闘争
オーガの里での動きから一日半ほどが経過した昼下がり。
レンは、リュールのダンジョンの中で、ラナが木を彫って作ったカトラリーを手に、リュールから食器の持ち方を教わっていた。
膝に乗せた木製のトレーの上には、やはり木製の皿が乗せられており、スプーンで豆を移し替えるという動作の練習中だ。
ラナの依頼で作った砂漠環境で乾かした豆は、ころころと皿の中を転げ回る。
「……豆が、逃げるな」
「落ち着いて頑張って、レン」
「がんばれー」
「頑張ってください!」
フラファンの少女とエミリもそれを見守っていた。
大人のコボルトは集落の再建に出かけている。子供のコボルトたちは留守番だ。
彼らはラナが建てたニワトリ小屋の中にいるニワトリとヒヨコたちを興味深そうに眺めている。ドワーフ夫妻が卵が好きだからと、わざわざ持ち込んだ家畜だった。
「ふう……」
ようやく全ての豆を移し終えて、レンは息を吐く。
「思ってたよりも難しいな」
「最初はそんなものだと思うよ」
リュールの励ましを受けて、レンは皿を入れ替えて再びチャレンジしようとする。その時だった。
「おーい、レン」
ダンジョンの外で家の建築準備を手伝っているはずのウルファムが、レンを呼ぶ。
「どうした?」
レンはトレーを脇に置くと、リュールが作った石のベンチから立ち上がる。
「おまえに客が来てるぞ」
「客?」
心当たりがないレンは不思議そうにする。
「ああ。この前来ていたおまえの妹と……あとは十五くらいだったか。オーガのやつらだった」
「え……?」
ウルファムの言葉にさっと顔色を青くするレン。慌ててダンジョンの外に飛び出していく。
「どうしたんだろう」
リュールは首を傾げる。
レンがダンジョンの外に飛び出すなり、聞き覚えのある声がかけられる。
「お兄ちゃん!」
妹の突進をレンはさっとかわすと、少し離れたところにいるオーガたちに目をやる。
「誰だ?」
「人間?」
やはり分からないかと心が少し痛むが、今はそれどころじゃない。
自分の側近だった緑髪のオーガを見つけると、レンは彼に声をかける。
「おい、これはどういうことだ」
進化したレンは声も変わっているが、威圧の空気は変わらない。不機嫌なそれにオーガたちがビクッとする。
「すみません、リーダー!」
緑髪のオーガはすぐに相手が何者かを理解し、土下座する。その土下座で状況を理解したレンは、他のオーガたちを睨みつける。彼らが見たこともないほどに、リーダー……もといレンは怒っていた。
「おまえたち、今すぐ里に帰れ」
まだ状況を理解できていないオーガがそれに言い返す。
「はあ? 誰だか知らないが、おまえの指図なんて受けるいわれは……」
「オレは青髪のオーガだ。おまえたちのリーダーの」
怒りの威圧を直接ぶつけられて、言い返したオーガは口をつぐむ。
「で、でもお兄ちゃん! あたしたち、里でいじめられてるの!」
代わりにレンの妹が兄にそう訴える。
「食べ物も少ないし、獣皮も貰えないし……」
「それはおそらく、おまえと族長が結婚すれば終わる。オレは言ったはずだ。族長と結婚しろと」
レンの言葉にオーガたちがざわめく。
そもそも彼らは、リーダーが温かく迎え入れてくれると思って動いていたのだ。話が違うといった様子だった。
「オレの妹であるおまえと族長が結婚するというのは、里を一つにするための儀式のようなものだ。わだかまりはここまでという表明でもある。それをおまえは……」
説教を始めようとしたレンであるが、それは一人のオーガの声に中断される。
「あっ! 族長だ!」
説教を中断したレンはばっとそちらに視線を向ける。
確かにそこにはオーガの里の族長と、その後ろには二十五人のオーガたちがいた。族長は覚悟の決まった目で反逆者たちを見やる。
その表情からまずいと判断したレンは、妹を無視してオーガたちの間をすり抜け、族長との間に入り込む。
「何者だ」
族長は飛び出してきたレンに声をかける。
「オレは青髪のオーガだ。アンタと族長の座を競り合った」
「何……?」
族長はレンを睨みつける。気の弱い者ならすくみ上がりそうなものだが、レンは一歩も引かない。
「話し合わせてほしい。オレたち……こいつらは誤解をしている。少しだけ時間をくれ。必ずオレが説得する!」
レンの言葉に嘘はない。しかし族長は首を振るだけだ。
「……おまえが青髪のなら、分かるだろう? これだけの状況を起こせば、誤解ですまぬというのは」
「っ!」
族長は肩に担いでいた武骨な丸太棒を降ろす。
「おまえの妹が、連れ出した。おまえのところへ。これがどういう意味を持つかくらい、分かるだろう?」
「それは……!」
レンが言葉に詰まる。それを見て族長はため息をつくと丸太棒を掲げる。
「皆の者! 反逆者どもを討ち取れ! 一人として逃がすな!」
族長の号令で、族長一派のオーガたちは声を上げると突っ込んでくる。
「仕方ない! 戦え! だが、絶対殺すな!」
レンもそれに反応して、自分の派閥のオーガたちに号令を飛ばす。
ドワーフ夫妻は、争いが始まるなりダンジョンへと避難した。
戦況としては、圧倒的にレン一派のメンバーたちが不利である。
族長一派のメンバーは殺すつもりで来ているが、レン一派のメンバーはレンから不殺指示が出ている。なおかつレン一派のメンバーが思わず強く反撃しそうになる度に、レンは声を上げる。
「殺すなと言っているだろう!」
人数差は族長一派が族長含め二十六、レン一派がレンを含めて十八。いくらレン一派に若いオーガが多いとはいえ、約一・五倍の人数差は無視できない。レン一派は防戦一方だ。
レンは族長と他二人を受け持っている。
「ぬう! ちょこまかと!」
レンの小さな身体に翻弄される族長たち。だが一方でレンも、苦戦を強いられていた。
剣を使えば傷付ける。なので拳で戦っているのだが、リーチの差が対オーガでは如実に出る。しかも、
――くそっ、また外した!
オーガの姿であった時には拳闘を得意としていたレンであるが、今の姿では距離感が狂ってむしろ戦いにくい。
「やめろ、殺すな!」
それも周囲に目を配りながら、仲間たちが族長一派のオーガを殺したりしないように声をかけ続けなければならない。
「でもリーダー! このままだと殺される!」
「それでもダメだ! 殺したら引き返せなくなる!」
じわじわと追い詰められるレン一派。レンもまた焦り始めた頃であった。
「族長ー!」
争いの中に割って入ったのは一人のオーガ。森から飛び出してきたそのオーガはレンも知っている。里で一番足が速い者だ。
「何事だ!」
レンが動きを止めたことで、族長が早駆けのオーガに声をかける。
「人間が、人間が攻めてきた!」
「何だと!?」
このやり取りにオーガたちは派閥関係なく動きを止める。
「どういうことだ」
族長が問うと、早駆けのオーガが言う。
「おれにも分からない! けど、人間たちが攻め込んできたんだ! 魔法使いが三十人くらい来て、おれたちはどうしようもなくて……」
その言葉に、族長はただちに判断をする。
「帰還だ! 里を守るぞ!」
族長一派は困惑しつつもそれに応えて、その場を離れようとする。
「族長、待ってくれ」
動き出そうとする彼らを、レンが呼びとめる。
「なんだ。俺たちは急いでいる」
と言いつつも、族長は足を止める。
レンは少し考えると、族長にこう提案する。
「里の防衛に行くなら、オレたちも手伝う。連れて行ってくれ」
レン一派のメンバーたちが驚く。族長はすっと振り返る。
「……何が目的だ」
「オレたちに今後手を出さないこと。それが条件だ」
ここまでの騒ぎになった以上、自分の派閥のメンバーはもう里には戻れない。ならば自分が引き受けるしかない。
覚悟を持ったひと言であった。
「……おまえはともかく、他のやつらは戦えそうにないが」
死者や重傷者こそ双方とも出ていないが、レン一派のメンバーはみながあちこちに痣を作り、疲れ果てていた。
「大丈夫だ」
レンは右手をかざすと、魔力を放つ。癒しの魔法が周囲を包む。
するとオーガたちの疲れや傷が瞬時に癒えていく。
「魔法だと?」
「ああ。進化で使えるようになったんだ」
全員の怪我や疲れが癒えたところで、レンは魔法を止める。
「それで、どうだ? オレたちを連れて行ってくれるか?」
「むぅ……」
族長はほんの一瞬だけ考えて、すぐに答えを出す。
「分かった。里の防衛に力を貸してくれ」
自分の派閥の二十七人に、さらに十八人を加えられるのは大きい。人間たちが三十人だけだとも思えない。
「今は私情に駆られている場合ではない。おまえたちの処分は追って決める」
族長の要請にレンはしっかりと頷いた。




