お勉強
楽しそうにロックゴーレムに指示を出すラナはひとまず置いて、一行はエミリが待機するダンジョン十二層に移動する。
「あ、おかえりなさいー」
そして一行はエミリを連れて第一層へと戻る。ウルファムはラナがいない間に測量を進めると言ってダンジョンを出ていった。
「そうだ、リュール。あの二人の紹介以外にもアンタに見せたいものがあるんだ」
レンはもう一度ダンジョンの外に出ると……取引所で交換してもらった品物が入った包みを持って戻ってくる。包みは二つ。片方が調理器具が入ったもの、もう片方がそれ以外が入ったものだ。
「まず食事についてだが……料理をしてみればどうかと提案された。それで、調理器具というものを一式揃えてもらった」
フライパン、鍋、ボウル、レードル、ターナー、調理用トング、ふるい、計量スプーン、秤などなど。
「へえ。でもレンは道具の使い方分かるの?」
「……あ」
リュールの指摘で二人の間に気まずい沈黙が流れる。
「え、えーっと。ぼくでも少しなら分かるよ。これはフライパンって言って、焼いたり炒めたり……」
「炒めるって、なんだ?」
「……なんだろう」
道具だけ手に入れても肝心の利用方法が分からなければ意味が無いことにようやく気付いたレンは、黙って次の包みに目を向ける。
「こっちには、リュールへの手土産が入っているんだ」
包みを開くと、十数の本と……
「おっと、こっちは別だ」
染め粉とそのための道具を引っ込めてから、レンは本をリュールに差し出す。
「あ、本だ!」
リュールは嬉しそうにそれを手に取る。エミリやフラファンの少女もそれに続く。
「えーっと……これは童話集に、絵本に……あっ。料理本だ」
リュールはぱらりと料理本を開く。
「これは初心者向けの料理本シリーズだね。レン、これがあれば料理できるかも」
その反応にレンは驚く。
「リュール、アンタそれが読めるのか?」
こくんとリュールは頷く。
「うん。読めるみたい」
「みたい……?」
「多分」
リュールはさらにページをめくる。
「ほら、この絵は料理の基本の切り方を教えてるんだ」
すると、リュールの後ろからフラファンの少女が本を一冊見せる。
「ねえリュールさま。この本はどういう本?」
本を受け取ると、リュールはすぐにその内容を言う。
「これは服の作り方と型紙が載っている本だね」
「リュール様。私はこの本が気になります」
「これは植物図鑑だね。多色刷りの図鑑なんて、高かったんじゃない?」
その様子を見ていて……エミリやフラファンの少女がこう言い出すのは当然であった。
「リュール様。私、この本が読めるようになりたいです!」
「わたしにも文字、教えてほしいな」
続けてレンも料理本をちらりと見ると、リュールに頼み込む。
「オレも字を読めるようになりたい。リュール、教えてくれないか?」
一斉に頼られて、リュールは一瞬目をパチパチさせた後……嬉しそうに顔をほころばせる。
「うん!」
そして地面をなぞって文字や絵を書きながら、文字を教えていく。
三人の生徒はそれを真面目に聞いて、見て、覚える。
それから一時間ほどが経って。
休憩の時間になると、早速各々が習ったことを反復するように本を開く。
リュールはレンの隣に座ると、彼にニコニコと笑いかける。
「……どうした?」
「ん? レンがいて嬉しいなって」
「……っ!」
その言葉にレンは思わず息を呑む。リュールの何気ないひと言で、胸に濁流のような幸福感が押し寄せる。
――落ち着け。これはオレの感情じゃない。
すかさずレンは自分に言い聞かせて、平静を取り戻す。
「そうか。どう嬉しいんだ?」
レンが一瞬だけ硬直したことに気付かず、リュールは笑顔を浮かべたまま言う。
「レンがいてくれることが嬉しくて。この後は何か予定があるの?」
「この後、か。ひとまず急ぎのものはないな」
「そっか」
レンがいなくてさみしい思いをしていたリュールは、さらに嬉しくなる。分かりやすい笑顔だった。
「ああ、でも……」
しかしそこに水を差すようにレンは言う。
「近々、人間の街に潜入しようと思っている」
その言葉を聞いて、リュールは首を傾げる。
「え? どうして?」
「オーガの族長が変わったことと、このダンジョンができたことの影響を調べたいんだ。人間の街がどう考えているのかを知りたくてな」
「へー。どうやって人間の街に入るの?」
リュールは感心したように相槌を打っていたが……
「ドワーフの隠れ里で染め粉を手に入れてな。それで髪色を変えて、あとは角を隠して……人間の街には、行商のふりをして入り込もうと思っている」
しかしレンの言葉に、リュールは思考のスイッチを入れる。
「レン。それはちょっと難しいんじゃないかと思う」
その言葉にレンは少し驚きつつも……すぐに言葉を返す。
「どうしてだ?」
レンの質問にリュールは忌憚のない意見を述べる。
「行商になりすますなら、読み書きと計算、あとは作法がある程度できないと怪しまれると思う。なりすますなら、冒険者かな。冒険者なら最低限自分の名前さえ書ければ、あとはそこまで問題にならないと思う。あ、でも。武器の扱いは少しは覚えたほうが良いかな」
つらつらと述べるリュールにレンは少し驚いた。
文字の件も含めて、何故そんな知識があるのかと思うが……しかしあまり深くは考えない。リュールに記憶が無いのは知っているからだ。
リュールの知識の出どころは知らないが、それが使えるのならありがたく使えば良い。
「そうか。リュールは作法と武器の扱いについても知っているのか?」
「うーん……作法ならたぶん分かる、と思う。武器は、剣と槍と、弓なら分かる……気がする」
そう言うと、リュールは立ち上がる。次の瞬間、魔力の光が彼を包み……それがやむと、二十歳くらいの白髪の青年が立っていた。
「え……リュール、か?」
レンが少々戸惑いながら聞くと、青年は頷く。
「うん。そうだよ、レン。ぼくはリュール。驚いた?」
リュールを名乗る青年はふわりと笑顔を浮かべる。声も変声を遂げた後の柔らかな男性の声になっていた。
「ああ、驚いた。アンタ、依代の姿を変えられるんだな」
「うん。もっとも、この姿からは変わらないんだけど、でも見た目の年齢は変えられるよ」
さらにリュールは魔力を使って剣を出す。
「あとは、服とか道具も出せるけど、これは身体から離すと消えちゃうね」
「そうなんだな」
感心しているレンの前で、リュールは剣を振って軽く素振りをして問題ないことを確認する。
「剣や作法も必要があれば教えるけど、どうかな?」
レンは立ち上がると、腰に下げている剣を抜く。
「ああ。教えてもらえるとありがたい」
そうしてレンは、文字以外のことも教えてもらうことに決まった。




