自然な受容
オークたちがリル・ステラに来てから一ヶ月が過ぎた。
季節は涼やかな夏に差し掛かり、ダンジョンの周辺にはドワーフ夫妻の家以外にも建物が少しずつ増え始めていた。
種族ごとに分けられた共同生活家屋ができたのだ。
おかげで今は、外から来た住民たち全員がダンジョンの外で寝泊まりができるようになっていた。
次は個別の家を作ると、ラナやその指導を受けるオーガやオークたちは張り切っていた。
今日も今日とてダンジョンでリュールに文字を教わるレン、エミリ、フラファンの少女。
「じゃあこの問題文を、エミリに読んでもらおうかな」
「はい! えーっと……『箱の中にはリンゴが十二個入っています。七箱あったらリンゴはいくつでしょう』」
「うん! 正解! それじゃあ、問題を解いてみようか」
リュールの言葉で三人がそれぞれ地面に計算を始める。
スパッと答えを導き出すフラファンの少女。少し時間をかけて暗算をするレン。筆算で確実に計算をするエミリ。
「うん。みんな正解だよ。答えは八十四でした」
リュールの正解発表に、エミリはぱっと顔を輝かせる。レンは少しだけ嬉しそうに口角を上げ、フラファンの少女は胸を張る。
「みんな、すごいね。文字も計算もすぐに覚えるんだもの」
リュールが満面の笑みで言うと、エミリも嬉しそうに笑う。
「リュール様の教え方が良いからですよ!」
「え? そうかなあ?」
「そうです!」
エミリの持ち上げにリュールははにかむ。
「うん。リュールさまは教え上手。誇って良い」
照れくさそうにしているリュールの様子を見て、レンも穏やかな笑顔を浮かべていた。
オーガの里での戦い以降、レンは名付けの影響で心が揺れ動く自分を、少しだけ許せるようになっていた。
重要な判断が絡む場合はともかくとして、リュールが喜ぶのを微笑ましく感じることまで過度に抑制する必要は無いと、自然と思えた。
「それじゃあ、続きをしていくよ」
「はい!」
「はーい」
「ああ」
今日も勉強は和やかに進む。
昼前になると授業は終わり。
外で元気良く駆け回っていたコボルトの子どもたちも集まってきて、レンは昼食の準備を始める。
「レンお兄ちゃん、今日は何を作ってくれるの?」
「今日はトウモロコシを使った冷たいポタージュを作ろうと思うんだ。あとは昨日の猛進イノシシを使った野菜炒めだな。それと平焼きパンに、デザートはオート麦のクッキーだ」
レンの言葉にコボルトの子供たちはわっと嬉しそうにする。
「ポタージュ! 大好き!」
「甘くておいしいもん!」
「手伝う! 手伝う!」
トウモロコシは朝の時点で茹でてある。
リュール、エミリ、フラファンの少女が房から実を外し、コボルトの子供たちは毛が入りこまないよう、すりこぎ棒を使ってトウモロコシを潰していく。
またレンはその間に野菜のカットを進める。その手付きにもう迷いは無い。包丁の扱いも慣れたものだ。
やがて料理ができあがり、コボルトの子供たちと共に食事を摂る。
「おいしい!」
「レンお兄ちゃん、おかわり!」
「分かったよ。……ほら」
「ありがとう!」
コボルトの子供におかわりを差し出した後、レンは自分の席に戻る。
自分の手料理に喜ぶコボルトの子供たちに、満足げな笑顔を浮かべるレン。
と、隣に座っているリュールがこちらの手元を見て何かを考えていることに気がつく。
「どうした、リュール」
レンが問いかけるとリュールはレンの顔を見上げる。
「うん、レンもだいぶ食器の使い方がだいぶうまくなったと思って」
その言葉にレンは何も考えずに手を動かしていた自分に気が付く。
「そうか? 別に意識はしてなかったんだが」
「意識せずに正しい所作ができるのはむしろ良い傾向だよ。すごいよ、レン」
素直な称賛と笑顔に、レンの頬がほんのりと色づく。
「あ、レンお兄ちゃん照れてるー」
「顔あかーい」
「茶化すんじゃない」
レンが照れ隠しに言うと、コボルトの子供たちはきゃっきゃと笑う。
「ふふ。それでね、レン」
少し顔が赤いままのレンに、リュールが続きの言葉を告げる。
「そろそろ、人間の街に行っても怪しまれないんじゃないかと思う」
目を丸くするレン。
「え……? 本当か?」
「うん」
リュールはニコニコと笑いながらその根拠を言う。
「最低限の文字の読み書きと計算はできるようになってきたし、食事のマナーも問題無いし、剣も強くなってきたし、今のレンなら大丈夫だと思う」
「……そうか」
レンは、人間の街に行く意欲は未だ失せていない。オーガの里への人間たちの襲来を受けて、むしろその意欲は高まっている。
追放されたといえど、故郷を守りたい気持ちはある。そのために人間の情報が欲しかった。
「レンはまた行くんだね」
リュールは少しさみしげだが、レンは安心させるようにこう言葉を返す。
「大丈夫さ。コボルトたちの件やドワーフの隠れ里に行った時のような長丁場にはならない。三日もかからずに戻れるはずだ」
「……うん」
リュールは静かに頷いた。
そして数日後の早朝、レンはドワーフの隠れ里で手に入れていた染め粉で髪を黒くして、リュールのもとを訪れた。
「どうだ? 人間に見えるか?」
ややくたびれた人間の服に身を包み、ハンチング帽で角を隠したレン。
「うん。見えるよ」
リュールが答えると、レンは安心する。
「なら良かった。色々相談にも乗ってもらって助かったよ」
「どういたしまして。……気を付けて行ってきてね」
「分かっている。そう簡単に捕まったりするようなヘマはしないさ」
レンはそう言うと、ダンジョンの出口へと向かっていった。
「じゃあ、行ってくる」
「うん。行ってらっしゃい」




