行商
春先という今の時期は、冬眠明けの魔物たちが活発に動き回る時期だ。
そんな森の中を、行商である三人のコボルトたちは怯えながらゆっくりと進む。
「ううっ、怖い……なあアニキ、やっぱり今からでも引き返さない?」
弱気な発言をする茶ぶちのコボルトに、先頭を歩く黒毛のコボルトが言い返す。
「何を弱気なことを言ってるんだ! おれたちゃ行くしかないってのは分かってるだろ!」
「って言っても……」
黒毛のコボルトは商品でパンパンのリュックを背負い直しつつ、心の中で悪態をつく。
――くそっ、オーガのやつらめ。足元見やがって!
今年もいつも通りにオーガの里に護衛を頼みに行ったら、例年の十倍もの料金を請求された。軽く話を聞いて回ったところ、秋の終わりに族長が変わり、外部の者にも友好的だった派閥のリーダーが追放されたらしい。
過去に自分たちの護衛をしたことがあるオーガも、申し訳なさそうに新しい族長を通してほしいと言ってきた。
それでも、自分たちは行商に行かざるをえない理由がある。
この近辺では弱小で数も少ない自分たちは、行商をすることで有用性を示し、攻め込まれるのを防ぐしかない。
もっとコボルトの多い南に行こうという話も何度も出ているが、そこでもきっと群れの底辺として扱われるだろう。子供や年寄りの移動という問題もあって、その話は毎回流れていた。
その結果が現在だ。
オーガの言う護衛料は払えるわけがない。ただでさえ安売りしているので、毎年赤字ギリギリなのだ。
新族長への嘆願は笑って流された。結果、自分たちは護衛の一人もなく、怯えながらオークの里に向かっているのだ。
そこで何とか、護衛を雇えれば良いが。
そんなことを黒毛のコボルトが考えている時であった。
ガササ。
近くで草の音がする。
「ひっ」
コボルトたちは慌てて槍を構える。
「ああ、すまない。驚かせるつもりはなかったんだ」
両手を挙げながら現れたのは、獣の皮をまとった青い髪の青年だった。
「に、人間!」
茶ぶちのコボルトが怯えた声を上げると、青年ははあとため息をつく。
「やっぱりそう見えるか……」
しかしすぐに気を取り直すと、青年は言う。
「オレは今はこんななりだが、魔物だよ」
青年は軽く身をかがめる。その頭には一対の白い角が生えていた。
コボルトたちは少しだけ力を抜く。
「で、あんたは一体何の用だい?」
黒毛のコボルトが聞くと、青年は足元に置いていた獣の皮を使った簡易な包みを手に取る。
「この薬草と引き換えで、買い物がしたい」
青年がはらりと包みを開けると、黒毛のコボルトは唖然とする。
「こ、これは魔力草!? この辺りじゃ滅多に採れないってのに……」
魔力草は魔力回復作用のあるポーションになる。魔法が使えない種類の魔物にとっても、滋養強壮に良いと人気がある。
「こんなに青々とした魔力草は初めて見た……」
白毛のコボルトが言う。彼はこの隊の薬師である。
「買ってもらえるかい?」
「喜んで!」
勝手に返事をする白毛のコボルト。けど、こんなに良いものを見たらそう言いたくなるのも仕方がないと、黒毛のコボルトは諦めた。
森の小さな広場で白毛のコボルトはさっそく調薬を始める。
そのすぐ近くで、黒毛のコボルトは商品を広げて交渉を始めた。
青年が欲しがったのは人間用の衣服に、リュックに帽子。一式まとって角を隠した彼は、人間にしか見えなかった。髪の色だけは人間離れしているが。
「旦那、あんた本当に魔物なんだよな」
「ああ」
まだ金に余裕があるということで、青年は人間用の武器もいくつか買った。
「旦那、ひょっとして人間の世界に紛れ込む気かい?」
「必要があればな」
そうして一通り買い物が終わったが、白毛のコボルトの作業はまだ続いている。
「なあ、オレからも聞いていいか?」
商売の片付けを終えたコボルトたちに青年が聞く。
「なんだい?」
「アンタたち、護衛の一人もいないのか? オーガたちはどうした?」
その言葉に黒毛のコボルトはムッとする。
「アイツら、めちゃくちゃな護衛料を要求してきたんだよ! 新族長の方針とやらで!」
そこからは愚痴が止まらなかった。
自分たちコボルトがギリギリのカツカツで行商をしていることを知っていながら、オーガたちが法外な護衛料を要求してきたこと。
まけてくれと嘆願したら笑われたこと。
それでも行商をやめるわけにもいかず、仕方なくここまで来たこと。
途中でふと、この青年はなんで自分たちがオーガを雇っていることを知っているのかと思ったが、それでも愚痴を止められなかった。
青年は少し複雑そうな顔でそれを聞いていた。
「アニキ、調薬終わりました!」
やがて白毛のコボルトがそう報告してきた。
「あ、ああ」
黒毛のコボルトはその言葉で我に返る。
「つまらない話を聞かせたな。悪い」
「いや……」
コボルトたちと青年が揃って立ち上がった時だった。コボルトたちの耳がぴくりと動く。
ガサガサと大きなものが動く音。まっすぐこちらに近付いてきている。
青年も気が付いたのか、買ったばかりの剣を構えている。
ほどなく一行の前に現れたのは、体長にして三メートルはありそうな、手足と背中に鎧甲を備えたクマ型の魔物である。
「ひえ! アーマーグリズリーだ!」
茶ぶちのコボルトが怯えた声で言う。
「アンタたちは下がってろ」
青年がコボルトたちの前に出る。
「グルル……」
クマ型の魔物は血走った目で一行を睨みつけている。気が弱い生き物ならそれだけで怯むだろうが、青年に怯えた様子はない。
「グルァ!」
クマ型の魔物が青年に向かって飛びかかる。青年はその身をかわすと、剣を振り下ろす。だがしかし、
ギン!
鎧甲の部分に当たった剣は鈍い音を立てて一撃で折れてしまった。
「ちっ」
青年は軽く舌打ちをしつつ、拳を握る。
「やっぱりこっちが一番か」
――まさか拳でやり合う気か!?
黒毛のコボルトが無茶だと叫ぼうとした瞬間だった。
バキッ!
目にも留まらぬ速さで打たれた拳はクマ型の魔物の顎に当たり、そのまま魔物を吹き飛ばした。
「え? ええ!?」
茶ぶちと白毛のコボルトが揃って驚きの声を上げる。
クマ型の魔物はすぐに起き上がると、さらに怒った様子で青年に飛びかかる。しかし、これも青年は軽くいなして、逆に殴り返す。
そこからは実に一方的だった。懸命に反撃しようとするクマ型の魔物。それを体術一つで圧倒する青年。その姿に……黒毛のコボルトはある者を思い出した。
やがて青年の拳がクマ型の魔物の側頭部を捉え、クマ型の魔物はダウンし動かなくなった。
風魔法でとどめを刺す青年に、黒毛のコボルトは駆け寄る。
「青髪の旦那! あんた、青髪の旦那だろう?」
興奮したその声に対して、青年は言う。
「……何の話だ?」
白を切られたが、しかし黒毛のコボルトには確信があった。
「オーガの里で、おれたちにも優しかった派閥のリーダー! 何回もおれたちの護衛をしてくれた青い髪のオーガ! あんたのことだろう!?」
黒毛のコボルトがさらに言葉を続けると……青年は観念したように笑顔を浮かべた。
「バレたか。言うつもりは無かったんだがな」
とはいえ、どこか気付いてもらえて嬉しそうにも見えた。
「ああ、やっぱり! あんた、どうしたんだよその姿! というか、追放されたんじゃ!? オーガの里の連中は知ってるのか!?」
「一旦落ち着いてくれ。事情なら話すから」
青年は興奮しきりの黒毛のコボルトを笑顔でなだめる。
アーマーグリズリーを解体するコボルトたち。そのそばで周囲の警戒にあたる青年。
「オレは里を追放された後、冬の森で死にかけていたところをある方に拾ってもらったんだ」
「ある方?」
せっせと解体をしつつも、茶ぶちのコボルトが聞き返す。
「ああ。それでオレは、その方に名前を付けてもらってな。その結果、進化が起こって今のこの姿になった」
青年はサラリと言うが、それはかなりのことである。
「オーガに名付けした上に、進化まで? その方とやらは、かなりの力を持っているんだな」
黒毛のコボルトが言うと、青年は頷く。
「ああ。すごい力を持っている方だよ」
「それで、今のあなたの名前は?」
白毛のコボルトの質問に、青年は一つ呼吸をすると大切そうにその名前を教えてくれる。
「レン、だ」
レンの様子にコボルトたちも笑顔になる。
「オーガの里の連中はこのことは知らないし……できれば知らせてほしくない。オレは追放された身だからな。それに今は、新しい縁の方を大切にしたい。そこにオレの存在が知られると、確実に揉め事になる」
黒毛のコボルトはあの傲慢な新族長の態度を思い出し……それは確かにと思う。新族長はかつてのレンの派閥の者たちには嫌われている様子だったし、彼らが再びレンを担ぎ上げようとするかもしれない。
「けど、妹さんにも内緒なのかい? あの子、あんたの消息がしれないって落ち込んでたけど」
「…………」
妹の話題にレンは少し黙るが、すぐに首を振った。
「ああ。今は落ち込んでいるかもしれないが……じきに落ち着くだろう。その方が、アイツにとっても良い」
自分の手を見ながら、レンはさみしそうに言う。
これ以上は話が聞けなさそうだと思ったコボルトたちは話題を変える。
「レンの旦那が魔力草を持ってきたのは、あの方とやらのおかげかい?」
「……ああ」
白毛のコボルトがその話を振るや、レンはどこか探るような様子になる。
「もし定期的に採れるようなら、ぜひとも継続的に卸してほしいんだけど……難しそうかな?」
「……対価次第だな。あまり出回らせすぎると、どこから魔力草が出てきているのかって話になる。あの方のことはまだ、できる限り伏せておきたいんだ」
レンの発言から、「あの方」とはこの辺りではあまり知られていない存在なのだろうと、黒毛のコボルトは当てを付ける。
「分かったよ。あの方とやらについてはもう聞かない。おまえらも、それで良いな?」
問いかけの形だが、実際には命令である。茶ぶちと白毛のコボルトが頷く。
「それとレンの旦那、もう一個だけ聞いても良いか?」
「なんだ?」
「良かったらだけども……おれたちの護衛をしてくれないか? あんたほどのものが来てくれるなら安心できる。金は……あまり出せないけど」
そう持ちかけるとレンは笑顔を見せる。
「ああ。実はオレも、アンタたちにその話を持ちかけようと思って来たんだ。オレにとっても、メリットがあるからな」
聞けば、レンは人里に潜り込むというのを実際に実行しようと考えているらしい。
そのために、行商人のふりがしたいそうだ。だからコボルトたちが行商をしているところを見たいのだという。
「もちろん良いさ! それだけで命が買えるのなら安いものだからな!」
コボルトたちは快諾した。
そうしてレンを護衛に、ひと月ほどの行商が終わった。
姿形が変わってもレンは強く、コボルトたちは彼の働きに大変満足していた。
「いやあ、助かったよ! やっぱり旦那の仕事は丁寧だな!」
黒毛のコボルトは笑う。
道中の商売で気をつけたのは、レンが名前持ちであることを伏せることくらいだ。
行商の勉強のために常に商売を見てくれるレンの存在は心強く、実際に巨人族が恫喝してきた時にも用心棒としての任務をこなしてくれた。……人間並みの体格であるレンが、四倍近い身長差を持つ巨人族を投げ飛ばした時は驚いたが。
「役に立てたのなら何よりだ」
レンは謙遜するわけでもなくそう言う。
そしてコボルトの集落はもうすぐだ。コボルトたちは、久しぶりに仲間に会えるのが楽しみで仕方がない。
けれど……歩いているうちに妙なことに気が付く。この時間なら狩りに出ているはずの仲間たちとすれ違わない。集落に近づいても、音や気配が無い。
どこか、嫌な予感がした。
コボルトたちは警戒するレンの制止を振り切って駆け出す。
そこで見たのは……廃墟と化した自分たちの集落であった。
「……これは、人間の仕業だな」
破壊されてしばらく経った集落を調べるレンの声は、耳に入らなかった。




