第二節「倉庫通りの夜」
その夜、ドレンたちと合流した。
金鹿亭の食堂の隅で、六人が集まった。俺、ユナ、ガルド、ドレン、ウル、カナだ。
昼間の接触のことを話すと、ドレンが顔色を変えた。
「ロードという男を知っているか」
「知ってるよ。テムザリアで長く商売している斡旋屋だ。正規の仕事もやるが、怪しい橋渡しもやると評判だ。影の商会と繋がっているという噂もある」
「やはり」
「断って正解だ。あそこの仕事を受けると、気づかないうちに黒い仕事を請け負わされる。後から断れなくなる」
「そういう仕組みか」
「そうだ。最初は普通の依頼を持ってくる。信頼関係ができてから、本当に欲しいものを要求してくる。断れない状態にしてから」
「行方不明になった冒険者も、そういう流れか」
ドレンの顔が少し固くなった。
「バーグという男だ。俺たちの顔見知りだった。腕は良くて、勘も良かった。あいつがそんな話に乗るとは思えなかった。でも——」
「強引に消された、という可能性もある」
「そう思っている」
カナが言った。静かな女性の声だ。
「バーグが消えた日、倉庫通りの方角に向かうのを見た者がいる。依頼で呼ばれた、と言っていたそうだ」
「倉庫通りが、危険な場所になっている」
「少なくとも、一部の倉庫は。全部が怪しいわけじゃないが、どの倉庫かが分からない」
ドレンが俺を見た。
「お前が見た建物、刻印があったと言っていたな」
「はい。隠すための刻印と、守る刻印が外壁に入っていました。外から中が見えにくく、中にいる者が守られる」
「それは呪い刻印とは違うのか」
「用途が違います。呪い刻印は対象に害を与えるもの。あの建物の刻印は、防護と隠蔽です。目的が逆ですが、技術の質は同等です」
「同じ人間が作ったと思うか」
「同じ技術体系を持つ人間が作ったと思います。別の個人かもしれませんが、同じ流派というか、同じ知識の源泉から来ている」
ウルが口を開いた。体格が良い男だ。
「近くで見た時に、何か特徴はあったか」
「建物自体は普通の石造りです。ただ、外壁の一部に黒ずみがありました。刻印を施した際の魔力の焼き跡です。かなり最近刻まれたものだと思います」
「最近、ということはその建物が最近使われ始めた、あるいは改装されたということだ」
「そう取れます」
ガルドが地図を取り出した。
「倉庫通りの地図だ。ギルドから借りた。俺たちが確認した建物の位置に印をつけると——」
ガルドが鉛筆で小さな×印をつけた。
「この位置に刻印のある建物がある。倉庫通りの東端だ。ここから一番遠い、目立たない場所にある」
「周囲の建物は?」
「登録されている倉庫が二棟と、元は職人工房だったと思われる空き建物が一棟だ」
「空き建物が隣にある」
「そこにも何かある可能性がある」
ドレンが頷いた。
「夜に確認に行くか」
「ただし、直接踏み込むのは今日ではない」
俺は言った。
「今日は外から見るだけにしましょう。中に何があるか、人がいるかどうかを確認する。それだけで十分な情報が取れるはずです」
「慎重だな」
「ダーレムで学びました。急いで動くと、大事なものを見落とす」
「分かった。じゃあ二手に分かれよう。俺たちが西側から接近して、お前たちが東側から確認する」
「了解です」
深夜、倉庫通りに向かった。
夜のテムザリアは、昼とは別の顔をしていた。表通りは街灯があるが、裏路地は暗い。人通りが減って、音が落ち着く。
職人区を抜けて、倉庫通りに入った。石畳が乾いていて、足音が静かだ。
「あの建物です」
ガルドが小声で言った。
昼間に確認した建物が、夜の中に立っている。窓に明かりはない。人の気配もないように見える。
俺は外壁に近づいた。
昼間に確認した刻印の場所に手を近づけた。
触れずに、気配を感じる。
「……人がいます」
「中に?」
「二人か三人。静かにしているが、気配がある」
「何をしているんだ」
「分かりません。でも、明かりをつけずに待機している感じがします」
ユナが俺の横に来た。
「まこと」
「なんだ」
「屋根の上」
俺は視線を上げた。
建物の屋根の縁に、人影があった。こちらを見ている。
一瞬、目が合った。
「走れ」
ガルドの声が飛んだ。
俺たちは一斉に動いた。倉庫通りから離れる方向に走る。屋根から飛び降りる音がした。追ってきている。
路地に入った。角を曲がった。
「こっちだ」
ガルドが先に走りながら方向を示した。職人区に向かっている。人通りが少ないが、ガルドが地形を把握して動いている。
二分ほど走った頃、足音が遠くなった。
路地の奥の物陰に入って、息を潜めた。
「追ってくるか」
「……止まった気がします」
「見失ったんだろう。夜の路地は慣れた人間の方が強い」
「ガルドさんは?」
「俺はテムザリアに昔来たことがある。職人区の路地は大体覚えている」
「助かりました」
少し間を置いて、静かになったことを確認してから、宿に向かった。
宿に戻ると、ドレンたちが先に戻っていた。
「向こうでも気づかれた」
「俺たちも追われました」
「中に人がいる。しかも、外に見張りもいる。本格的な拠点だ」
「それが分かっただけでも収穫です」
ドレンが真剣な顔で言った。
「お前のさっきの言葉、気配が二、三人と言っていたが——あそこにいる全員がその数ではないはずだ。昼間は別の場所にいる可能性がある」
「そうですね。夜に人が集まる場所なら、昼間は散っている」
「行方不明になったバーグも、あの建物に関わっている可能性が高い」
「救出できるかは、まだ分からない」
「分かってる。でも、場所が絞れてきた」
ガルドが静かに言った。
「今夜はここまでにしろ。情報は整った。次は計画を立ててから動く」
「そうします」
「急ぐな。相手もまだこちらの正体を掴んでいない。今夜逃げた四人組が俺たちだとは分かっていないはずだ」
「そう願いたいです」
ドレンが立ち上がった。
「俺たちも今夜で分かったことを整理する。明日また話し合おう」
「よろしくお願いします」
ドレンたちが席を離れた。
三人が残った。
ユナが静かに言った。
「屋根の上の男、気づくのが早かった」
「そうでしたね。ユナが先に見つけてくれて助かりました」
「わたしは見えやすい方だ。暗い場所でも形が分かる」
「それは俺にはない感覚です」
「違う部分がある方が、組む意味がある」
ガルドが頷いた。
「そういうことだ。それぞれが見えるものが違う。だからパーティーで動く意味がある」
「ガルドさんは地形でした」
「それと、足音の種類だ。追ってきた男の足音で、重さと靴の型が分かった。鍛えた体の男で、冒険者か元傭兵の動きをしていた」
「影の商会が、戦える人員を抱えている」
「そういうことだ。素人の組織ではない」
俺はその情報を頭に入れた。
訓練された人員、隠蔽刻印が施された拠点、複数の街への工作。影の商会は、単純な犯罪集団ではない。
「リリアさんに話しておく必要があります」
「そうだな。別行動中に巻き込まれると困る」
「明日、会いに行きます」
「俺も行こう。アストラ先生のところも、一度確認しておきたい」
「ありがとうございます」
夜が深くなっていた。
金鹿亭の食堂は静かになっていた。
複雑なことが動いている。でも、ガルドが言った通りだ。急がない。計画を立ててから動く。
それが、今の俺たちにできる一番確かなことだった。




