オークたちの来訪
一週間ほどが経って、リュールのダンジョンにやってきた戦士長とオークたち。
「ここが例のダンジョンか……」
「本当にダンジョンか? 平和だなー」
戦士長とその護衛を除いたオークの数は十五人。この全員が移住希望者だった。
まずは歓迎の証しとして、果物を振る舞った。乾燥させたものではない、生の果物にオークたちはたちまちとりこになる。
「おおー! うまい!」
「甘いわね! これは良いわ!」
「あ、それは俺が目をつけてたのに!」
賑やかに盛り上がるオークたち。戦士長はやれやれと肩をすくめる。
「おまえたち、少し騒ぎすぎだぞ」
「だって戦士長、うまいんだから仕方ないじゃないですか!」
戦士長はふんと鼻を鳴らす。それを見てリュールとレンはくすりと笑う。
「果物のおかわりはいっぱいあるので、好きなだけ召し上がってくださいね!」
「おー!」
エミリの声にオークたちが歓声を上げる。
ただ、果物よりも人気だったのは平焼きのパンであった。
「これ食べてみてよ! わたしたちが食べてるのと全然違うから!」
「えー、でもパンだろう?」
「良いから、騙されたと思って!」
「えー……うめえ!」
これには平焼きパンを焼いたレンも、嬉しそうに笑っていた。
ある程度オークたちが落ち着いてきたところで会談が始まる。
「レン、リュール。突然の話だったのに快い返事を貰えたこと、感謝する」
「アンタには世話になってるからな。当然だ」
「こちらこそ、素晴らしい提案をありがとう」
やり取りは、フラファンの少女が文字の練習を兼ねて記録する。紙はドワーフ夫妻に分けてもらった。
「コボルトたちの件も、快諾してくれてありがとう」
レンが言うと、戦士長は「構わん」と言う。
「地図や武器を返せという話でもなかったからな。その上でテリトリーを渡す必要もなくなったとくれば、こちらとしては良い話でしかない」
戦士長は穏やかに言う。特に気にしてはいなさそうだ。
「まずはこいつから紹介させてもらいたい。今回の隊の隊長だ」
「よろしくお願いします。レン殿、リュール殿」
軽く頭を下げるのは、額に白い模様のあるオークだった。
「こいつは若いが、真面目で良いやつだ。それに強い」
「戦士長殿には及びませんがね」
気の良さそうなオークの隊長は優しげに笑う。しかしすぐに真面目な顔になる。
「食料を作れるのはリュール殿という話でしたね? いくつか質問をさせていただいてもよろしいですか?」
「うん、何かな?」
「食料に余剰はあるとのお話でしたが、それは間違いないですね?」
隊長の質問にリュールは頷く。
「うん。まだまだ余裕はあるよ。ねえエミリ?」
「はい! お任せください!」
隊長が伝えたオークの一食の食事量を聞いて……エミリは問題無いと告げる。
「このダンジョンはリュール様のお力に溢れているので、すぐに植物が育つんです。例えば、皆さんにも大好評だったパンですが、これの材料である小麦を育てるのには、一週間もかかっていません」
オークたちはごくりと喉を鳴らす。
「確かにあのパンはうまかったな。俺たちの里でもパンは作るが、味も食感も全く違った」
戦士長もそう同意する。
「小麦……といったか。この辺りでは見かけないが、どこから採ってきたんだ?」
戦士長が聞くと、リュールはこう返す。
「どこから……と言われても、なんか生やせたとしか言いようがないんだけど……」
「どういうことでしょうか?」
隊長が聞く。
「こういう感じで」
リュールはオークたちがいる側にとてとてと回ると地面に手を向け、小麦を一本その場に生やしてみせた。
「これは……!」
早回しのように育ったオークたちが感嘆する。
「随分と珍しい力だな」
戦士長がそう言うと、リュールは小首を傾げる。
「そうなの?」
「ああ。俺たちオークの間には、そんな力を持つやつはいない。魔法の力といえば、火、水、風、地、雷、治癒、精神の七種だと言われているからな」
リュールは確認をするかのようにレンに視線を向ける。するとレンは苦笑いを浮かべる。
「魔法についてはオレも詳しくないんだ。そもそもオーガは魔法を使えない種族だから」
「そうなんだ。じゃあレンも、進化するまで魔法は使えなかったの?」
「ああ」
「でも、普通に使ってるよね?」
「アンタが眠っている間に色々試したからな」
「へー」
リュールとレンのやり取りが一区切りついたところで、戦士長が口を挟む。
「そういうわけで、植物を育てる力というのは珍しいんだ。ダンジョンコアとしての独自の能力なのか?」
リュールはきょとんと首を傾げる。自分にも分からなかった。
「レンは植物を育てる力は使えないの?」
「ああ。オレが使えるのは、精神以外の六属性だ」
「そうなんだ」
またしても話が脱線する気配を感じた隊長が、それを打ち消す。
「ともかく、食料が不足しないのはその力のおかげだと分かりました。次の質問ですが、オーガたちと何かトラブルが発生した場合はどこに相談すれば良いですか?」
「その時はオレに相談してくれ。できる限り客観的に問題の対応に当たるよう、努力する」
レンが返すと、隊長は小さく息を吐く。
「その言葉で安心しました。オーガの方が強いからオーガに従えなどと言われたら困っていましたからね」
隊長の言葉にレンは穏やかにこう言う。
「そんなことは言わないさ。オークたちは同じ共同体で生きる仲間として扱うよう、オーガたちには言ってある。ただ……」
しかしすぐにレンは表情を真面目なものに切り替える。
「それはアンタたちにも言えることだ。自分の方が強いからとコボルトやウルファムたちに偉ぶるようなら、遠慮なく叩き出すからそのつもりでいろ」
ほんの少しだけ威圧感を解放したレンに、オークたちはビクッと震える。オークと比べれば華奢な人型の体格を持つレンだが、その力は見た目通りではないと皆が納得した瞬間であった。
「好きにしろ。そんな愚か者を選んだつもりはないがな」
戦士長も笑ってそう言う。要するに、自分の顔を潰すなと言っているのと同じである。
「も、もちろんだ!」
「そうそう、わたしたち、仲間!」
オークたちが次々と了承の声を上げると、レンは威圧を引っ込める。
魔物社会は本来、強者が驕れる世界だ。強者がルールを敷き、弱者がそれに従うのが当たり前である。この場所におけるルールブックはレンであった。
「他に何か質問はあるか?」
「そうですね。狩猟を行った際の分け前についてですが……」
一方で隊長に怯んだ様子は無かった。
その後も話し合いは続き、ひとまずひと季節……夏の終わり頃まで様子を見ることに決めた。
その後もオークたちがこの場所に住むかどうかは、また改めて協議することに。
「じゃあ、また来るからな。おまえたちも、あまり無礼なことをするんじゃないぞ」
戦士長は護衛を連れてオークの里へと帰っていく。オークたちはその後ろ姿を見送り、戦士長の姿が見えなくなるなりこう言う。
「よし、もっと食うぞ!」
「おー!」
そう言ってダンジョンの入り口に駆け出そうとするオークたち一行をレンは呼びとめる。
「待て。今日は宴を用意しているから、今のうちから腹を膨らませすぎるな。パンもまた焼き直すつもりだからな」
その言葉にオークたちはピタリと足を止めると、調子良く笑った。




