ウルファムの家にて
メインの通りから脇道にそれ、進んだ先にその家はあった。
辺りからはキン、キンという金属音が絶えず響いている。戦士長も知らないが、この辺りは鍛冶屋が立ち並ぶ区画であった。
ガラスが嵌め込まれた引き戸を開けると、ぬるい空気がむわっと吹き出してくる。
「……いらっしゃい」
炉に近い作業テーブルでドワーフの男性がハサミを研いでいる。
彼は店に現れたレンをちらりと見て……そしてその後ろにいる戦士長に気が付いて、言う。
「魔物か……取引所に行ってくれ」
いかにも無愛想なドワーフの男性は、作業に戻ろうとする。
「客じゃない。取引所のやつに、ウルファムというドワーフを訪ねるように言われたんだ」
戦士長の言葉に、再び手を止めるドワーフの男性。
「ウルファムは俺だが。……どういう用件だ」
戦士長はレンの肩に手を置く。
「俺たちも詳しくは知らん。ただ、オーガが行けば喜ぶとは聞いてきた」
「オーガ?」
ウルファムは怪訝な目で訪問者を見る。
「どこにオーガがいるってんだ」
その言葉に応えるのはもちろんレンである。
「オレだ」
「……冗談はほどほどにしときな、兄さん」
やれやれとばかりにウルファムは作業に戻ろうとして、しかしレンが言う次の言葉にピクリと身じろぎをする。
「見た目は確かにそう見えるだろうが、オレはオーガのつもりだ」
ウルファムはレンをジロと見る。
「これでもこいつは、オーガが進化したやつでな」
「…………」
戦士長が言うと、ウルファムは明らかに疑る視線を向けるが……やがて立ち上がると店の奥に向かう。
「付いてこい」
店の奥には武器を試し振りするための広い空間になっていた。
試し振り用のスペースよりさらに奥から、ウルファムは台車に荷物を載せて押してきた。
「どれでも良い。オークの兄さん、持ってみな」
頑丈そうな樽に詰め込まれていたのはたくさんの剣だ。戦士長は目を細めると、無造作に一本を選んで引き抜こうとする。
「ぬ……?」
しかしすぐには持ち上がらなかった。両手で渾身の力を込めて、何とか樽から一本の剣を引き上げた。
「こいつは……見た目よりずっと重いな」
戦士長は試しに振ろうと考えたが……すぐに諦めた。あまりにも重いのだ。
「だろう? 何と言ったってそいつは、『オーガが使っても壊れない武器』だからな」
ウルファムはニヤリと笑う。
「兄さんが本当にオーガだって言うなら、その武器を振ってみな。もっとも、ドワーフの俺にも道具を使わなきゃ持ち上がらない武器だ。兄さんの細腕じゃ無理だろうがな」
その言葉にレンは小さく息を吐くと、樽のなかにある剣を適当に一本掴む。そして、片手で軽々と引き抜いた。
「大したことないな」
目の前の現象に唖然とするドワーフ。レンはそれにふっと笑うと、剣を上に持ち上げ、練習用の的とおぼしき棒に振り下ろす。
ギン!
棒は真っ二つになった。しかしレンの腕力で振り下ろされた剣もまた、的に当たった時の瞬間的な衝撃に耐えきれず、真っ二つに折れていた。
「折れたが」
レンが折れた剣をウルファムに差し出す。ウルファムは何かの間違いだと思って剣を受け取るも、ズシンとかかる重みに慌てて手放した。折れた剣が地面に突き刺さる。
「……兄さん、あんたバケモンか何かか?」
「オーガだが」
レンは見た目で笑われたことも気にせず、ただ事実だけを言う。
ある剣は柄から外れて吹っ飛んだ。ある剣は打ち合いを考えて的にされて折れた。またある剣は、もう一方の剣にぶつけられた瞬間にガラスのように砕けた。
途中からはウルファムの妻も倉庫から剣を取り出すのを手伝っていたが、結果として……
「全滅、か」
ウルファムは苦い声で言う。
全ての剣がレンの力に耐えきれず、一度の振りで破損した。
レンはそのことを笑うでもなく、ただウルファムを見ている。
「くく……」
と、ウルファムの方が笑い声をあげる。
「はっはっは! こうも気持ち良く壊されるともう笑うしかないな!」
ウルファムの妻であるドワーフのラナもまた、笑う夫を見て満足げだ。
「アンタ良かったねえ。まだまだ研究が続けられるじゃないか」
そしてウルファムはレンに向き直る。
「兄さん、疑って悪かったな。あんたは間違いなくオーガだ! はっはっは!」
ひとしきり楽しそうに笑ったあと、ウルファムは落ち着いた様子に戻って言う。
「……何が悪かった? こいつは……粘り不足か。こいつは硬さが足りてないな」
ぶつぶつと呟きながら折れた剣の一本一本を見ていくウルファム。
わけが分からずに立ち尽くすレンと戦士長。そんな二人にラナが声をかける。
「ウルファムはどうせ、まともな説明もしてないんでしょ? 説明してあげるからついておいで。こんな時間まで付き合わせたし、夕食もごちそうするよ」
時間はすっかり夜になっていた。夕食の準備をしながらラナは語る。
「ウルファムはね、怪力と噂されるオーガが使っても壊れないような、とにかく頑丈な武器の研究が趣味なのさ。実際のところ、完成したところで試してもらう手段はなかったんだけどね」
オーガはこの隠れ里の場所を知らないし、知っていたとしてもあの隧道には肩がつかえて入れないだろう。だからといって、持ち上がりすらしない武器をオーガの里まで持っていくのも困難だ。
「本物のオーガに会ったことすらないから、文献を参考にしながらね」
その言葉に戦士長は肩をすくめる。
「オーガに武器、なあ。あいつらが武器を手に入れたとして、大切に扱うなどできると思えんが」
その言葉にレンも頷く。
「ああ。オレもそう思う。自慢じゃないが、オレたちオーガにはものを手入れして使うという文化が無いからな。壊れたらそれで終わりだ」
「だからこそだ」
と、ウルファムがダイニングに姿を表す。
「武器にとって過酷な環境だからこそ、そこにどれだけ武器が耐えられるか、興味があるのさ」
ウルファムが椅子にどかっと座ると、タイミングを合わせたかのようにラナが食事を持ってくる。
「魔物に食べさせるのは初めてだから、口に合うかは分からないけど」
そう断りつつ、盆を差し出す。そこに載っているのはロールパンにビーフシチュー、サラダだ。
「レン、おまえはドワーフと食事をするのは初めてだな?」
レンが立ちのぼる匂いを嗅いでいると、戦士長が声をかけてくる。
「ああ。ドワーフと会ったこと自体も、今日が初めてだ」
「事前に言っておく。ドワーフたちは手掴みで食事を摂ることは嫌う。だから、ドワーフを真似して食え」
その言葉にレンは意味が分からずに聞き返す。
「どういうことだ? 食事なんて手で掴んで食べるしかないだろう」
それとも、酒を飲むように器を傾けて口に落とすのだろうかと考えていると、ラナが笑う。
「あはは。アタシらの食べ方だと食器を使うのさ」
ひとまず見ていろということで食事が始まる。
ラナはまずスプーンを手にして、ビーフシチューを口に運ぶ。
「うん、今日のも良い味だ」
レンもそれを真似する。握り持ちではあるがスプーンを掴み、腕を使ってビーフシチューをすくい、口に運んだ。
その瞬間、レンは目を見開く。
焼くということを覚えたばかりのレンにとって、それは初めて味わう「料理」だった。
焼きしまった肉とは全く違う、ほろりと崩れる肉。口の中で混ざり合う様々な味。オーガ時代の感覚は酸味をまず捉えるが、これは植物由来の安全なものだとすぐに理解する。味は様々なものが混ざり合い、今のレンではそのひとつひとつを分解し解釈することは不可能だ。だがしかし「好ましい」とレンは感じる。
細かいことはもうどうでも良い。とにかくもっとこれを食べたいという欲求が止まらない。
二口目をすくって食べる。
変わらない味の刺激が、さらに次の一口を誘ってくる。
レンは三口、四口と夢中で食事を食べ進めて……ほどなく皿は空っぽになってしまった。
レンが次に目をつけたのはサラダだ。盆の上にはフォークもあったが、食べ物に応じて食器を切り替えるという発想のないレンは、スプーンを使ってサラダを口へと運ぶ。
サラダを口にしてまず感じたのは、やはり酸味。レンはすぐにこれを、野菜にかかっている謎の液体の味と認識する。それは腐敗由来の酸味に少し似ていると感じるも、この程度の量なら問題無いと判断した。
何故なら、この液体がかかっているところといないところなら、明らかにかかっている方が「好ましい」と感じるからだ。
サラダもあっという間に完食して、最後にレンはロールパンに目を向ける。これもまたスプーンで何とかしようとするも、こぶし大のそれをスプーンですくうことは難しく、悪戦苦闘する。
「あはは。パンはね、食器を使って食べるものじゃないんだよ」
それを見たラナがレンに助け舟を出す。
「ほら。こうやって手で掴んで、一口で食べられる大きさにちぎって……それで食べるのさ」
ラナに倣って、レンもロールパンを口に運ぶ。
今までと同じインパクトを無意識に期待していたレンにとって、ロールパンは少し地味に感じられた。
教えられたばかりの言葉で表現するのなら、それは甘い。けれど、クッキーほど甘みは強くない。レンにとって未知だったのは、ふわふわとした食感だ。
何がこの食感を生み出すのだろうとロールパンを眺めていると、ふとウルファムが何かをロールパンに塗って食べていることに気が付く。……この時のレンには知る由もないが、それはピーナツバターであった。
レンも同じようにピーナツバターを塗って、ロールパンを口にする。再び目を見開く。
地味に感じていたロールパンの味が変わった。ピーナツバターの塩味と風味が、ロールパンの甘さと混ざり合い、より「好ましい」ものに変わったのだ。
レンが真っ先に食事を終えると、ラナが立ち上がって陶製の器に入ったカスタードプリンを運んでくる。
「口に合ったみたいだね。良かったよ。デザートはプリンだからね」
先に使っていたものとは違う小さなスプーンを渡される。
レンはそれを掴んで、プリンをすくう。スプーンはするりと入り、プリンを無理なく一口で含めるサイズにする。
それを口にして、レンはふわりと笑顔を浮かべる。
――甘くて、柔らかいな。
それもやはり、レンにとって「好ましい」ものであった。自分はどうやら甘いという味が好きらしいと認識し、もう一度スプーンをプリンに入れる。
すると今度は、その下から濃い茶色の液体が出てきた。レンはこれを、野菜にかかっていた謎の液体の色違いと認識する。
そしてそれと同じなら、これもまたプリンと一緒に食べればおいしいのだろうとレンは三口目でさっそくプリンに液体を絡める。しかし受けた感覚は、まるで違った。
ほのかに苦く、甘い。
そしてそれがプリンの味と混ざって、これも「好ましい」と思う。
「……良いな」
思わず呟いた。
最後の一口を惜しむようにしながらレンがプリンを食べ切ると、ラナはレンに問いかける。
「どうだった?」
感想を聞かれているのだとすぐに理解したレンはこう答える。
「悪くなかった」
と、戦士長が軽くレンの肩を叩く。
「レン、それは違うぞ。味が良かった、好きだったと思ったなら、こう表現するんだ。『おいしい』もしくは『おいしかった』と」
そう言われて、レンははっとする。他の種族が当たり前のように使う表現。だがオーガには無かった概念。
「そうか。これが『おいしい』というんだな」
口元に笑みを浮かべると、レンは改めて言う。
「ああ、おいしかった。とても、な」
ラナは満足した様子で微笑んだ。




