歓迎の集い
その日の夜のダンジョンで。
オーガたちが張り切って狩猟してきた魔物肉や、レンとラナが一緒に焼き上げた平焼きパンが並ぶ中で宴は開かれる。
「オークたちとの新しい出会いに感謝して……乾杯」
「乾杯!」
音頭を取るのは今回もレンだ。
「乾杯と言ってもジュースだけどねえ」
「あはは。そりゃ言うのが野暮ってものさ」
レンの妹が、仲良しの女オーガとそんなことを喋っていた。
「でも、そうだなあ。ウチも酒が飲みたいよ。あっ、メレム」
コボルトの仲間たちの間を歩いていたメレムを、女オーガが呼びとめる。
「……どうかしたかい?」
相手の顔を見て、一瞬だけメレムは面倒くさいなという顔をした。女オーガは気にせずに声を上げて笑う。
「あっはっは! アンタ本当に、良い反応するようになったよな。最初はオーガってだけで緊張してたのに!」
「そりゃな。おれたちコボルトにとってオーガは、見上げるほどの巨体なんだから」
仕方がないだろうと言わんばかりにメレムは肩をすくめる。
「うん、でもウチとしては今の態度の方が好きだな」
「それはどうも。それで、何か用かい?」
女オーガはそうだそうだと用件を思い出す。
「サテュロスたちの酒、まだできないのか?」
「……まだ一ヶ月も経っていないだろう」
メレムは呆れた目で彼女を見つめる。
「そうだけどさあ」
「秋頃まで待ちなよ」
女オーガは歯噛みすると、「そうだ!」と手を叩く。そしてレンの妹を見る。
「じゃあアンタ、レンに頼んでよ」
「あたしが? 何を?」
レンの妹は果物にかじりつく手を止める。
「もっとサテュロスに酒の素材渡せば、今すぐ飲める酒を分けてもらえるだろ?」
「あはは……お兄ちゃんが聞いたら『それくらい我慢しろ』とか言われそう」
「何それ似てなさすぎ! でも言いそう!」
レンの妹と酒好きの女オーガは声を上げて笑う。
「この白い液体は何だ? 魔物の乳か?」
別のテーブルで、あるオークがくんくんと匂いを嗅ぐのは、オート麦の植物ミルクだ。
「それはオート麦を潰して作ったミルクです」
「オート麦? あのまずい?」
エミリとそんなやり取りをするオーク。そのやり取りに口を挟むのはラナだ。
「ここのオート麦はおいしいよ。騙されたと思って飲んでみなよ」
そう言われたオークは仕方なくといった様子で、オート麦のミルクを飲む。
「うん。これは甘くて悪くないな! 少しだけ青臭さもあるが、この程度なら大丈夫だ」
その声で、他のオークたちもオート麦のミルクに手を付けていく。
「本当だ、甘いわ!」
「これがあのオート麦? 嘘だろう?」
エミリは胸を張る。彼女はリュールのことになると、自分のことのように誇るのだ。
「リュール様が生み出したものだから当然です!」
オート麦の使い方を知っているラナはウインクする。
「明日の朝はオート麦のグラノーラも用意しているからね。おいしいから、楽しみにしてなよ」
妻とオークたちのやり取りを見ていて、不思議そうにしているのがウルファムだ。
「魔物たちは、普段どんなものを食べているんだ?」
その質問に答えるのは、緑髪のオーガだ。
「普段……まあ、適当に狩ったり、草や木の実を採ったりだな」
「畑はしないのか?」
「畑というと、人間たちがやるあれか? この辺りでやってる魔物はいないな。そもそもあんなもの、何回か収穫するとすぐに土地が不毛になるだけだろう? それに、何か起こった時に動けなくなることにも繋がる」
「……そうか」
ウルファムは彼らに農耕という文化が無いことを悟った。だからといって、知識の無いウルファムが教えることもできないが。
「そもそもオーガたちの味覚は鈍いんだ。オレも進化して気付いたが」
そこにレンがやってくる。
「ああ……そういえばおまえ、おいしいって表現すら知らなかったものな」
レンの言葉にウルファムが思い出す。
「そうだ。そういう感覚は、進化の前には分からなかった。甘いという感覚も、進化で初めて知ったくらいだ。でも、それはそれでメリットでもあるんだ」
「メリット?」
味が分からないことに対するメリットなんてあるのだろうかとでも言いたげなウルファム。レンはジュースを一口飲むと答える。
「オーガは大食いだからな。いちいち味や匂いなんかに気を払っていたら、生きていけない」
「なるほど……」
ウルファムが納得すると、今度は緑髪のオーガがレンに聞く。
「レン。おれにはよく分からないが……その甘いとか、おいしいって感覚は良いものなのか?」
少し考えてからレンは答える。
「ああ。オレは好きだ。けど代わりに、オーガの姿だった時に食べていたものが食べられなくもなっているから、不便でもある」
「そうか。例えば?」
「……生肉。あれは今のオレには無理だ。血の匂いで吐き気がする」
「確かにそれは不便だな」
一方で、少し離れた場所ではフラファンの少女が平焼きパンにジャムを塗って食べている。
「うん。おいしい」
亜寒帯よりの温帯であるこの地方ではまず手に入らない、甘酸っぱいイチゴのジャム。
ダンジョンの中であればリュールが任意で温度や湿度、日照時間といった設定をいじれるので、霜害で育たないはずのイチゴも作れるのだ。
「それは良かった」
リュールがニッコリ笑うと、フラファンの少女もふわりと笑う。
「さすがリュールさま。おいしいものを作らせたら天下一品」
「それをおいしく食べられる状態にしてくれるのは、みんなだけどね」
リュールは調理をしない。脱穀などの加工はマンドレイクや、茶色の毛皮を持つゴリラ型の魔物……樹香ゴリラが行う。樹香ゴリラは気が優しく、マンドレイクでは苦戦する力仕事を代わりに行なってくれる。
加工が済んだ小麦粉はレンやラナが調理する。ラナの指導の元で、レンは少しずつ調理に慣れていっていた。
リュールがやったのはそのわずかな手伝いくらいである。
「でも、リュールさまがいなかったら、そもそもおいしいのができないから、やっぱりリュールさまもすごい。だからわたしは、みんなを尊敬する」
そう言ってフラファンの少女は、はむっとジャムを塗った平焼きパンをかじる。
「でも、リュールさまはどうしておいしいものを作れるの? このイチゴって食べ物とか、どこで知ったの?」
「どこでって言われても……」
リュールは困った顔で言う。
「ぼく、昔のことを憶えてないから分からないんだよね。食べられる植物って念じたら生えてきたものだし」
「ふーん」
どこか不安そうな表情を見せるリュール。するとフラファンの少女はこう言う。
「リュールさまが何者でもわたしは気にしない。リュールさまはわたしを生み出してくれた。勉強も教えてくれる。優しくてすごい、良い魔物」
「そうかなあ? ……ありがとう」
「どういたしまして」
フラファンの少女はリュールの頭を撫でる。リュールはくすぐったそうに笑う。




