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萌芽のダンジョンコア  作者: 旅燕
序章

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2/10

名付けの意味

 リュールは再び目を覚ます。

 随分と長いこと眠っていたような気がする。

 ひとまず自分の意思が体ではなくダンジョンコアに宿っていることに気が付いたリュールは、体を作り出す。

 体を引き出される感触と共に、無事に体を作り出せた。

 リュールがきょろきょろとしていると、「リュール様!」と声がした。

 声がした方を見ると、自分が生み出したあのマンドレイクが駆け寄ってくるのが見えた。


「お目覚めになられて、良かったです!」


 小さな体で足元にすがりつくマンドレイク。どうしてそんなに大げさに……そう思っていた時だった。


「リュール!」


 縦穴の方に獣の皮をまとった一人の青年が飛び降りて、そしてリュールに向かって駆け寄ってくる。


「目覚めることができたんだな! 良かった……!」


 リュールは最初、この青年が何を言っているのか分からなかった。

 彼に見覚えは無い。そう思ったのだが。

 しかしリュールは待てと思い直す。

 青年の青い髪に、グレーの瞳。それに髪を突き抜けてちょこんと生えている短い角。


「もしかして……レン?」


 思い付いた名前を呼ぶと青年は頷く。


「ああ。姿はだいぶ変わったけど、そうだ」


 オーガとして三メートルはありそうだった身長は、今は百七十センチ代半ばくらいだろうか。低く唸るようだった声も変わって、角と髪色にさえ目を向けなければ二十歳前後の人間に見える。


「はあ……」


 リュールがまじまじとレンの姿を見ていると、レンはリュールの頭をくしゃと乱す。


「このバカ……あんな無茶な名付けをするやつがあるか!」


 そしてはっきりとした声で叱責する。


「今がいつだか分かるか? もう春だ! アンタはどれだけオレに魔力を注ぎ込んだんだ!」

「え? えっと……」


 リュールはなんで怒られているのかがさっぱり分からない。するとその様子を見て……レンは自分にとっての常識がリュールに通じていないことを悟る。


「……リュール。アンタ、ひょっとして名付けの意味も分からずに、オレに名前を付けたのか?」


 名付けの意味とは。呼び名が無いと不便だと思っただけだが。

 そんなことをリュールが言うと、レンは大きくため息をつく。


「あのな、リュール……よく聞け」


 レンはリュールに名付けの意味を教え始める。


「オレたち魔物にとって、名前を付けるっていうのは一大行事だ。名前を与えるっていうのは、自分の命のかけらを譲渡するようなものだからな」

「……どういうこと?」

「名前を授けられた側は種から切り離され、個として定着する。その効果は一時的なものじゃない。その魔物が生きている限り永続する。そしてその源になるのは……名付け親の魔力生成能力だ。名付けとは、魔力生成能力を譲渡する行為と言えば良いだろうか」


 リュールは相変わらずよく分からない様子だ。


「削った魔力生成能力は再生することもあるが、しないことの方がほとんどだ。アンタはどうやら再生したようだが、意識を失うほどに魔力生成能力を渡せば大抵はそのまま魔力が枯れて死ぬ。アンタがやったのは、寿命が尽きる寸前の爺さん婆さんがやるようなことだ」

「死……」


 レンの言葉にようやくリュールは自分が何をしでかしたか分かったらしい。顔を青ざめさせる。


「伝わったみたいで良かった。それに、受け取る側にも相応の器が無いと名付けは成立しない。器が耐えきれないほどの魔力を注がれれば、その者は焼き切れて死ぬ」

「そっちも、死ぬんだね……」

「ああ。今回は、オレがたまたま受け切れる……いや、何とか耐え切れる器を持っていただけだ。これがもっと弱い魔物だったら確実に死んでいた。オレと同じオーガでも、耐えられないやつの方が多いと思う」

「何とか耐え切れる……?」


 リュールが何となく聞き返すと、レンは遠い目をする。


「……聞かない方が、良い。オレもあまり思い出したくない」


 つまりはリュールの無邪気な名付けは、レンをそれほどの目に遭わせたということである。

 まさに無知は罪であった。


「なんか、ごめんね……何も考えずに、名前を付けちゃって」

「いや、別に良い。結果として被害は出なかったわけだし、知らなかったのなら仕方ない」


 リュールとレンがそれぞれ沈黙していると、リュールの肩にぴょんとマンドレイクが乗る。


「お話は終わりましたか? それなら、レンの次は私に名前を付けてほしいです」

「えっと、話聞いてた?」


 リュールが聞くと、何がとばかりに首を傾げるマンドレイク。


「ぼくが名前を付けると、大変なことになるって話をしてたと思うんだけど……」

「そんなことはないですよ。リュール様は同じ間違いを繰り返すようなお方ではないと、私は信じていますので」


 マンドレイクはえへんと胸を張る。


「えっと……」


 リュールが助けを求める目でレンを見ると、彼は解説をしてくれる。


「本来名付けというものは、相手の器と魔力を見て、相手が受け取れる量の魔力を渡すものなんだ。もっとも、オレは名前を付けたことがないから、あくまで噂で聞いた話だが」


 まずは互いの魔力を測れとレンはアドバイスをくれる。どうやってと聞くと、レンはため息をつきながらリュールの手を取る。


「まずは魔力の流れを感知するところからだな。今からオレがおまえに魔力を流すから、その感覚に集中してくれ」

「うん」


 レンが魔力を流し始めたのはすぐに分かった。じんわりと手が温かくなって、その感覚が目に見えない流れを介してダンジョンコアに吸い込まれていくのが分かった。

 それに気が付くと、魔力を介して見る視界が途端にクリアになる。

 目の前にいるレンは、その全身に余すことなく魔力が満たされている。それに対して、肩の上にいるマンドレイクはスカスカだった。さらにダンジョンコアの方に目を向けると、こちらは魔力が無いかと思うほどに何も見えなかった。ただ、魔力の総量が少ないわけではない。器のほうが大きすぎるのだ。


「うん、見えた」


 リュールが言うと、レンは魔力を流すのを止める。

 しかし一度気付いた魔力を視る力は残り続ける。


 ――これなら何とかなりそうだ。


 そう考えて、どんな名前を付けるかを考え始めた時だった。


「ああ、その前にもう一つ。魔物に名前を付けるなら、どんな魔物になってほしいかを考えて名前を付けたほうがいいぞ」


 突然レンがそんなことを言い始める。


「どうして?」

「魔物にとって名前というものは、あり方を定めるものでもある。例えば、賢い魔物になれと思いながら名付ければ、頭が良くなる。隷属しろと念じながら名付ければ、名付け親に隷属する魔物になる」


 分かりやすい例えに、なるほどと思うリュール。しかしそこで、ある考えが浮かぶ。


「あれ? じゃあ、レンは? ぼくはあの時、友達になれたら嬉しいと思って名付けたような気がするけど」

「…………」


 レンは胸に手を当てると、リュールの疑問に答える。


「だろうな。この姿になってからのオレは……アンタに対して強い親しみを感じている。オレはもう、何があってもアンタを裏切れない。もしそんなことをしようとすれば、魂が引き裂かれて気が狂うだろうな」


 その言葉にリュールは息を呑む。


「え、そんな。ぼくは、そんなつもりじゃ……」

「分かっている。恨んではいないから安心してくれ」


 そう笑うと、リュールは胸から手を離した。


「けど、オレたちにとって名前が大事なものだっていうのは分かったな? 名前は祝福であり、枷なんだ。それも、一度決めてしまえば撤回が効かない、生涯残るものになる」


 マンドレイクはそれだけのことを要求しておきながら……ニコニコと笑っている。


「えっと、それじゃあ……きみはどんな魔物になりたいとか、希望はある?」


 リュールは正面に移動してきたマンドレイクに対して聞く。


「私の希望は、リュール様が望んだ通りの魔物になることです。ですから、リュール様の望むままに名付けをしてください!」

「……そっか」


 それはそれで困るなと、リュールは思う。

 だが、レンのように心を縛るようなことはしたくないと思う。

 リュールはしばらく悩んだが、マンドレイクの小さな体を見て考えた。彼女は腕力で戦うタイプではないだろうと。ならば、彼女がその身を守る術は……魔法が良いのではないかと。


「うん。それじゃあきみの名前は、『エミリ』にしよう」


 ――魔法が得意な子になりますように。


 今度はその器に合っただけの魔力を切り離す。魔力がマンドレイクもといエミリに流れ込む。

 するとエミリの頭頂部に咲いた花が散って……代わりに側頭部に一輪ずつ花が咲いた。


「ありがとうございます! なんだか、すごく力が湧いてきました!」


 うまく行ったようで良かったと、リュールは笑う。


「そっか」


 するとそのやり取りを見ていたレンが口を開く。


「リュール。彼女の名付けにはどんな意味を込めたんだ?」


 リュールはこともなげに答える。


「魔法が得意な子になりますようにって願ったよ」

「……それだけか?」

「うん」


 レンはそれを聞いて……「変わっている」と漏らす。


「普通は『裏切るな』とかそういう願いを込めるものなんだが……名付けで増した力で反逆されたらたまったものじゃないからな」

「そうなの?」

「ああ」


 レンは少しの間考え込んでいたが……ふと、顔を上げる。


「リュール。アンタが何者なのか、聞いても良いか?」

「何者……」


 リュールは顔を伏せる。


「……分からない。何も思い出せないんだ」


 かろうじて思い出せたのは、名前だけ。後はたまに言葉がふっと浮かぶことがある程度。


「……そうか」


 レンはまた少し考えると、こう切り出す。


「オレが考えるに……アンタの精神は人間に近いんじゃないかと思う」

「人間?」

「ああ。今のオレや、アンタやエミリみたいな見た目をした種族だ」

「どうしてそう思うの?」

「オレたちのこの姿だ」


 レンはすっかり様子が変わった手に目を落とす。


「アンタもエミリも、人間に姿がそっくりだ。そしてアンタの影響を受けたオレも、人間そっくりの姿になった。これが偶然なわけない。アンタは人間に近い精神を持っていて、人間を友人だと思っているんだと思う」


 そう考えれば色々説明がつくと、レンは言う。


「でも、リュール様は魔物ですよ?」


 エミリが指摘をすると、レンはさらに難しい顔になる。


「そうなんだよな……リュールは間違いなく魔物ではあるんだ。けど、人間を友人だと思っていることだけは間違いないと思う。でなければ、オレの姿が変わったことに説明がつかない。オレは人間になりたいなんて願望は持っていないからな」


 リュールはその言葉に考え込む。確かに言われてみれば……以前のオーガらしい姿よりも、現在のレンの姿の方が親近感が持てるような気がする。


「ぼくは……何者なんだろう?」

「…………」


 リュールがぽつりと漏らした言葉にレンが黙ってしまうと、エミリが胸を張る。


「そんなの決まっていますよ。リュール様はリュール様です。私を生み出してくれたすごい方です!」


 はっきりとしたその言葉に、レンも「そうだな」と言う。


「アンタが何者でも関係無いな。オレのあり方はもう決められているから」


 その言葉にリュールはうっという顔をする。リュールの正体がどうあれ、レンはもう、リュールの友人であることをやめられないのだ。

 リュールがレンのあり方を、そのように定義してしまったから。


「ごめん……」


 思わずリュールが謝ると、レンは気にするなと笑う。


「どちらにせよオレは、リュールのことを見捨てなかったと思う。オレにはもう居場所も無いし、アンタはものを知らなすぎるからな。なんだかんだと理由をつけて、世話を焼いていたと思う」

「……そういうもの?」

「そういうものだ」


 レンがリュールを撫でる手は温かかった。


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