移住希望
ラナが食事の後片付けをする中、ウルファムはレンに対して話しかける。
「改めて紹介させてもらう。俺はウルファム。ドワーフの鍛冶師だ」
「オレはレン」
「俺は南東のオークの里の戦士長だ」
改めての自己紹介に、ウルファムは髭を触る。
「レン……ってことは、兄さんはネームド個体ってことか?」
「ああ、そうなるな」
その言葉にウルファムはなるほどと納得する。
「ということは名付けの影響で進化した個体ってことか……」
そして少しの間考えると、さらにレンに問いかけをする。
「レン、あんたはこの街の住民ではないよな?」
「ああ」
「だとすると、普段はどこに住んでいる? オーガの里か?」
レンはその問いに少し考えて、無難な返答を返す。
「詳細は省くが、森の中を拠点にしている。オレはオーガの里からは追放された身でな」
「そうか」
するとウルファムはニヤリと笑う。
「じゃあ、俺がついて行っても問題ないってわけだな」
そしてレンの返事も聞かずに台所に向かって宣言する。
「ラナ、決めたぞ。俺はこの街を出る。付いてきてくれるか?」
「はいはい、そう言うと思ってたよ。好きにしな」
ラナは仕方がないとばかりに笑う。
「よし、じゃあ今日は徹夜だな。抱えてる仕事は終わらせねえと」
それだけ言い残すと、ウルファムはダイニングを後にする。
「オレは何も言ってないんだが」
ウルファムとラナは自分に付いてくるつもりだと理解したレンが言う。
「悪いねえ。でもウルファムのことだ。アンタにしがみついてでも付いていくと思うよ」
「……どうしてそこまで?」
レンの問いに、ラナは楽しそうに笑う。
「あの人はそういう人だからさ。それが自分の、生きる意味だと思ってるの」
その言葉にレンはため息をつく。
「言っておくが、オレの住んでいる場所に鉄を溶かすような設備なんて無いぞ」
「ああ、それなら問題ないさ」
ラナはぐっと腕を立てる。
「アタシはこう見えても大工だからね。炉が無いならアタシが作るよ」
この夫妻は何をどうあっても付いてくるつもりらしい。
「はあ……言っておくけど、オレの一存で決めるのは無理だからな。オレも一人で暮らしているわけじゃないから」
もちろん、レンが全力を出せば夫妻は付いてこられないだろう。しかしためらいなくそれを選べるほど、レンは冷たくもなれなかった。
自分が力を見せたことが原因だという認識もあったから。
次の朝、ふわふわの布団という初めて体験するものの中で目を覚ましたレン。
「おはよう」
先に起きていた戦士長が声をかけてくる。
「おはよう」
昨日は初めて体験するものばかりで、少しばかり疲れた。
おいしい料理。温かい風呂。柔らかい寝床。
「この布団というものは悪くないな」
起きた時の感触でそう評価するレン。いつもより深く眠れた実感があった。
「そうか? 俺にとっては柔らかすぎて落ち着かなかった」
一方で戦士長はそう評価する。そういう感想もあるんだなと、レンは認識する。
今のこの場所はウルファムの家の客間だ。客人を野宿させるわけにはと、ラナが泊めてくれた。
ラナが用意していた朝食はバゲットを使ったサンドイッチにスクランブルエッグ、キャロットジュースだった。
それをやはりまた夢中で食べ終えたあと、レンはラナにこの後の予定を聞かれる。
「うん、うん。それなら急いで準備をしなくちゃいけないね」
荷作りに取引先への挨拶回りにとラナはやるべきことを指折り数える。忙しいはずなのに楽しそうだった。
「じゃあ、昼に取引所に行くからね。今さら嫌だなんて言わないでおくれよ」
「ああ、分かっている」
ウルファムの家を後にする直前、工房ではウルファムが昨日の夜に仕上がった武器を一心に磨いていた。
「さて、このあとはどうする? 昼まで時間はあるわけだが」
外に出たところで戦士長が問いかける。
「そうだな……街の様子を少し見て回りたい」
レンがそう言うと、戦士長は不思議そうな顔をする。
「何故だ?」
「実はオレはこのあと、人間の街に潜入しようと思っていてな」
「なにっ?」
驚く戦士長。
「人間側の動きが気になっていてな。オーガの族長が代わったこと、リュールのダンジョンが現れたこと、この二つの影響を調べておきたい。だからそのために、街の雰囲気に慣れておきたい」
「正気か?」
「ああ。角さえ隠せば、今のオレの姿は人間に見えるだろうからな」
「うむぅ……」
戦士長の頭によぎったのは、大丈夫だろうかという問い。
「危険ではないか? バレればただではすまんぞ」
「ああ。確かにそうだろうが、そこについてはあまり心配はしていない。オレは見た目よりずっと強いからな」
レンは拳を握る。
「大きさこそ縮んだが、今のこの体が出せる力はオーガの姿の時と比べて上がっている。魔法だって使えるようになった。バレたところでまず逃げ切れるだろうと思っている」
「それならば良いが……」
どうにも不安そうに見える彼は、代わりに提案する。
「だが、俺たちだけの常識ではからないほうが良いだろうな。そこは、ドワーフたちに聞いてみたほうが良いだろう。あいつらは亜人で、俺たちよりは人間に詳しいだろうから」
「ああ、分かった」
詳しくは取引所のドワーフに聞いてみようということで話は決まる。
「ひとまず、この街の様子を見るくらいは良いか?」
「ああ、それくらいなら問題無いだろう」
そうして街の様子を見て歩くが……レンは街全体の様子を見つつも、ついついあるものに目が引かれる。
それは、道端にある屋台だ。レンは昨日食べた料理の味を思い出し、あそこに置かれているものはどんな味がするのだろうかと考える。
お金があれば買えるらしいが、レンには持ち合わせがなかった。
「レン、随分と食べることが好きになったようだな」
「……そうだな」
戦士長の言葉にレンは少しだけ笑った。
「そうかあ。人間の街に、ねえ」
レンの相談を受けて、取引所の女ドワーフは考える。
「あたしも人間の街に行ったことがあるわけじゃないけど……その髪はやっぱり目立つんじゃない?」
黒などと見間違いようのない青い髪に、レンは軽く触れる。
「そうか。難しそうか?」
そう言われた女ドワーフは少しの間考えると、あっと声を上げる。
「ちょっと待ってねー」
女ドワーフはカウンターの裏にある戸棚を探して、あったあったと小さな道具を持ってくる。
「兄さん、ちょっとかがんでくれる?」
「こうか?」
「そうそう。で、ちょっと髪に触らせてもらうね」
女ドワーフが持ってきた道具は、物を挟むための構造をしている。内側に白いクッションが付いており、クッション部分をもう一つ持ってきた箱の中身……何やら黒いものに擦りつける。
そしてレンの髪を一房取ると、髪を挟んでクッションの間に通す。すると、クッションに通した部分の髪が黒く染まった。
「ああ、良かった。ちゃんと染まったね」
少し驚いた様子を見せるレン。黒い髪をつまむ。
「これは?」
「染め粉だよ。毛を染めるためのもので、石鹸で洗うと色が落ちるよ」
軽く指でこすってみるが、その程度で色が落ちる様子はない。
「これは便利だな。雨に濡れても平気なのか?」
「あんまり水にさらすと落ちるけどね。軽く濡れるくらいなら」
レンは軽く頷く。
「分かった。その染め粉と、あとはその道具も欲しい。それと石鹸というものも」
「はーい。生え際とか眉毛とか染める用のブラシも付けとくね」
こうして染め粉を手に入れたレン。これで人間の街に入れると思った時だった。
「まだ結構お金残ってるけど、なんか交換していく?」
取引所の女ドワーフが追加でそう聞いてくる。
「そうは言われても、欲しいものがもう無いんだが……」
調理器具も交換した。染め粉も手に入れた。
「人間用の服は……」
「ここはドワーフの隠れ里だよ。オーガの兄さん用のサイズは置いてないね」
「……それもそうか」
だとすると何を交換すればと思ったところで、レンは取引所内の調度品に目を向ける。
「この辺のものも交換できるんだよな?」
「うん、そうだよー」
レンが手に取ったのは本だった。
「レン、おまえそれ読めるのか?」
戦士長が聞くと、レンは首を振る。
「いや、読めない」
「じゃあどうして……」
「リュールへの手土産にどうかと思ってな」
そう言ってページをパラパラとめくる。
「リュールはあそこから出られないから。だから間接的にでも外を見せてやりたくてな」
だがリュールは本を読めるだろうかと思ったところで……レンはあるページに目を留める。版画の挿絵が刷り込まれたそのページを見て、これならリュールでも楽しめるかもしれないと、挿絵の多い本を探し始める。
「全く、随分と入れ込んでいるな。……やはり名付けの影響か」
「そうだな。否定はしない」
戦士長の言葉にレンはくすと笑う。
「けどまあ、これくらいなら従っても良いかと思っている」
「…………」
穏やかな表情で本を選ぶレンを見る戦士長。
「今のおまえにこれを言うのは酷だろうが……」
「どうした?」
レンが振り向くと、戦士長は険しい表情をしていた。
「あまり、振り回されすぎるなよ。その先には破滅しかないからな」
するとレンもまた表情を引き締める。
「ああ、分かっている。こいつの厄介さはオレ自身にもよく分かっているから」
胸元でレンは軽く拳を作る。
「……少しオレの趣味に偏りすぎたな」
置いてあった本を交換して、レンと戦士長は取引所を出た。すぐに声をかけてきたのはラナだ。
「待ってたよ」
「ウルファムは?」
「噴水のところで待たせてる。荷車があるからさ」
そう言うラナの背にも大きなリュックサックがあった。
街に入ってすぐの大きな噴水のそばには、確かにウルファムが立っていた。
「……おう、レン。待ってたぞ」
そばにある手押しの荷車は荷物を満載に積み、ウルファム自身もリュックサックを背負っている。
「んじゃ、道案内は頼むぞ」
ウルファムはぐっと荷車を押す。随分と重たいのか、動きはゆっくりだ。
「どいてくれ。変わる」
ウルファムの代わりにレンが押すと、荷車は何も積んでいないかのようにするすると動き出す。
「さすがだな」
ウルファムは満足げに頷いた。
トンネルを抜けたところで戦士長とはお別れだ。
「今回は色々と助かった。ありがとう」
「気にするな。また何かあったら、いつでも来い」
戦士長は手を振ると、南東にある自分の里の方に向かっていった。
「じゃあ、オレたちも行くぞ」
「ああ」
「よろしくね」
レンが荷車を押し出すと、ウルファムとラナも付いてくる。
一行がリュールのダンジョンがある場所に着いたのは、八日目の昼過ぎだった。
「もうすぐ着くぞ」
「やっとかい」
ラナが笑顔を見せた時だった。
「お兄ちゃん!」
突進してくる影に三人が同時に気付く。
「え? なんでアイツが……」
レンは一瞬だけ驚くも、このままだと荷車が壊されると、咄嗟に荷車を置いて横にそれる。
やってきているのは獣皮を身体に巻いたオーガの女性。身長は三メートル程度。髪の色は青。彼女は見るからに喜色満面といった様子でレンに駆け寄り、その身体を持ち上げる。
「うわっ」
レンは驚くが気にしない。
「お兄ちゃん、会いたかった!」
そう言って、レンに頬ずりしようとして……レンが腕を突きだして止める。
「やめろ。人前なんだから」
その言葉に女オーガはきょとんとして、そして驚いているウルファム、ラナ夫妻に気付く。
「誰?」
「とりあえず降ろせ」
女オーガは言われた通り素直にレンを地面に降ろす。
レンは少し怯えた様子の夫妻に目を向けると、小さくため息をつく。
「ウルファム、ラナ、怖がらなくて良い。こいつはオレの妹だ」
女オーガは大人しく首を傾げていた。




