集落の芽生え
時はレノシア軍がエルフの森を焼いた日から、二ヶ月ほど前まで遡る。
オーガの里での騒動から半月ほどが経つ頃。
リュールのダンジョン近辺では、オーガたちが建築作業に従事していた。
「そうそう、良い感じだよー」
指導するのはもちろんラナ。オーガの家を作るため、オーガ自身に大工の心得を教示しているのだ。ラナ一人で建築すれば、どれだけかかるか分かったものではないので。
今建築しているのは、オーガたちの仮住まいとなる簡易な建物だ。とりあえず雨風がしのげれば良い程度のもので、数人で使う避難小屋のようなものだ。個々の家屋は後に建築することになっている。
「別に、リュールのダンジョンで良くない?」
レンの妹は当初そう言っていたが、レンにこう切り返されて納得した。
「いくらリュールを信用していたとしても、他の魔物の胃袋の中で落ち着いて過ごせるか?」
とはいえ自分は平気だと思えてしまう辺り、相当毒されているとレンは自嘲した。
家屋の中でも、ドワーフ夫妻の個人的な家だけは最初に建てられていた。鍛冶工房ではウルファムが頑丈な道具をオーガ用に作っている。材料の木材は、リュールのダンジョンで低温乾燥させたものだ。
また、フラファンの少女のために、ラナが作った紡績機や織機が置かれた小さな工房が設けられた。フラファンは服飾を好む種族なので大喜びだった。
そしてダンジョンの中では……
レンと大人の姿になったリュールが、剣の打ち合いをしている。
「はっ!」
レンが剣を突き出す。リュールはそれをするりと避けると、返す剣でレンの胴を打つ。剣身は潰してあるので当たっても問題無い。
「……また負けたな」
真剣なら大怪我は免れなかったその一撃に、レンはすっと剣を下ろす。
「ふふ。まだまだレンに負けるつもりはないよ」
リュールが笑顔を見せる。
拳闘では距離感が狂うレンであったが、武器を使えば問題無かった。
「でも、レンも最初と比べると随分と上達したよ。飲み込みが早いね」
「そうなのか? 自分では実感が無いが……」
「そうだよ。レンはすごいね」
「……ありがとう」
そして次の手合わせを始めようとした時であった。
「レンの旦那ー!」
その声にリュールとレンは剣を下ろす。リュールは普段の十歳くらいの子供の姿に戻る。
やってきたのはコボルトのリーダーであるメレムであった。
「メレムか。どうかしたか?」
「オークの戦士長から伝言があって。『時間がある時で良いから、一度来てほしい』だとさ」
「戦士長から?」
メレムはこくんと頷く。
「詳細は聞いてないけど……大事な相談があるって感じだったよ」
その言葉にレンは腕を組んで少し考えると、「分かった」と頷く。
「リュール」
「うん、分かってる。いってらっしゃい」
リュールは優しく手を振った。
レンがオークの里に着いたのは、翌日の夕方頃であった。
「ああ、あんたか」
門番をしているオークは話を聞いていたのか、すんなりとレンを通す。
「戦士長は?」
「この時間なら里の見回りをしてると思うよ」
レンは門番のオークに礼を言うと、里の中に入る。
戦士長はオークの里の外れにある果樹園にいた。果樹園といってもそこまで立派なものではない。食べられる実がなる木の種を植えてあるだけで、ろくに世話をしていないからだ。
「戦士長」
レンが声をかけると、戦士長は「おお、来たか」とレンに向かって手を振り、木に向き直る。レンもその隣に立った。
「メレムから聞いたよ。急に呼び出しなんて、どうしたんだ?」
「…………」
戦士長は難しい顔で木を見ている。その木はこれから実がなるであろうコケモモの木だった。
「レン、この木を見てどう思う?」
「どう思うか、か」
レンはコケモモの木を少しの間眺めて、言う。
「すまない。オレは樹木に詳しいわけではないから分からない」
はっきりとした発言に、戦士長は笑う。
「ははっ。そういうところで見栄を張らないのは相変わらずだな」
そう言うと、戦士長は改めてコケモモの木に目をやる。
「なんてことはない。普通だよ。今年の実り方はな」
そして首を振る。
「普通だから、問題なのだ」
「……?」
レンには意味が分からない。しかし次のひと言で事情を察する。
「前の戦士長の時代に、子供を増やしすぎてな」
「ああ……」
今の戦士長がその座に就いたのは三年前。三年前となると……現在の子供たちはよく食べる時期にさしかかる頃だろう。
「そんな時に、おまえたちの……リュールのダンジョンの話を、メレムから聞いてな。何でも、食べるものがいくらでも出てくるという話じゃないか」
「いくらでも……かは分からないが、リュールいわくまだまだ余裕はあるとのことだな」
話の流れを何となく察したレンであるが、そのまま話を聞く。
「若いのもその空気を察していてな。外に出たいと言う者が増えてきた。メレムが持ち込んだ、見たこともない果物……それに夢中になる連中もいてな。おまえたちのところに行きたいと希望している者もいる」
「…………」
「そこでだ。レン、おまえたちのところにうちの者を預けたいと思っているのだが……どうだ?」
レンは腕を組む。
「オレ一人の権限では決められないな。リュールに食料生産の余裕を聞くのもそうだが、他のやつらがどう思うかも聞かないと。返事はそれからだな」
レンの返事に戦士長は満足したように頷く。
「うむ。それで良い」
翌々日の夜。帰還したレンは戦士長に相談された件について話すため、ダンジョンに魔物たちとドワーフ夫妻を呼んだ。
この場にいるのは、コボルトたち、オーガたち、リュールにエミリ、フラファンの少女、ドワーフ夫妻だ。
「……というわけだ。今回受け入れを依頼する人数は、多くても二十人までに抑えると言っていた。まずは食料に余裕があるかどうかを聞きたい」
レンがリュールを見る。
「食料には余裕はいっぱいあるけど……一応聞くと、オークってどれくらい食べるの? オーガより多い?」
「いや、少ない」
オークは身長一七〇から二〇〇センチ程度。オーガは三メートル前後なので当たり前だ。
「でしたら問題無いです。リュール様のお力のおかげで、畑はオーガ百人だって余裕で受け入れられますから!」
畑を担当するマンドレイクたちのリーダーであるエミリが言うと、レンが相槌を打つ。
「それは心強いな」
「心強いと言えばそうだが……普通のダンジョンじゃありえない話だな」
一方で緑髪のオーガが苦笑いを浮かべる。
「普通のダンジョンだと、そもそも畑なんてできないもんね」
レンの妹が雑に言うが……緑髪のオーガはそうじゃないと言う。
「植物の育つスピードが異常だということを話しているんだ。身体に害が無いのはもう分かっているが、不思議なものだと思ってな」
その発言に返すのはウルファムだ。
「……確かにな。他のダンジョンでそんな噂を聞いたこともない」
すると、エミリが胸を張る。
「リュール様は特別で、素晴らしいということですね!」
エミリの総括に、穏やかな空気が流れたところでレンが話を戻す。
「まあ、それはさておきだ。オークたちをここで受け入れることについて、みんなはどう思う? 嫌ならはっきり言ってくれて構わない」
「あたしはお兄ちゃんが良いって言うなら、良いと思うよ」
即座にそう返すのはレンの妹だ。すると、他のオーガたちもそれに続く。
「俺もレンが良いって言うなら」
「ウチもー」
「同じく」
レンはそれに呆れ顔だ。
「アンタたちな……オレに頼らず、自分で考えろって言ったの忘れたのか?」
すると緑髪のオーガがレンにこう言葉を返す。
「そうは言っても、おれたちはオークのことをあまり知らないからな。オークのことを一番知っているのは多分レンだろう」
「……それは確かにな」
きちんと理由を言えばレンも納得する。
「食べ物には問題無いから、大丈夫だよ」
「はい。私たちマンドレイクにお任せください」
「わたしはなんでもいいー」
リュールたちも否定はしない。
「オークっていうのは温厚って話だが……本当か?」
ウルファムが質問をすると、レンとメレムが答える。
「ああ。それは確かだと思う」
「おれもそう思う。交渉とかでも怒ったの見たことないし」
それならとラナは言う。
「食料にも性格にも問題ないって言うなら、良いんじゃない?」
どうやら異論は無いようだ。
「ああ、そうだ。ついでだからおれたちからも良いか?」
話が終わりかけていたところに、メレムが口を挟む。
「どうしたの?」
リュールが尋ねると、メレムは「実は……」と話を切り出す。
「少し前に集落予定地が荒らされただろう?」
「ああ、そう言ってたね」
一週間ほど前だ。リュールのダンジョンからそろそろコボルトたちが引っ越そうとしていたまさにそのタイミング。
集落予定地が木を食べる魔物であるシリアカオオカミキリの群れの襲撃に遭い、せっかく建てた家屋のほとんどが食い荒らされてしまった。
オーガたちが退治したものの、それで荒らされた家屋が戻ってくるわけでもない。
「実はそのせいで、みんなすっかり気落ちしててさ……リュールやレンの旦那さえ良ければ、ここで暮らしたいって言ってるやつが増えてきたんだ」
オーガたちが引っ越してきて状況が変わったのも大きい。リュールのダンジョンは安全かつ食料にも困らないと分かってきたのもある。
そういった事情をメレムは誤魔化したりせずに話す。
「要するに、ここに残ればオレたちオーガの庇護を受けられる上に、食料にも困らないというわけか」
「都合の良いことを言ってるのは分かってる。オークの戦士長にも話を通さなくちゃならないのも分かってる。けど……」
コボルトたちは皆がしょぼんと頭を垂らしている。
「どうか、ご検討をお願いします」
メレムは深く頭を下げる。
彼らの姿に、リュールは助けてあげたいと思う。
「ねえ、レン。助けてあげられないかな?」
「…………」
レンは少し考える。
「オレ個人としては構わないと思っているが……おまえたちはどうだ?」
その言葉にレンの妹が首を傾げる。
「珍しいね、お兄ちゃん。お兄ちゃんこそこういう時、真っ先に助けてあげたいって言うタイプなのに」
妹の言葉にレンは一瞬だけ目を瞬かせる。
「そうか? ……まあ、里にいた時とは立場も変わったからな」
「ふーん……」
何となく納得したところでレンの妹はニコッと笑う。
「あたしは良いと思うよ。そうじゃなきゃ、ここまでお兄ちゃんに付いてきてないって」
その言葉にオーガたちは頷いていく。
「みんな、ありがとう……!」
メレムが頭を下げると、コボルトたちは手を取り合って喜んだ。




