第三節「リリアへの警告と、新たな仮説」
翌朝、リリアのところに向かった。
三人で訪ねると、リリアが少し驚いた顔をした。
「三人で来るのは初めてですね」
「少し、大事な話があります」
「入ってください」
アストラ先生の家の応接間に通された。先生は今日は外出中だという。リリアと四人で、昨夜の出来事を話した。
リリアが聞きながら、手帳にメモを取った。
話し終えた後、しばらく沈黙が続いた。
「……影の商会が、テムザリアに拠点を持っている」
「確認しました」
「そして、ダーレムの呪い刻印の件と繋がっている可能性がある」
「状況証拠から、そう考えています」
「私の研究と関係しているかもしれません」
「どういうことですか」
リリアが手帳を開いた。
「アストラ先生との研究で、新しいことが分かりました。石板の言葉には複数の読み方があると話しましたが——その一方の読み方が、古代の刻印技術の隠し場所を示している可能性があります」
「隠し場所?」
「三万年前の言霊師が、自分の技術の全てを石板に記録したわけではないと先生は考えています。表面の言葉は、後継者への指針です。でも、具体的な技術の記録は別の場所に隠されている可能性がある」
「それがどこかを、石板の別の読み方が示している?」
「仮説段階ですが。六角形の頂点とは別に、石板の言葉の順番を変えると、座標のような意味を持つ組み合わせが出てくる。先生はそれをテムザリア周辺の地形と照合しています」
「テムザリアの近くに、古代の技術記録が眠っているかもしれない」
「そういうことです。そして——」
リリアが少し間を置いた。
「影の商会が呪い刻印を使える古代技術の知識を持っているなら、その組織が同じことに気づいている可能性があります」
俺はその仮説の重さを感じた。
影の商会が、石板の秘密に辿り着こうとしている。そのためにダーレムで工作し、テムザリアで拠点を構えた。俺たちの動きを監視しているのは、石板の研究を妨害するためか、逆に利用するためか——
「リリアさん、その仮説をアストラ先生と共有していますか」
「しています。先生も同じ懸念を持っています」
「先生の安全は?」
「先生は長年テムザリアにいる。地元のギルドとの繋がりも深い。すぐに危険な状態にはならないと思いますが——」
「念のため、行動を慎重にしてください。外出する時は一人にならない」
「分かりました」
「研究を止める必要はありません。ただ、今持っている情報をどこに持ち歩くかを考えてほしい。石板の写しや研究記録は、アストラ先生の家の外には持ち出さない方がいい」
「それは実践します」
ガルドが静かに言った。
「リリアさん、俺が一日おきにここに来るようにする。何かあればすぐに知らせろ」
「ありがとうございます、ガルドさん」
「礼はいい。お前の研究を守るのも俺の仕事だ」
リリアが少し目を伏せた。
「守ってもらうことが多くて、申し訳ないです」
「申し訳なく思うな。守られる価値のある仕事をしているから、守る意味がある」
「……それは、ありがたい言葉です」
ユナが言った。
「リリア、研究は進んでいるか」
「進んでいます。新しい読み方の検証に入っています。あと数日で、仮説が確認できると思います」
「なら続けろ。止めるな」
「そのつもりです」
「危ないと思ったら、すぐに言え。まことに言え。わたしに言え。ガルドさんに言え」
「分かりました」
「それだけでいい」
ユナの言葉は短かったが、その中に全部が入っていた。リリアがそれを感じたように、少し目が温かくなった。
――――
アストラ先生の家を出て、三人で街を歩いた。
「リリアさんの仮説が正しければ、影の商会の目的が絞れてきます」
ガルドが言った。
「古代の技術記録を手に入れること。それが本当の目的だとすれば、ダーレムの工作も、テムザリアの拠点も、俺たちへの接触も、全部がそこに向かっている」
「呪い刻印を使えるということは、すでに古代技術の一部を持っている。だが、全部ではない。残りを探している」
「石板がその手がかりになると気づいた」
「そして、石板を研究しているリリアさんを利用しようとしている」
「または、邪魔が続くなら消そうとする、か」
俺は少し足が重くなった。
リリアを守る。それは最初から決めていたことだが、今は具体的な脅威の形が見えてきている。
「シドウさんへの接触も、同じ流れですね」
「そうだ。神話級の武具を作れる組み合わせを手に入れれば、金になる。それが今の接触の動機かもしれないが、根本にある目的はもっと大きい」
「古代技術の完全な再現」
「そのために、俺とリリアさんを両方使おうとしている」
ユナが静かに言った。
「使わせない」
「そのために動く必要があります」
「何が必要か」
「まず、証拠を固めること。建物の中に何があるか、誰がいるか。それが分かれば、ギルドと連携して正式に動ける」
「潜入するのか」
「やり方を考えます。正面から入るのは危険すぎる。でも、外から見えないものを確認するには、別の方法が必要です」
「俺の言霊で何かできるか」
俺は少し考えた。
「隠し場所の刻印が外壁に入っているなら、その刻印を上書きして無効化できるかもしれません。隠蔽が消えれば、外から中が見えるようになる」
「それは有効だ」
「ただ、刻印を無効化する瞬間に、中にいる者が気づく可能性があります。タイミングと、退路が必要です」
「計画は今夜、ドレンたちと立てよう」
「そうしましょう」
テムザリアの午後が続いていた。
賑やかな市場の声が聞こえる。香辛料の匂いがある。普通の街の普通の一日が流れている。
その表面の下で、何かが動いている。
でも、俺たちも動いている。
「シドウの工房に午後から顔を出してもいいですか。昨日約束していた作業があります」
「行けばいい。お前の仕事を続けることが、相手を牽制することにもなる」
「そうですね」
「俺とユナは街の東端を確認してくる。倉庫通りの出入り口を昼間に把握しておく」
「気をつけて」
「分かってる」
三人が別れた。
俺は職人区に向かいながら、頭の中で整理した。
石板の言葉。影の商会。古代の技術記録。リリアの仮説。シドウとの共同作業。
全部が一本の線に繋がっている。その線の先に、何があるか。
まだ見えない。でも、少しずつ形になっている。
シドウの工房の扉に手をかけた。
金槌の形の金具が、いつもの場所にある。
俺は扉を叩いた。
「来い」
シドウの声がした。
今日も、続きから始まる。




