第六節「罠と包囲」
翌日の朝、計画を立て直した。
ウルに流させる偽の計画と、実際に動く計画の二つを用意する。そして、ウルの妹の居場所を特定する。
「ウルさんに、もう一度だけ情報を流してもらいます」
俺は全員に向かって言った。
「内容は、俺たちが明後日の夜に倉庫通りの建物を正面から強行突入する、というものです」
「嘘の計画だな」
「はい。相手がその情報を信じれば、明後日の夜に建物の防衛に人員を集中させます。それが隙になる」
「隙のどこを突く」
「建物ではなく、その別の拠点を。影の商会はテムザリアで複数の場所を使っているはずです。倉庫通りに人員が集まれば、他の場所が手薄になる」
ガルドが言った。
「他の拠点がどこにあるか、まだ分かっていない」
「ウルさんに、もう一つ情報を聞き出してもらいます。妹の居場所の手がかりと、組織が使っている他の場所を」
「ウルが知っているか」
「知らないかもしれない。でも、接触してきた男と何度か会っているなら、その男の動線から別の拠点が割れるかもしれない」
ウルに頼んだ。
ウルは顔が青かったが、頷いた。
「俺が協力したせいで、みんなに迷惑をかけた。今更だが、できることをする」
「ウルさんが一人で抱えていた分、今は全員で動きます」
「……ありがとう」
「礼はまだ早いです。妹さんを取り戻してから」
ウルが接触の男に情報を流したのは、その日の夕方だった。
「明後日の夜に、冒険者パーティーが倉庫通りの拠点に踏み込む予定だ。人数は十人前後」
偽の情報が流れた。
それと同時に、ウルが男に尋ねた。妹の安全を確認したいと。
男が返してきた答えの中に、場所の断片があった。
「南の市場から三本目の路地、という言い方をした」
「それで場所が特定できますか」
「行ってみれば分かるかもしれない」
ガルドとカナが昼間のうちに南の市場周辺を歩いた。
「三本目の路地に、中規模の商会の建物がある。表向きは布の輸入商会だが、常に人の出入りがある。夜間も明かりがついている」
「それが別拠点の可能性がある」
「看板を見ると、設立は一年前だ。テムザリアに来たばかりの商会にしては、出入りが多い」
「リリアさんに確認してみます。アストラ先生がテムザリアで三十年研究しているなら、一年前に突然現れた商会について何か知っているかもしれない」
リリアとアストラ先生に聞くと、先生がすぐに答えた。
「ガルメン布商会ですか。一年前に突然できた。設立者の記録がギルドにありますが、私はその名前に見覚えがありません。調べたことがあるんですが、設立者の住所が実在しない場所なんです」
「幽霊商会ですか」
「形式だけ整えて、実体を隠している。テムザリアでは珍しくありませんが、普通の商売をしていない可能性があります」
「ありがとうございます。一つお願いがあります。先生のギルドへの繋がりを使って、ガルメン布商会の内部記録を確認してもらえますか」
「やってみます。ただし、非公式の確認になりますから、時間がかかるかもしれません」
「明日中に何かでも分かれば」
「努力します」
翌日の夕方、アストラ先生から情報が来た。
「ガルメン布商会の倉庫の一つが、商業ギルドの登録と実際の使用者が異なっています。登録上は布の保管倉庫ですが、近隣の住人が人の出入りを証言しています。布の搬出入はほとんどないとのことです」
「人を囲っている可能性がある」
「そう思います。先生がギルドに話を通してくれました。明日の朝に、ギルドの調査員が入れる許可が出そうです」
「速いですね」
「先生のテムザリアでの信頼があってこそです。先生は三十年間この街で働いてきた。その分の信頼があります」
「アストラ先生に感謝を伝えてください」
「伝えます」
その夜、計画が揃った。
明日の朝、ギルドの調査員がガルメン布商会の倉庫に入る。それに合わせて、俺たちも現場近くで待機する。
倉庫通りの偽情報で、影の商会の主力が明後日の夜に備えて動いているはずだ。今夜から明日にかけて、倉庫通りへの人員集中が起きる可能性がある。その分、南の市場側は手薄になる。
「タイミングが合っている」
ガルドが言った。
「こちらの準備が間に合いました」
「偶然じゃない。一つずつ丁寧に動いてきたからだ」
「ドレンたちの協力があってこそです」
ドレンが言った。
「礼は後でいい。明日、ウルの妹を取り戻す」
ウルが小さく頷いた。
「頼む」
全員が頷いた。
俺は今夜、一つだけやっておくことにした。
部屋に戻って、短剣を取り出した。
「解ける」
声に出した。
その声に、自分で力を込めた。
ダーレムで呪い刻印を解除した時と同じ言葉。でも、今は意味の整え方が違う。シドウに教わった方法で、発する前に意味を充填した。
解ける、という言葉の本質。縛りが消える。留まりが終わる。閉じられたものが開く。
声にした瞬間、短剣が淡く光った。
刃に刻まれた「斬」と「速」の複合刻印が、言霊に応答して輝く。
「……準備は整った」
俺は短剣を鞘に収めた。
明日、動く。
テムザリアの夜が、静かにそのまま続いていた。
第三章「闇ギルドの影」 了




