの里と繋がっているなら教えてやれなかったがな。縁が切れてるというなら問題は無い。だが、メレムよ。おまえは連れていけないからな」
「ははっ、分かっているさ」
仲間はずれにされてもメレムは気にしない。
コボルトたちはオーガの里にも行商に行く。だから、メレムには教えられないということだろう。
もちろんレンがメレムに伝える可能性も無くはないが、戦士長はレンを信じるということだ。
「まあその辺の話は後で個人的にするとして……メレムよ。そろそろおまえの話を聞かせてもらおうか」
そして話は本題へと移る。
「ふむ。我らオークのテリトリーにコボルトの集落を、か」
メレムの顔は強張っている。
こんなだいそれたこと、レンが付いてきてくれていなければ、言えなかっただろうなと自分でも考える。
「もちろん、ただではあるまいな?」
戦士長はギラリと目を光らせる。
「もちろんだ! おれたちコボルトの里での加工品は、今後はまず、この里に持ち込むことを誓う!」
「ふむ……ただではないのか?」
戦士長は目を細め、睨みつけるように言う。圧倒的強者の視線にメレムはすくみ上がりつつも、こう答える。
「そ、それは……できない! おれたちにも生活があるからだ!」
その言葉に戦士長は鼻を鳴らす。
「オークの里で必要な物資があるなら、優先的に仕入れて持ってくるようにもする!」
その言葉に戦士長は少しの間考えると……こう言う。
「足りんな。テリトリーを割譲するなら、もっと相応のものを出してもらわねばな」
戦士長はちらりとレンを見る。
「例えば……武器とかな」
レンの腰には、コボルトから買った剣が下げられている。それは鉄製で、魔物の里では手に入らないものだ。
「ドワーフとの交流があるなら、自分たちで何とかなるんじゃないのか?」
レンが聞くと、戦士長は首を振る。
「そうもいかんのだ。やつらは我らとの取引には応じる。だが、武器の類はそこにめったに出てこない」
もちろんコボルトたちにとっても、金属製の武器は貴重品だ。入手先は、冒険者の落とし物や遺品に限られるからである。
それに、どこか特定の勢力に武器を渡せば自分たちにもよこせという勢力が出てくることも考えられる。
レンに武器を譲ったのは新鮮な魔力草の価値を重く見たのと、周辺では見かけないその容姿から特定勢力に属していないと判断したからだ。
「や、槍の穂先が十本、剣が二本。これでどうだ!」
「…………」
「分かった。我らが持つ地図の写しも付けよう!」
どれもコボルトにとっては大切な宝だ。特に地図の写しというカードは、一度切ったら今後二度と切れなくなる。
覚悟を持った決断に、オークの戦士長は頷く。
「うむ。良いだろう」
その言葉にメレムはほっとため息をついた。
メレムとの交渉が終わったあと、戦士長はレンだけを自室に連れてくる。
「へえ。ここがアンタの部屋か」
オークの宝である金属製の武器が飾られ、剥製にされた動物が飾られたその部屋を、レンは物珍しそうに見回す。
「前の戦士長から引き継いだだけの部屋さ」
戦士長は部屋の隅に置かれた木箱から革製の大袋を取り出す。
「それよりも、一杯どうだ? この前は護衛の最中だったが、今回は良いだろう?」
その笑顔に、レンは呆れたように笑う。
「おい。まだ昼間だぞ」
「良いじゃないか。どうせおまえは酔わんのだから」
戦士長は熊の皮を敷いた長椅子に座る。そしてレンに向かいの席に座るよう促す。
「仕方ないな」
と言いつつも、レンも楽しそうである。勧められた席に座ると、戦士長が杯に酒を注いだ。
「では、互いに冬を乗り越えたことと、我らの再会を祝して……乾杯」
「乾杯」
レンと戦士長は酒を飲みかわす。
「それにしても懐かしいな。初めて会った時も、おまえはコボルトの護衛をしていたな」
「ああ。以前の姿でもこの姿でも、最初に会ったのがコボルトの護衛中だっていうのは、不思議なものだな」
「全く驚いたぞ。少し見ない間に変わりすぎだ」
二人が酒を飲むペースは早い。そのたびに酒を注ぎ足し、また飲む。
「オーガの里のことは残念だったな。おまえが族長になれていれば、この会談は同盟の取りまとめになっていただろうに」
「もう終わった話だ。オレは選ばれなかった。追放された。それで終わりだ」
「……そうだな」
戦士長はあり得たかもしれない未来に思いを馳せるように目を細める。
「そういえば、今はおまえはどう暮らしているんだ?」
そして一通り思いを馳せたところで、戦士長は話題を変える。
「ああ。今はな、名付け親のところで暮らしている。リュールというんだが、危なっかしいやつでな」
リュールについて語るレンの表情は穏やかだ。
「そうか。すごい魔物なんだろうな。名付け一つでこんなに原形を留めないほど進化した魔物は見たことがない」
レンは頷く。
「ああ。リュールはすごいやつだよ。魔力も高いし、オレの考えを聞いても笑わない。むしろ真剣に考えてくれる。少しばかり知識不足なところもあるが……それでも支えがいのあるやつだよ」
そしてぐいと杯を飲み干すと、話を続ける。
「ああいう優しいやつは魔物としては珍しい。甘いと言うやつもいるだろうが、オレはそんなところも気に入っている。例えば……」
リュールの話題をひたすら続けるレン。戦士長はそれを笑いながら聞いていたが……その自慢話が五分も続いたところで何かおかしいと気が付く。
「そう、それで……リュールはすごいんだ」
「何がだ?」
「何がって言われても……そう、すごいんだ」
レンの顔は真っ赤になっているが……毛むくじゃらな猪の頭を持つ戦士長には、顔色という概念が存在しないためその意味は分からない。
「ああ、今リュールは何をしているんだろうな……オレがいないこと、少しは寂しがってくれているかな」
「おい、レン?」
「いや別に、アイツが何を考えていようと構わないんだけど……でも、何とも思われてなかったらそれは少し悲しいな」
その時、レンの頬をつうっと涙が伝う。
「……オレは、今どうしてここにいるんだ?」
「メレムの付き添いじゃないのか?」
「ああ、そうだった。メレムの付き添いで……リュールは付いてこられないから、オレだけここに来て……」
ぽろぽろと涙をこぼしながら、レンは呟く。
「さみしい。ここにアイツがいないことがこんなにさみしいなんて……そうだ、帰ろう。もうメレムの話はまとまったんだから。今すぐ帰ろう。メレムのことはオレがおぶって走れば、多分今日中にはリュールのところに……」
レンは涙を拭い、ふらふらと立ち上がろうとして……うまくいかず長椅子の上に倒れ込む。
「おい、レン!」
戦士長が驚いて手を伸ばすと……レンは涙をこぼしながら寝息を立てていた。
「……潰れたか」
どういうことだと戦士長は頭をかく。




