仮面の亜人
族長を先頭とするレンとオーガの一行がオーガの里の近辺にたどり着いたのは、翌日の夕方だった。突然森が切れたことに驚き、族長は足を止める。
「木が切られている。それにあれは……砦か?」
族長の目に入ったのは、変わり果てた集落の姿だった。草と木のテントは全て崩され、代わりに土魔法で作られた即席の砦が見えた。
「そのようだな。人間たちは本気でオレたちを殺しに来ているらしい」
族長の影に立つレンは、既に仮面とフードを装着済みだ。どこから見られているか分からないので、ダンジョンを出る時には仮面を装備した状態にしていた。
人間たちは既にこちらに気づいており、身構えている。魔法使いや弓兵の姿が見える。
「ふん、奴らめ。我らと正面から戦う気は無いようだな」
卑怯に見えるかもしれないが、力も体格も無い人間がオーガに立ち向かうためには必要な知恵だ。
しかしそれでも里を守るため、立ち向かわねばならない。
そう考えた族長が、号令を出すために息を吸った時だった。
「族長、少し良いか?」
レンがそれを止める。
「なんだ?」
族長はレンの言葉に振り返る。
「多分あれは、正面から突破するのは無理だろう。……オレが横から奇襲する」
「正気か?」
「ああ。今のオレはみんなと戦ったところで、邪魔になるだけだからな」
確かに今のレンが戦線に混じると、オーガたちはうっかり踏みつけたり蹴り飛ばしたりしないよう、足元を注意しなければならないだろう。
「それに元はといえば、オレが原因だ。多少の危険は引き受けさせてくれ」
族長は少し考えて……「分かった」と頷く。
「だが死ぬなよ。おまえが死ぬと士気が壊れる」
「ああ。分かっているさ。……仲間たちを頼む」
仮面の下でレンは笑った。そして正面を見据えると、静かに横の森の中に向かっていく。
オーガたちが近付くと、人間たちは一斉に魔法と矢を放ってくる。
「投石だ! 魔法使いを狙え!」
族長の指示でオーガたちが一斉に石を投げ始める。唸りを上げて魔法使いたちに迫る石。
しかし次の瞬間、空中に土の壁ができて魔法使いを守る。そして攻撃を防いで瞬時に土の壁が消えると、魔法使いがお返しとばかりに魔法を放つ。
「うわっ!」
「熱い!」
次々と飛び交う矢と魔法の雨。いかにオーガが頑丈な身体を持つとはいえ、喰らい続けるわけにはいかない。
「前に飛び出すな! 全員で少しずつ進め!」
しかしそれでどうにかなる物量でもない。
だが痺れを切らして突出すれば集中狙いされるのが目に見えている。
――青髪の。我らの未来は任せるぞ。
族長はオーガたちの動向に気を配りながら、人間たちの砦を睨みつける。
たった一つの勝ち筋を守るため、詰みの状況でもオーガたちは諦めずに投石を続ける。
砦の上に陣取る兵士の一人があくびをする。
「ふあ……」
「おい、気が緩んでるぞ」
彼らは弓兵に矢を補充する兵士であった。
「そうは言われても、さあ」
あくびをした兵士はちらりとオーガたちを見る。たまに投石が飛んでくるが、それにさえ気を付ければ問題は何も無かった。
「まあ、気持ちはわからんでもないけどさ」
「だろ?」
彼らは負けるなど微塵も思っていない。
見張りの兵はそれに呆れながらも、砦の側面にある森を見る。
想定よりもオーガが来るのが早く、側面の木の伐採は間に合わなかったが、問題無いだろう。
何せオーガは三メートル前後の大柄な体格だ。来れば森の木立が揺れるのですぐに分かる。
「こうなるとオーガも気の毒だよな」
「ははは」
補給兵の雑談を咎める者もろくにいない。見張りたちもそれを見て和んでさえいる。
よそ見をしていた見張りは口元に笑みを浮かべながら木立を眺める作業に戻る。その瞬間だった。
突然響いた鈍い音。その音に兵士たちが一斉に振り向く。
そこに立っていたのは、黒いフードを被り、白い仮面を着けた人物。手には黒光りする金属の棒。その場にいた見張り兵たちは崩れ落ちていた。
「て、敵襲!」
誰かがそう叫んだ時には相手は動き出していた。魔法使いの護衛の控えである盾兵たちが横並びになってそれを阻止にかかる。
だが。
「ぎゃっ!」
「ぐわっ……!」
紙くずが詰まった人形かのようにフルアーマーの兵士を吹き飛ばす仮面の人物。
「に、人間じゃないぞこいつ! 亜人だ!」
実際のところは亜人でもないのだが、人間たちはそれを知らない。
「ひい!」
兵士たちはたちまち恐慌状態に陥る。慌てて仮面の亜人から距離を取ろうとする者、それに行く手を遮られながらも何とか前に出ようとする職務に忠実な者、咄嗟に仮面の亜人を攻撃しようとする弓兵に魔法使い。
仮面の亜人は左手を持ち上げると、人の身体ほどの直径を持つ火球を放つ。矢や魔法はそれにあっけなく打ち消され、火球が着弾した場所には何も残らない。
「じょ、上級兵並みの魔法だと!?」
「ひええ! 化け物だ!」
遠距離攻撃は魔法で打ち消し、近付けば棒でまとめて吹き飛ばされる。そんな相手を前にして、砦は阿鼻叫喚の騒ぎになる。動きも早く、狙いが全く安定しない。
「お、おい! オーガたちがこっちに突っ込んでくる!」
そしてそんなことをしていれば当然、本来の相手への対応はおざなりとなるわけで。
「し、指揮官! オーガたちが砦に取り付きました!」
即席の砦をよじ登ってくるオーガたち。その頭が見えた瞬間、今回の作戦の指揮権を持つ指揮官は叫ぶ。
「て、撤退! 撤退だ!」
遅すぎた指示。砦の中には既にオーガたちが入り込み、仮面の亜人と共に暴れている。
人間たちは安全を確保しようと、我先に唯一の階段へと逃げ込んでいく。
やがて動く人間はいなくなる。
「動ける者は洞窟に向かうぞ! 俺と共に来い!」
族長の号令で、動けるオーガたちが冬ごもりなどに使う洞窟に向かう。
「ケガをしている者はオレのところに来い!」
レンは怪我が深い者を治癒魔法で癒して回る。
しばらくして族長が洞窟に立て籠もっていたオーガたちを救出し、戻ってくる。
「そっちの被害は?」
「何人かケガをしている。治せるか?」
「ああ」
集落にいた者たちはレンの姿が変わっていることを知らないはずだが、族長から話を聞いていたのか怯えることなく治療を受けた。
「青髪の。そちらの被害は?」
「こっちも大丈夫だ。ケガが深い奴はいなかった。全員無事だ」
「そうか」
人数七十人ほどの集落のメンバーは全て無事に揃っている。
「さて……」
族長はしばし考えると、こう宣言する。
「こたびの責任は重い。元はといえば、青髪の妹。おまえが同調するオーガを引き連れ、勝手な行動を取ったのが原因だ。それが人間どもに付け入る隙を与えた」
レンの妹は目を伏せる。
「よって、この時をもって青髪の妹並びに、その意に同調した十六名。全員を追放処分とする。この里で明日の日の出を迎えることは許さぬ」
そう言うと、族長は洞窟の方へ歩いていく。
みんな分かっている。これが現実的な落としどころだと。族長の姿が消えると、オーガたちは派閥を越えて静かに別れの挨拶を始める。
既に追放されているレンはその輪には加わらず、仮面の下で満足げに彼らの姿を眺めていた。
一時間もする頃には別れの挨拶も落ち着き、レンとその一派のオーガたちは行儀良く並んで、前族長に向かい合っていた。
ここに至ってようやく、レンは仮面とフードを外した。
「うちの者が、騒がせてすまなかった」
出てこない現族長に代わって、前族長にレンは頭を下げる。
「……まったくだ」
前族長は呆れたように笑う。
「だが、全員無事で良かった。青髪の、おまえもだ」
「オレも?」
前族長の言葉にレンは小さく首を傾げる。
「もちろんだ。追放を決めたのは私の意見もあるとはいえ、おまえも元は私の里の子だ。生き延びられるなら、それに越したことはない」
その言葉にレンの胸はじんわりと温かくなる。
「……はい」
「既に決まった処分をどうこういう気はない。だが、達者でやれ」
そう言って前族長が振り返った時だった。
「おーい、待ってくれ!」
族長一派のオーガたちが数名、手を振りながら現れる。彼らがその手に持っているのは酒樽だった。
「これ、族長が捨てろって言ってきたんだ。もういらないからって」
族長一派のオーガたちは酒樽を地面に下ろす。
「はい。確かに捨てたからな。どこにとは言われてなかったからな。まあでも、もういらないんだ。どこの誰が持ち去ろうと構わないだろう」
早口にそう言って笑うと、族長一派のオーガたちは洞窟の方に引き返していく。
「まったく。物の管理はしっかりしろと言わねばな」
前族長も思わず笑って……そして洞窟の方に向かっていく。
「ありがとうございました」
レンがそう言うと、前族長はひらりと手を振った。




