暴走
リュールがレン、エミリ、フラファンの少女に勉強を教える日々の裏で……
森の中、隠れて集まるオーガたち。そのメンバーは、かつて青髪のオーガの派閥の一員だった者たちだ。
「全員、揃ったね」
男女合わせて総勢十七のオーガの中心にいるのは、レンの妹だ。
「どうしたんだ、お嬢。帰ってきたと思ったら急に集まってくれだなんて」
「こんなところ、族長にバレたら大目玉だぞ」
不安そうに周囲の様子をうかがうオーガたち。そんな彼らに、レンの妹はこう切り出す。
「実はね、お兄ちゃんが……見つかったの」
その瞬間、ざわっと波が広がる。
「生きてたのか……?」
誰かが小声で聞くと、レンの妹は頷く。
「うん。生きてた」
その言葉に場は穏やかな空気に包まれる。
「リーダーが……」
「良かった、生きてたんだ」
「さすが私たちのリーダー」
皆は安堵の反応を返す。ここにいるメンバーは全員、青髪のオーガを尊敬していたので、当然だが。
「それもね、進化までしてたんだよ」
しかし、次の瞬間には場は一気にざわめく。
「し、進化?」
「本当に?」
「爺さんが子供の頃に進化したオーガがいたって話は聞いたことあるけど……」
進化の衝撃でざわめく中で、かつてリーダーの側近だった緑髪のオーガが言う。
「それでお嬢、話はそれだけか?」
「ううん。もちろん違うよ」
レンの妹は続いて、はっきりとこう言う。
「お兄ちゃんは、新しい場所で新しい生活を始めていた。そこには見たこともないほどたくさんの、食べられる植物が生えていた。しかも収穫しても半日もあれば新しい実が成るの」
緑髪のオーガはふうとため息をつく。
「そんな場所、あるわけないだろう。そんなところがあればすぐに誰かのテリトリーになる」
緑髪のオーガの言葉にレンの妹はただちにこう返す。
「本当だもん。そこは最近できたダンジョンで、不思議なことにダンジョンコアに心があるの。すごく優しい子なんだよ。お兄ちゃんに名付けをして進化させてくれたのもその子なの」
ダンジョンコアに心?
その場にいる全員がレンの妹の言葉を疑うも……それは一瞬だった。
他ならぬリーダーの妹。
それが彼女の言葉の信憑性を高める。
「それで……ここからがあたしからみんなへの提案なんだけど、みんなでお兄ちゃんのところに行かない?」
レンの妹の提案に一瞬、場が静まる。
一瞬だけだった。
「それは良いな!」
「私、賛成!」
「俺もだ!」
オーガたちは次々と、レンの妹の提案に乗っていく。
「お、おまえたち、少し待て。冷静に……」
緑髪のオーガがそう言うも、若いオーガが中心であるこの場は動かない。
「待てるわけないだろ! 族長は俺たちのリーダーをあんな形で追放したんだ!」
「それに、リーダーの言うとおり大人しくしてるのに、おれらは冷遇されている!」
「そうよ! 食事の分配だって少ないし、獣皮なんて回ってこないし……こんな生活、続けてられない!」
緑髪のオーガは焦ったように反論する。
「だが、このまま突っ走ったら間違いなく闘争になる! もう少しの我慢だ! お嬢と族長が結婚すれば、全部解決する!」
しかし場はさらに熱く燃え上がるばかりだ。
「闘争だって? 上等だ! リーダーは元々族長より強かったんだ! 負けるわけがない!」
「そうだ! やってやる!」
「もう少しの我慢だって? こっちは冬から今まで、ずっと我慢してるんだ!」
「証拠は? 証拠はどこにあるんだ!」
その勢いに緑髪のオーガが押されているうちに、レンの妹が決め手のひと言を放つ。
「お兄ちゃんに死ねと言ったような人と結婚なんてできるわけない!」
「そうだそうだ!」
「リーダーを殺そうとしたやつに従うなんてできない!」
そして誰からともなく立ち上がっていく。
「みんな! 明日の朝にもう一回ここに集まろう! それでみんなで、お兄ちゃんのところに行こう!」
「おう!」
緑髪のオーガは黙って下を向くしかなかった。
そして次の朝。十七人のオーガたちが出て行ったあとの集落近辺で。
赤髪のオーガは狩りの最中にその報告を受けて、声を上げる。
「何っ? ……冗談じゃないだろうな?」
「冗談なんかじゃない、族長! おれはこの目でしっかり見た! 他にも何人かが、青髪の派閥のやつらが森に向かうのを見ている!」
赤髪のオーガ……族長が受けた報告は、かつて自分と族長の座を競り合った派閥のメンバーたちが再結集し、森の奥へと消えたというものであった。
その先頭にいたのは、自分が求婚したあの娘。自らが追放した青髪のオーガの妹だ。
「…………」
赤髪のオーガは絶句したが、すぐに思案に入る。
彼らが自分に不満を抱いているのは知っていた。食料や獣皮の分配など、意図的に冷遇したのは確かだ。
目的は見せしめ。自分に逆らう者はこうなると示すことだ。
一応、自分の派閥の者たちが調子に乗って彼らを不当に虐げるのは止めていたが、その程度で収まる不満でもないのは分かっている。
しかし全ては自分とあの娘の祝言をもって、手打ちにする予定であった。
その場でオーガの里の団結を語り、不当な行為は族長の名において許さないと宣言するつもりだった。
前族長である父とも協議の上。
祝言のために東のサテュロスからわざわざ買い付けた酒も、無駄になったようだ。
「青髪の……おまえの妹は、おまえが思っているよりもずっと愚かだったようだな」
族長は静かに怒りを滾らせる。その手はかすかに震えていた。
「おい、おまえ」
「はっ」
「今すぐ里の戦士を集める。全員だ」
そして覚悟を決めた目で言う。
「反逆者どもを追撃する」
その目を見て、報告をしていたオーガは思わず震え上がると同時に……彼を敵に回した反逆者たちを少し気の毒に思った。




