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第四章「石板の果て」 第一節「アストラ先生の決断」

ウルの妹を救出した翌日、アストラ先生から使いが来た。


「今日の午後、工房に来てほしい。三人全員で。急ぎの話がある」


いつもは手紙で連絡してくるアストラ先生が、使いを直接寄こした。それだけで、普通の話ではないと分かった。


「リリアさんに何かあったか」


ガルドが言った。


「使いの人に聞いたら、リリアさんは元気だと言っていました。ただ、昨夜先生と長い話し合いがあったようです」


「長い話し合い?」


「詳しくは分かりません」


三人でアストラ先生の工房に向かった。


先生の家の応接間には、アストラ先生とリリアが並んで座っていた。テーブルの上に地図が広げてあった。テムザリア周辺の地図で、三か所に小さく印がついている。


「来てくれました。座ってください」


アストラ先生が言った。七十代に近い年齢の、白髪で小柄な男性だ。目が鋭い。長年の研究で磨かれた目だと、会うたびに感じる。


俺たちが座ると、先生が地図を指した。


「昨夜、石板の解析が完成しました。リリアさんと私で、最後の検証を終えました」


「三か所の隠し場所が確定したということですか」


「そうです。三か所に、古代言霊師の技術記録が分散して隠されている。場所は——ここと、ここと、ここです」


三か所の印を指した。テムザリアから南東に一時間の廃屋、北西に二時間の丘の上の石積み、そして東に半日歩いた洞窟。


「私が昨夜考えたことを、正直に話します」


先生が手を膝の上で組んだ。


「影の商会はまだ動いている。その中心にいるゼンという人物は、同じ情報に向かって動いている可能性が高い。こちらの解析が完成したということは、相手も近い段階にいるかもしれない」


「先を越される前に動く必要がある」


「そう判断しました。ただ——」


先生が少し間を置いた。


「私は七十二歳で、体が動く時間に限りがある。木下さんたちの守りの下で動くことはできますが、危険な場所には入れない」


「では先生はここに残って——」


「それが昨夜、リリアさんと話したことです」


リリアが俺を見た。


「私が一人で先行偵察をしたいと先生に話しました」


「え?」


「三か所のうち、一番近い廃屋だけでも。まず外から確認するだけです。相手が先に動いているかどうか、痕跡があるかどうか——それだけ確認してから戻れば、こちらの判断材料になります」


「一人でですか」


「はい」


「それは——」


「無謀だと言いたいのだと思います」


リリアが静かに続けた。


「でも、木下さんたち三人が全員動けば、宿が空になる。倉庫通りの件のように、私たちの不在が別の場所への攻撃に使われる可能性があります。今の状況では、全員で動くことがかえってリスクになる」


「そうかもしれませんが——」


「私は研究者です。戦えない。でも、見ることはできます。痕跡を読む能力は、木下さんより私の方が高いと思っています」


それは正しかった。古代刻印の痕跡を読む力は、リリアが圧倒的に上だ。


アストラ先生が言った。


「私も最初は反対しました。でも、リリアさんの論理は正しい。そして——もう一つ理由があります」


「なんですか」


「影の商会が今動いているとすれば、偵察に行くのは今夜しかない。昨夜の拠点壊滅で、相手の組織は混乱している。その隙に動かなければ、相手が態勢を立て直した後では手遅れになる可能性がある」


「今夜、ということですか」


「今夜です」


俺はガルドを見た。ガルドが腕を組んで、少し考えた。


「リリアの単独は反対だ。俺がついていく。お前と木下は宿で待機する」


「ガルドさんが行って、宿が二人になる。それでも同じ問題があります」


「ユナがいる。ユナの力は分かっている。二人で守れる」


リリアが少し顔を上げた。


「ガルドさんが来てくれるなら、心強いです」


「決まりだな」


俺は少し引っかかりを感じながらも、頷いた。


「情報が入り次第、ドレンたちにも連絡してください。念のために」


「分かった」


「リリアさん、絶対に外から見るだけにしてください。中には入らない」


「分かっています」


「一時間以内に戻らなければ、俺も向かいます」


「一時間以内に戻ります」


アストラ先生が立ち上がった。


「私は今夜、テムザリアのギルドに連絡を入れておきます。何かあれば、ギルドが動ける状態にしておく」


「ありがとうございます」


「木下さん」


先生が俺を見た。


「あなたに一つ伝えておきたいことがあります」


「はい」


「石板の言葉の意味が、三十年間分からなかった。あなたが来て、初めて読めた。それだけではなく——リリアさんがあなたたちと出会って、三年間一人だった研究者が、初めて研究を誰かと共有できるようになった」


先生が少し目を細めた。


「石板には、言霊師は一人では言霊師になれない、と書いてありました。あなたの傍にいる者たちが、あなたの言霊を本物にしている。私は今、その言葉が正しいと思っています」


俺はその言葉を受け取った。


「ありがとうございます」


「無事で帰ってきてください。全員で」


「全員で帰ります」


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