第三節「ドレンの報告」
工房を出たのは昼過ぎだった。
シドウは「午後も作業がある。夕方にもう一度来い」と言った。
俺は「分かりました」と言い、ガルドと二人で職人区を出た。
市場で買った食材はまだ手元にある。
宿に戻ってから昼食を作った。
豆と根菜のスープだ。
玉ねぎを小さく刻んで、芋を一口大に切って、鍋に放り込む。
昨夜の残りの出汁がある。
豆は朝のうちに水に浸けておいたから、ちょうどよく戻っていた。
「今日は早いな」とガルドが椅子に座りながら言った。
「スープは煮込むだけだから早い」
「手間がかかっていないということか」
「手間とうまさは別の話だ」
「そうか」
ガルドが特に反論しなかったのは、昨日のスープがうまかったからだと思う。
言わないが、顔で分かる。
鍋がぐつぐつしてきた頃、扉が開いてユナが入ってきた。
「戻ってたんですか」とリリアも後ろから顔を出した。
二人は同じ方向から来たらしく、廊下で会ったのか一緒に入ってきた。
「今し方です」と俺は言った。「ちょうどよかった。昼食があります」
「ありがたい」とリリアが鞄を下ろした。
「図書館に行っていました。音韻対応の資料を探して」
「収穫は」
「少し。ただ、古代語の文献はやはり少ない。エルフの図書館に行けたら、また変わると思います」
「いずれ行けます」
「そうですね」
ユナは部屋の端に静かに座った。
俺はスープを配りながら、ちらりとユナの方を見た。
今朝市場に来なかったことについて、何か言うべきか迷った。
しかしユナは自分から話すときに話す人間だ。
聞かれるのを嫌うわけではないが、待っていれば来る。
スープを一口飲んだとき、ユナが口を開いた。
「今朝、宿の近くを確認していた」
全員がユナの方を向いた。
「確認?」と俺は言った。
「昨夜から、誰かに見られている気がしていた。感覚の話だから、確かではない。ただ、外れることも少ない」
ガルドが水を置いた。
「見られていると気づいたのは、いつからだ」
「昨日の夕方。シドウの工房から宿に戻る途中で、一度視線を感じた。振り返ったが誰もいなかった。ただ、路地の角の影が動いた」
「追ったか」
「追わなかった。確証がなかったし、追うことで相手に気づいたと知らせるのは得策ではないと思った」
「正しい判断だ」とガルドが言った。
「今朝、宿の周囲を確認したかった。だから市場には行かなかった」
「結果は」と俺は聞いた。
「宿の裏手に、見慣れない男が一人いた。荷運びの格好をしていたが、荷物を持っていなかった。三十分以上、同じ場所から動かなかった。偵察だと思う」
宿の裏手を張っている人間がいる。
テーブルの上の空気が少し重くなった。
「ドレンが午後に来る」とガルドが言った。
「残党の動きについて何か掴んでいるかもしれない」
「話を合わせます」
スープを食べ終えて、昼下がりに宿の一階の食堂でドレンを待った。
ドレンが来たのは三時過ぎだった。
いつもの旅人に見せかけた格好で、さりげなく入ってきた。
俺たちのテーブルに当たり前のように座り、水を一杯頼んだ。
「三人の素性が分かった」
ドレンが最初にそう言った。
「三人?」と俺は言った。
「テムザリアに最近入った、見慣れない顔が三つある。全員が旅人か商人の格好をしているが、行動パターンがそれと合っていない。俺の同業者たちが目をつけていた」
「どんな人間だ」
「一人目は流れ者の傭兵崩れ。四十代の男で、テムザリアへの出入りは今回が初めてではない。ただし以前は別の用件で来ていた。今回はここ五日で三度、職人区のあたりをうろついている」
「職人区というのはシドウの工房の近くか」
「そうだ。シドウの工房の並びを特に何度も歩いている」
「二人目は」
「元々テムザリアにいた商会の端構成員だ。倉庫通りの件で摘発を免れた人間の一人だと思う。居場所を変えながら街の中にいた。今週になって動きが変わった。以前は潜んでいるように見えたが、今は何かを待っているような動き方をしている」
「何を待っているんだ」
「俺の推測では——合図だ」とドレンは言い、水を一口飲んだ。
「指示を待っている。上から何かが届いたら動く準備をしている。そういう状態に見える」
「三人目は」
「それが一番厄介だ」
ドレンが少し声を低めた。
「三人目は商業ギルドの使用人として登録されている。ただし、その登録の日付が倉庫通りの件の翌日だ。急いで身分を作った形跡がある」
「商業ギルドの内部に、入り込んでいる」
「入り込んでいるか、あるいは商業ギルドの誰かが意図的に受け入れたかのどちらかだ。ギルド全体とは思わない。ただ、上層部の中に繋がっている人間がいる可能性は高い」
「商業ギルドに直接話を持ち込むのはまずいか」
「まずい。誰が繋がっているか分からない状態で動けば、情報が漏れる。三人が逃げて、組織が動いているという事実だけが残る」
ガルドが腕を組んだ。
「泳がせるということか」
「それを相談したかった」とドレンは言い、俺を見た。
「あんたのやり方を聞きたい。力押しで今すぐ捕まえるのか、証拠を積み上げてから動くのか」
俺は少し考えた。
今すぐ三人を押さえたとしても、組織の全貌は見えない。
末端を潰しても、また別の末端が来る。
頭が分かって初めて、完全に終わらせることができる。
「証拠を積み上げます」と俺は言った。
「今動いても末端しか潰せない。三人を泳がせながら、誰に連絡を送っているかを追う。連絡先が分かれば、組織の構造が見えてくる」
「時間がかかる」
「かかります。その間にこちらが何かアクションを起こされる可能性もある。ただ——」
「ただ、なんだ」
「この街で動くなら、必ず形跡が残る。テムザリアは情報が速い街だ。急いで動いた方が証拠が残りやすい。こちらは時間をかけてもいい。急いているのは向こうの方だ」
ドレンが少し目を細めた。
「根拠は」
「合図を待っている人間がいる、とさっき言った。合図を待つということは、タイムリミットがある。何かの期日までに動かなければならない理由が、向こうにはある。こちらは日課を変えずに動いて、相手が動くのを待つ」
「なるほど」とドレンは言い、水を置いた。
「分かった。俺は引き続き三人の動きを追う。何かアクションを起こしたら、すぐに知らせる。あんたたちは普段通りに動け」
「お願いします」
「一つだけ言っておく」
ドレンが立ち上がりながら言った。
「あんたは冷静に動ける。それは強さだ。ただ、冷静な人間の弱点がある」
「弱点」
「仲間だ。あんたを直接狙うより、あんたが守りたい人間を使う方が、組織としては合理的だ。三人のうち誰かが、ユナさんかリリアさんかガルドさんに近づく可能性がある。そこだけは気をつけろ」
「分かりました」
ドレンが食堂を出た。
テーブルに残った四人が、少し黙った。
ユナが今朝確認した、宿の裏の男のことを思った。
あの男が三人のうちの一人なのか、別の人間なのかは分からない。
しかし、すでに宿の周辺に人間が来ていることは確かだ。
「工房の鍵が心配だ」とガルドが言った。
「シドウには今夜話します。錠前に刻印を入れさせてもらえるか確認する。守護の刻印を入れている最中に工房が荒らされたら、それどころではなくなる」
「そうだな」
「ユナ」と俺は言った。
「なんだ」
「今朝の確認は、ありがとうございます。一人で動いたことは心配でしたが、情報が取れたことは助かりました」
ユナが少し間を置いた。
「礼はいらない。気になったから確認した。それだけだ」
「それでも」
ユナが俺を見た。
「……まことが心配するのは、分かっている」
「分かっていてもするものです」
「知っている」とユナは言い、窓の外に目を向けた。
「次に同じことをするときは、先に言う」
「それで十分です」
外の空気が、少し動いた気がした。
午後のテムザリアの音が窓の外から入ってくる。
馬車の音、人の声、遠くの鍛冶の音。
この街の日常の音の中に、三人の見知らぬ人間がいる。
何かが、動き始めていた。




