出撃前の葛藤
オーガたちを先に進ませ、レンは後から追いかける約束でダンジョンに一度戻り、リュールたちに事情を話す。
「そっか。レンにはそんな過去があったんだね」
「ああ」
闘争に発展した経緯と今回出かける理由を聞いて、リュールは視線を落とす。
「みんな仲良くできれば良いのにね」
「ああ、そうだな」
リュールは気付いていない。オーガの里は人間の街との間にある。つまりオーガの里が落ちれば、次はリュールが対人間の矢面に立たされる可能性があることに。
「…………」
悲しそうな目をしているリュールに、レンは複雑な気持ちを抱えていた。
その胸にあるのは里を守らなければという思い。
――けどこれは、何のためだ?
レンは自問する。
名付けの影響で自分の感じ方は歪んでいる。
今抱えている思いは故郷を守りたいという感情から生まれたのか、それともリュールを守りたいという感情から生まれたのか、判断がつかない。
理屈の上では、どちらにしてもオーガの里は守らなければならないと分かっているのに……
だがそれすらも、名付けの影響でそう考えさせられているのではないか?
そんな疑念が止まらない。
「レン、こいつを持っていけ」
ウルファムはダンジョン内に運び込んだ荷物の中から一つの箱を指差す。
「こいつは俺が隠れ里を出る直前に作ったものだ。あんたがどんな武器を好むか分からなくて適当に用意したやつだが、合うやつがあれば好きに使ってくれ」
箱の中には様々な武器が入っていた。
「レン、ぼくからも」
箱の中を眺めるレンの背中に、リュールが声をかける。
「レンは人間の街に行くつもりなんだよね? なら、顔は見られないようにしたほうが良いと思う。だからこれ……」
リュールが差し出したのは地形生成機能を利用して作ったばかりの、金属製の白い仮面。
「あら。じゃあアタシからもこれあげるよ」
ラナが荷物の一つから黒いフード付きケープを取り出す。
「……ありがとう」
レンはラナからケープを、リュールから仮面を受け取る。
――……そうだな。この思いが何であれ関係無い。オレはみんなを守るだけだ。
覚悟を決め直したレンは、武器を選び始める。
一方。
人間が住む街、マルス。
この街を現在統治する司令官であるマーロン・ヴェストリエは、通信魔導具の前でその報告を聞いていた。
オーガの里は、森の開拓を目論む人間にとって長年の障害であった。
四年前までこの地を統治していたグルクシア王国は諦めていた。だが、今この街を統治するレノシア王国は違う。
人類の居住地を広げ、土地を増やすことは、拡大主義に走るレノシア王国では国命だ。
マーロン自身には先祖代々の土地があるために、土地への野心は無い。しかし功績を立てることについては強い関心がある。
――俺は選ばれた人間だ。
そんなことを本気で思っているマーロンにとって、功績を立てることは必然なのである。
二十四という若さで一都市を統べる立場になったのも、その思想を後押しする。
「順調ですね、ヴェストリエ中佐」
側近の男がマーロンに言う。
「順調でなくては困る。オーガどもの巣が空になっているタイミングを、わざわざ狙ったのだからな」
オーガの里に常駐する監視兵から報告があったのは一昨日の昼過ぎだ。
――オーガの里で動きがありました。若いオーガたちが集まり、明日の朝にどこかに出かけるようです。
その報告を聞いた時、マーロンの勘が何かを捉えた。
それからすぐに準備を始め、オーガの族長が動いたと報告があってすぐに先遣隊を派遣したのだ。
「本隊は既に合流済みだったな?」
『はい。二時間ほど前に合流し、現在は魔法使いたちの補助を行なっております』
「よろしい。作戦を続けろ」
『はっ』
全ては順調。
オーガどもが戻ってきたとて、その頃には既に勝敗は決しているだろう。あとは何匹殺せるかといったところだ。
オーガは魔物の中でも上位種族であるため、名付けや隷属魔法による支配は現実的でない。捕虜にするにはコストがかかりすぎる。
「油断はするな。やつらは曲がりなりにも上位種族。知恵は回るからな」
『もちろんであります!』
そのやり取りを、側近の男は苦々しい思いで聞いていた。
――偉ぶるなよ、若造が。所詮は七光の「裏切り者」のくせに。
しかしそれはおくびにも出さない。
「さすがでありますな、ヴェストリエ中佐。奴らの慌てふためくさまが見えるようです」
側近の男のおだてに、マーロンは優雅に笑う。
「当然だ」
状況は良い。想定通りだ。
マーロンの目にはもはや成功しか映っていなかった。




