第五節「シドウへの手紙」
翌朝、レイナルドから使いが来た。
「シドウの工房に話を通した。明日の午前に来い、と言っている。ただし、遅れるな。シドウは待つことが嫌いだ」
「ありがとうございます。明日の朝、必ず行きます」
使いが帰った後、リリアからも連絡が来た。
「知人のアストラ先生に手紙を届けた。今日の午後に来るよう返事が来た」
「良かった。では、今日の午後から別行動ですね」
「そうなります。ただ、まずギルドに行きたいです。昨日の調査依頼の件で、少し情報を共有させてください」
「もちろんです」
四人でギルドに向かった。昨日の担当者に話を聞き、倉庫通りの地図と、目撃情報の詳細をもらった。
「不審者は三十代前後の男性、一人。茶色の外套を着て、一人で行動している。特に夜間に出現する頻度が高い。各倉庫に近づくというより、遠くから観察しているような動き方だという報告が多い」
「倉庫の中身は?」
「複数の商会が使用しています。主に輸入品と輸出品の一時保管場所ですが、一部の倉庫には扱い品目が不明なものもあります」
「不明なものもある、とは?」
「商業ギルドの管理外で動いている商会があるようです。詳しくは教えてもらえませんでした」
「分かりました。観察から始めます」
ギルドを出た後、リリアが俺たちに向き直った。
「では、私はこれから先生のところに向かいます」
「気をつけて」
「大丈夫です。アストラ先生はテムザリアで十年以上研究を続けている方です。安全な場所です」
「明後日、顔を出しに行きます」
「お待ちしています」
リリアが別れた。その背中が曲がり角を曲がって見えなくなった。
ユナが静かに見送っていた。
「行ったな」
「行きましたね」
「またすぐ会う」
「そうです」
「なのに、少し寂しい」
「……ユナもそう感じますか」
「感じる。旅が始まってからずっと四人だったから」
「俺もそうです。でも、リリアさんのために必要なことだから」
「分かってる。感じるとは言ったが、それを止めるとは言っていない」
「そうですね」
ガルドが静かに言った。
「仲間が一時的に離れる感覚を覚えておけ。これから先、もっと複雑な別れが来る可能性もある。今のうちに、この感覚と付き合っておくことが大事だ」
「経験から言っているんですか」
「そうだ。俺は何度も仲間を見送った。永遠の別れもあれば、また会えた別れもある。どちらにも、慣れることはないが、受け入れる方法は学べる」
「受け入れる方法」
「感じたことを正直に感じる。隠さない。それだけだ。感じたことを無視すると、後で大きくなって返ってくる」
俺はその言葉を胸に入れた。
寂しいと感じることを、そのまま感じておく。
それが今日の答えだった。
――――
午後、倉庫通りの調査を行った。
東区の倉庫通りは、大きな石造りの倉庫が並ぶ静かな区画だ。日中は荷物の搬出入で賑わうが、昼過ぎには静かになる。
三人で手分けして、周辺を観察した。
「何かいる」
二時間ほど経った頃、ユナが静かに言った。
「どこですか」
「奥の倉庫の角。人が一人いる。さっきから動かない」
俺は視線をやった。確かに、倉庫の影に人影がある。遠くて顔は見えないが、外套を着た男のように見える。
「ガルドさん」
「見えている。近づくか」
「まだ待ちましょう。何をしているか、もう少し観察します」
「了解だ」
男は動かない。倉庫の一点を見ているようだ。何かを確認している。手に何かを持っているようにも見える。
十分ほどして、男が動いた。ゆっくりと倉庫から離れて、通りの奥に向かって歩いていった。
「追いますか」
「追います。ただし、見つからないように」
三人でそれぞれ間隔を取りながら、男の後を追った。男は一度も振り返らなかった。歩き方が落ち着いていて、急いでいない。目的地が決まっているように見える。
職人区に近い路地に入った。そこで男が一軒の建物に入っていった。
「あの建物は?」
ガルドが確認した。
「看板はありませんが……」
俺は建物の外壁を見た。ごく小さく、何かが刻まれていた。
「……刻印だ」
「呪い刻印か」
「違います。これは……」
俺は目を細めた。字の形を確認した。
「『隠』と『守る』の字です。隠すための刻印。外からでは中が見えにくくなる。それと、中にいる者を守る」
「防護の刻印か」
「はい。呪いとは反対の用途の刻印ですが——これを刻める技術は、呪いの刻印を作った者と同等の技術が必要です」
ガルドが低い声で言った。
「同一人物か?」
「分かりません。でも、古代の刻印技術を使える人間が、この建物に関わっている」
「ダーレムの件と、同じ流れだ」
「そう思います」
ユナが建物を見ながら言った。
「今日は、ここまでにするか」
「そうしましょう。報告できる情報は集まりました。今日無理に踏み込む必要はない」
「賛成だ」
三人で倉庫通りを離れた。
ギルドに戻って、担当者に報告した。不審者の人物像と、建物の場所を伝えた。刻印の件は、ギルドには伝えすぎない方がいいと判断して、「建物に何か特殊な加工がある」とだけ伝えた。
「報告ありがとうございます。ギルドからも人員を出して確認します」
「慎重に動いてください。相手が何者か、まだはっきりしていないので」
「分かりました」
宿に戻った頃には、夕方になっていた。
「明日はシドウさんのところに行く」
俺が言うと、ガルドが頷いた。
「遅れるなと言っていた。早めに出発しよう」
「リリアさんには明後日会いに行きます」
「そうだな」
ユナが部屋の窓から外を見ていた。
「まこと」
「なんですか」
「テムザリアは、面白い場所だと思う」
「そうですね」
「ダーレムより複雑だ。動いているものが多い。でも、複雑な方が面白い」
「ユナはそういう感覚があるんですか」
「ある。複雑なものを一つずつ解いていく感じが、好きだと思う」
「回復魔法も、複雑な症状ほど難しい」
「そうだ。複雑な症状が治った時の方が、達成感がある」
「言霊も似ています。複雑な言葉を組み合わせた時の方が、力が深い感じがする」
「同じかもしれない」
「俺たちは複雑なものが好きな人間同士だな」
ユナが少し口を緩めた。
「そうかもしれない」
外の光が落ち着いた橙になっていた。テムザリアの夕暮れが、ダーレムとは少し違う色だ。建物が密集している分、光の入り方が複雑になる。
でも、その複雑さが、美しい。
「明日も楽しみにしています」
俺が言うと、ユナが一度頷いた。
「わたしもだ」
金鹿亭の食堂から、夕食の匂いが漂ってきた。
テムザリアの一日目が、静かに終わろうとしていた。
第一章「テムザリアへ」 了




