マーロンの屈辱
マーロン・ヴェストリエは今回の作戦を指揮した者から、顛末を報告されていた。
「壊滅した、だと?」
「はい……申し訳、ありません」
指揮官の顔は蒼白だった。
「経過は順調だと聞いていたが」
「申し訳ありません」
「理由は?」
「……仮面とフードを着けた謎の人物に奇襲され、その対応に追われている間にオーガどもに砦へと組み付かれました」
「そうか……」
報告書を持つマーロンの表情は読めない。
「報告は受け取った。兵舎に戻り、身体を休めるが良い」
「……はっ」
指揮官はとぼとぼと部屋を後にする。
マーロンは一人、執務室で報告書を確認する。
赴任されたマルスで功績を上げて、輝かしい栄光を掴むはずだった。今回のオーガ殲滅作戦はその第一歩。経過を報告された時には、成功を確信していた。だが……現実はたった一人の亜人のせいで崩された。
「仮面の、亜人」
報告書に記された似顔絵。顔も名前も分からない存在に手が震える。
「憶えていろ、必ず……!」
くしゃと音がして、似顔絵は握り潰された。
その晩、マーロンの側近である大尉は会員制のバーで一人、酒を呷っていた。
「今日は随分と、機嫌がよろしいようですね」
酒を注ぐバーテンダーにそう声をかけられる。
「そう見えるか?」
大尉は気が緩んでいたとばかりに、渋い顔を作る。
「今日は仲間が死んだのだ。気分が良いわけがないだろう」
というのは建前。
心の中は七光りの若造に対してのざまあみろという暗い喜びに満たされている。
今回の作戦に参加した兵士たちは気の毒ではあるが、戦場に立つということは覚悟の上だろうと受け流す。
「そうですね。これは失礼しました」
バーテンダーはすっと腰を折って謝罪する。
「おまえはこの街の司令官を知っているか?」
他に誰もいないことを確認しての大尉の質問に、バーテンダーは目を細める。
「ええ。悪い評判ならよく聞こえてきますね」
客が何を言えば喜ぶかを素早く把握し、バーテンダーはこう返した。
「まったく。私がどれだけ折衝に苦労しているか」
マルスの住民たちのマーロンへの評価は……最低と言っても過言ではない。それも全てはあの家の子供だからだ。
「確か、ヴェストリエ家の嫡男でしたね」
「ああ」
レノシア王国でも、かつてこの地を統治していたグルクシア王国でも、その名を知らぬ者はいないだろう。
ヴェストリエ家のかつての肩書は「グルクシア王国の辺境伯」だ。
要するにかの家は、グルクシア王国を離反し、レノシア王国に付いた。その結果、マルスも含めた広範な領地がレノシアに併合された。
マルスの人々がマーロンを恨んでいるのは当然だった。
「聞いた話だと、マーロン司令官は弟君を亡くされているのでしたっけ?」
「ああ、そうだ。考えうる限り最低の形でな」
大尉はふんと鼻を鳴らす。そこにあるのはマーロンへの侮蔑であった。
「誰があんな人物に好んで付きたいと思うのか。私も、正直……おっと。失言だった。忘れろ」
「ええ。それで、何の話でしたっけ?」
大尉は少し考えると、話を変える。
「このマルスは難儀な土地だという話だ」
「ああ、そうでしたね」
「司令官も、若いのにこのような地に送られて、気の毒にな」
表面上はマーロンを憐れむ会話に修正しつつ、大尉は愚痴をこぼす。
「逃げろ! 逃げろ!」
「ああ、大樹さまに火が……!」
その街は今まさに、崩壊のさなかにあった。
旧グルクシア王国領にある、かつてのエルフ自治区。
森の中で一番の大樹……エルフたちの信仰のよりどころは、真っ赤に染まる。
「レノシアの連中に捕まるな! 捕まったら奴隷にされるぞ!」
「森に火をつけるなんて、罰当たりなことを!」
「お母さん、お母さーん!」
「こっちにおいで! あなたが捕まったらあなたのお母さんは悲しむわ!」
森の中では怒号と悲鳴が響く一方、森の外にある天幕の前では今回の作戦指揮を任されたラッヂ大佐がのんきに声を上げていた。
「おー、おー。燃えとる燃えとる」
大佐は住処に火をつけられ逃げ惑う彼らについて、気の毒ともなんとも思わない。
彼の頭にあるのは、この森の地下に埋没しているとされる資源のことばかりである。
「まったく、手間をかけさせおって」
ラッヂ大佐はそう言いながらも、エルフたちの反撃が無いかを慎重に確認していた。
一夜明けて。いまだ燃え上がる故郷の森を見ながら、金の髪に青い目の女エルフは苦々しく呟く。
「……これではもう、森には戻れないな」
彼女の後ろには女子供を中心とした二十五人のエルフがいた。全員が疲れた顔をしている。
「アメリア。どうする?」
「…………」
婚約者の青年に聞かれ、アメリアと呼ばれた女エルフはしばし考える。
「マルスに、行こう」
アメリアの判断にざわつくエルフたち。
「人里に行ったとて、レノシアの連中に捕まるだけだ。ならばいっそのこと……賭けてみるしかない」
もちろん、苦渋の判断だ。こんなことが起きなければ、ありえない選択肢である。噂に頼り縋るなど。
「それに、まっすぐグルクシア方面に逃げれば捕まる可能性が高いだろうからな」
マルスは、グルクシアとの現境界線に向かう街道からは外れた場所にある。
「噂がでまかせだったとしても、そこでしばらく時間を潰せば逃げやすくなるだろう」
「……分かった。きみがそう言うなら」
アメリアの婚約者の青年は静かに納得する。
「仮面の亜人の森に、行こう」
仲間たちのほうを振り向くと、アメリアははっきりと言い切った。
これにて第一章は完結となります。
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!
この後についてですが、番外小編をひとつ挟んだあとで第二章へと進む予定です。
引き続き不定期更新が続きますが、よろしければまた読みに来てくださると嬉しいです。




