兄妹の再会
半年ほど前のことだ。オーガの里に新しい族長が誕生したのは。
「ではこの時より、我が息子をこの里の新しい族長とする!」
多数決で選ばれた新族長は、誇らしげな顔をした。
「…………」
もう一人の族長候補であった青髪のオーガ……後のレンは、新族長の誕生を神妙な表情で見つめていた。
その日の夕方、青髪のオーガは洞窟に自分の派閥の仲間たちを集めた。
「みんな、来てくれてありがとう」
この場にいるオーガの数は十八。
外では新族長の誕生を祝う宴の準備が進められている。
「その、リーダー。こんな時に何の用事なんだ? 新族長に怒られたりしないか?」
「アイツの許可は得ている。だから気にするな」
その声にオーガたちがざわつく。
「今回の用件だが……まず一つ目。今日この時をもって、オレの派閥は解散する」
青髪のオーガの発言にさらにオーガたちがざわめく。
「え? どうして?」
妹にそう聞かれると、青髪のオーガはひとつ頷く。
「必要が無いからだ。オレの派閥はオレを族長にするためにあったが、新しい族長はアイツに決まった。それなのにこの派閥が残ることは反乱の芽に見られかねない。だから解散する」
確かにとばかりに場が静まる。それを見て青髪のオーガは続きを話し出す。
「二つ目。新族長のもとで不満なこともあるかもしれないが……それは口に出さずに彼に従え。迎合しろ」
またしてもざわつくオーガたち。
「でも理不尽な命令が来たら? その時はリーダーに相談しても良いか?」
オーガの一人が聞くと、青髪のオーガは首を振る。
「ダメだ。オレに頼るんじゃない。自分で考えろ」
「えー。どうして?」
妹の無邪気な問いかけに青髪のオーガは少しためらうと……口を開く。
「オレはおそらく、そう遠くないうちに追放される。だから自分で考えろと言っているんだ」
その言葉に、場が水を打ったように静かになる。そして数秒後、すぐに場が騒然となる。
「えっ? どうしてお兄ちゃんが!?」
「リーダーがなんで!」
「何もしてないだろ!」
「静かに!」
しかし青髪のオーガが一喝すると場は静まる。
「群れにリーダーは二人いらない。族長……いや、今は前族長と言うべきか。彼も族長になった時に、当時の族長候補を追放したそうだ。その息子の彼も、それに倣うだろう」
「で、でもお兄ちゃん! 今は秋の終わりだよ!? そんな時期に追放されたらお兄ちゃん、死んじゃうよ!」
既にいつ雪が降ってきてもおかしくないこの時期だ。オーガは身体が大きい分食べるものも多い。
「ああ。だろうな」
自分の死を前に、青髪のオーガは口元に笑みを浮かべる。
「だが、それがオーガという群れのためになる。それならオレは受け入れる」
「そんな……! せめて春まで待ってもらうことはできないの!?」
「厳しい冬を前に、追放するつもりの者に貴重な食料を分けることなどできない」
「…………」
青髪のオーガは黙り込む妹の肩を叩く。
「これがこの里のためなんだ。分かってくれ」
そして翌朝……青髪のオーガは族長に言われて、身一つで里を出た。
初雪が降ったのは、次の日の夜だった。
レンがドワーフの里に向かって出ていってから三日目。
黄色の髪にオレンジのメッシュが入った少女を前にリュールは戸惑っていた。
この人型の魔物は、新しい階層のために適当に生み出した中に紛れ込んでいた魔物だ。座り込んでいる彼女には、黄色とオレンジの斑模様のふさふさした長い尻尾が生えている。
「えーっと。きみは、誰?」
「フラファンって魔物だよ……あなたが、主さま?」
「はい、この方が私たちを創ったリュール様ですよ」
エミリがえへんと胸を張る。するとフラファンの少女は立ち上がり、リュールに頭を下げる。
「はじめまして、リュールさま。どうぞよろしくお願いします」
見た目は十五歳くらいの少女といったところか。身長は一五〇センチ程度。
「はじめまして。ぼくはリュール。よろしくね」
「うん」
フラファンの少女はこくんと頷く。すると次にエミリに目を向けた。
「あなたは?」
「私はあなたの姉のエミリです。よろしくお願いします」
「うん。よろしく」
フラファンの少女が差し出した人差し指をエミリはニコと笑って握る。
リュールがそのさまに和んでいた時であった。ふとリュールの感覚が何かを捉える。
「……っ!」
リュールはすぐにダンジョンの入り口を視る。ダンジョンコアであるリュールは、ダンジョンの中であればどこにだって視線を向けられる。
ダンジョンには、青い髪をした女オーガが入ってきたところであった。
「ちょっと入り口に行ってくるね」
そう言い残すとリュールは、依代の身体を瞬間移動させてダンジョンの入り口に。
「わっ」
女オーガは目の前に現れた子供に驚いた様子で一歩下がる。
「きみ、誰? どうしてここに来たの?」
「人間……?」
突然現れたリュールに警戒する女オーガ。
「ぼくは人間じゃないよ。ダンジョンコアのリュールだよ」
「……はい?」
しかし続いてのリュールの自己紹介にぽかんとする。
「それで、きみの名前は? どこから来たの?」
「え? えーっと……あたしはここから西にあるオーガの里から来て、名前は無くて……じゃなくて! あなた何者?」
「ぼくはリュールだよ」
女オーガが落ち着くまでには少しの時間を要した。その間にダンジョン一層に逗留しているコボルトの子供たちや、追いついてきたエミリやフラファンの少女が集まってくる。
「はー。自我を持つダンジョンコア、ね……初めて会ったよ」
「そんなに珍しいの?」
「あたしは聞いたことないかなあ」
女オーガの言葉にコボルトの子供たちが頷く。
「珍しいってことは、わたしの主さまはすごいってこと?」
「すごくてもすごくなくても、私はリュール様を尊敬していますよ」
フラファンの少女とエミリはそんなことを話していた。
それはさておき。
「それで、どうしてきみはこのダンジョンに来たの?」
リュールが尋ねると、女オーガはまっすぐな目でリュールを見つめ返す。
「あたしは、お兄ちゃんを探しているの」
「お兄ちゃんですか?」
エミリが聞き返すと女オーガは頷く。
「うん。すっごく強くて、すっごく優しくて、すっごくカッコいいの!」
兄とやらを思い出し、女オーガは笑顔を見せる。しかし次の瞬間には、沈んだ顔になる。
「でもね、この前の冬に里を追放されちゃったの……悪いことなんて何もしてないのに。ただ、族長になれなかっただけなのに。それでその後も色々むしゃくしゃすることがあって……まあ、家出みたいな感じかなあ。それで、お兄ちゃんに会いたくなって……」
その言葉に、フラファンの少女が言う。
「……それ、生きてるの?」
「うん。みんな言うの。きっと死んでるって。あたしもそうだと思う。でもあたしは……お兄ちゃんに会うまで信じたくなくて。だから聞かせて。冬に、あたしと同じ青い髪のオーガを見なかった? 身長は少し高めなんだけど」
このくらいだと手振りで説明するオーガの女。髪色の青と、灰色の瞳には、見覚えがある。
「ひょっとして、レンのこと? 灰色の瞳の」
リュールがそう聞くと、彼女ははっとする。
「お兄ちゃんを知ってるの!?」
「う、うん。青い髪のオーガならここに来たよ。ねえ、エミリ」
「はい」
すると、女オーガは途端に必死な顔になる。
「そ、それで、お兄ちゃんは今どこに!」
「今は出かけていますよ。戻ってくるのは……十日後くらいだって言ってました」
エミリが言うと、女オーガは少し安心したように息をつく。
「良かった、生きてるんだね……」
そして即座に決める。
「うん。じゃあそれまで、あたしここにいる」
彼女ははっきりとそう言った。
そして現在。
妹がやってきた経緯をリュールから聞いて、レンはそうかと呟いた。レンの妹はその隣でニコニコと満面の笑みだ。
「妹が、世話をかけたな」
「別に大丈夫。食べ物ならいっぱいあるから」
「ここすごいね、お兄ちゃん! 食べても食べても全然食べ物が減らないもの!」
リュールのダンジョン内では植物の生育速度がやけに速く、大食いのオーガがいても問題は無かった。
「で。家出と言っていたが、どういう経緯でここに来たんだ?」
レンは妹に向き直る。進化で身体が縮んだレンと、オーガの姿そのままの妹が並ぶと妙にアンバランスに見える。
「それがね、ひどいの!」
「何がどうひどいんだ?」
「あたし、族長に求婚されたんだよ? 信じられる!?」
レンの妹は怒りをそのままぶつけるように語り出す。
「お兄ちゃんをあんな時期に追放した族長がだよ? あたしに? 無理無理! お兄ちゃんに死ねって言ったようなものだもの!」
「…………」
レンは少し考えると口を開く。
「いや、族長の言い分は正しいと、オレは思う」
「お兄ちゃん!」
信じられないとばかりに声を上げる妹に、レンは「落ち着け」と声をかけた。
「族長はおそらく、オレの派閥のメンバーだった奴らとのわだかまりを取り払い、里をひとつに取りまとめたいんだろう。オレの妹であるおまえとの結婚は、その象徴だ」
兄の言葉に妹は「でも!」と声を上げるが、それを遮るようにレンは続ける。
「おまえが感情的になるのも分からなくはない。だが、落ち着いて考えてくれ。里のためにはそれが一番良い選択肢だから」
「うー……」
「それに、オレはこうして生きているんだ。おまえが頑なに結婚を拒絶する理由も無いだろう?」
妹は明らかに納得していない。が、レンにはこれ以上取り合う気も無さそうだった。
「とりあえず、一度里に戻って頭を冷やせ。いなくなったおまえのこと、多分探しているだろうから」
「……また来ても良い?」
「ああ。族長の許可を得ればな」
「…………」
その言葉でようやく妹は頷く。
「分かった。帰る」
ダンジョンの出口に向かうレンの妹。最後に一度、ちらりとレンを見る。
するとレンは仕方がないなとばかりに口を開く。
「おまえが、元気そうで良かったよ」
妹は兄の言葉にぱっと顔を明るくする。
「うん!」
そして足取りも軽くダンジョンの外に出ていった。




