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第四節「リリアの別行動」

レイナルドの店を出た後、リリアが宿に戻った。


研究者の知人への手紙を書くためだ。俺たちは街を少し見て回り、夕方に宿で落ち合うことにした。


「リリアさん、大丈夫ですか」


「大丈夫です。一人で宿に戻るくらいは」


「知人に会えたら、すぐに教えてください」


「分かっています。何かあれば、ギルドを通じて連絡します」


「約束通り、二日に一度は顔を出しに行きます」


「楽しみにしています」


リリアが宿の方向に歩き始めた。その背中を少し見送った後、俺はガルドとユナと三人で市場の方に向かった。


「リリアが一人になるのは初めてだな」


ガルドが言った。


「ダーレムでは常に一緒に動いていましたから」


「心配か」


「少し。でも、リリアさん自身は平気そうだった」


「見た目より強い。ああいう人間は、一人の時間の方が集中できる。俺たちと一緒の時間が長すぎると、逆に気疲れするかもしれない」


「そうかもしれないですね」


ユナが言った。


「リリアは一人が長かった。三年間。だからまた一人になっても、平気だと思う」


「そうだな」


「ただ——」


「ただ?」


「今のリリアは、一人が好きじゃなくなっている。それは分かる。だから、平気でも寂しいかもしれない」


俺はその言葉を少し温めた。


平気でも寂しい。それはユナがリリアをよく見ているから言える言葉だ。


「だから、二日に一度は顔を出す、と決めた」


「それでいい」


「ユナも一緒に来るか」


「行く。わたしが行かなくても、まことが行くのは分かっているから、ついていく意味は少ないかもしれないが」


「そんなことはない。ユナがいると、リリアさんの言葉が短くなると言っていた。短くなると、核心が見えると」


「そういうものか」


「そういうものらしい」


ユナが少し考えた。


「なら行く。役に立てるなら」


「ありがとう」


「礼は不要だ」


市場に入った。広い広場を中心に、商店と屋台が並んでいる。野菜、肉、魚、香辛料、布、陶器、武具の素材。テムザリアの市場は、ダーレムの数倍の規模がある。


「食材が豊富ですね」


俺は陳列を見渡しながら言った。


「何か作りたいものがあるか?」


ガルドが聞いた。


「日本の料理に近いものが作れそうな気がします。米に似た穀物があれば、炊いてみたいですが」


「米か。この世界にも似たものがある。テムザリアなら輸入品で手に入るはずだ」


「本当ですか」


「南方の国で栽培されている。こっちでは珍しいが、商業都市なら売っている商人がいると思う」


「それは調べてみたいです」


「食材屋を一軒ずつ回るか」


「今日は下見だけにしましょう。滞在が長くなるなら、時間をかけて探せる」


ガルドが頷いた。


市場を一回りした。テムザリアの食材の充実具合に、少しずつ俺の中の何かが動き始めていた。料理への意欲だ。


コンビニの夜勤の頃、自炊はほとんど唯一の趣味だった。誰かに食べてもらうことは少なかったが、作ること自体が好きだった。今はユナとガルドとリリアがいる。作ったものを食べてもらえる。


それが、料理への気持ちをさらに動かしている。


「ユナ」


「なんだ」


「米が見つかったら、炊いてみたい。日本の米に比べると味は違うかもしれないけど」


「米とは何だ」


「白くて小さい粒の穀物です。水で炊くと柔らかくなる。日本では主食として毎日食べていた」


「毎日食べていたのか」


「そうです。パンのような役割だと思ってもらえれば」


「どんな味だ」


「ほのかに甘くて、もちもちした食感。どんなものとも合わせやすい」


「食べてみたい」


「見つかったら、炊きます」


「約束か」


「約束です」


ユナが少し満足そうに前を向いた。


ガルドが横で静かに笑っていた。


「お前さんたちは、食べ物の約束が多い」


「食べ物は大事です」


「否定しない」


――――


午後、ギルドに立ち寄った。


テムザリアのギルドは、ダーレムのものより数倍大きかった。建物が三階建てで、入口の広さからして違う。受付が五窓口あり、それぞれに列ができている。


「圧倒される規模ですね」


「テムザリアは冒険者の拠点都市です。登録者数はダーレムの十倍以上と聞いています」


「依頼の数も多いですよね」


「見てみましょう」


掲示板は広かった。依頼票が何十枚も並んでいる。ランクD以上の依頼が多いが、Eランク向けのものも十件以上あった。


俺は一枚ずつ確認した。


街の外の魔物の討伐、素材の採取、護衛の依頼——。それから、一枚が目に留まった。


「調査依頼です。街の中で最近、不審な人物の目撃情報があるという件で、情報収集の協力を求めています」


「昨日聞いた話と繋がっているかもしれない」


ガルドが依頼票を見た。


「依頼主は商業ギルドだ。報酬は銀貨三枚。単純な情報収集だが、内容が気になる」


「受けてみますか」


「どう思う」


俺は少し考えた。


ダーレムで呪い刻印の事件があった。テムザリアでも同様の案件が少規模で起きていた。行方不明の冒険者。不審な人物。


これらが繋がっているとすれば、情報収集は意味がある。


「受けましょう。ただし、危険を冒す段階ではない。話を聞いて回るだけなら、俺たちにもできる」


「了解だ」


「それと——もう一枚、気になる依頼があります」


「どれだ」


「鍛冶工房からの依頼です。武具の刻印の相談に乗れる者を求めています。報酬は交渉次第と書いてある」


ガルドが依頼票を見た。


「依頼主の工房名は……シドウ・ブラックハンマー工房、か」


「シドウさんが依頼を出している」


「珍しいな。偏屈で有名な男が、人を求めているとは」


「それだけ困っていることがある、ということかもしれない」


俺はその依頼票を手に取った。


「明日、レイナルドさんに紹介してもらう予定でしたが——この依頼を通じて会いに行くのも、一つの形ですね」


「どちらにする」


「両方活用しましょう。まずレイナルドさんから紹介してもらって、それからこの依頼の形で正式に関わりを作る」


「二重で準備する、ということか」


「職人に対しては、礼儀を尽くした方がいいと思っています」


ガルドが満足そうに頷いた。


「そういう判断ができる人間だから、職人が信頼する。今日のレイナルドの反応を見て、お前さんが分かってきた」


受付窓口で調査依頼を受け付けた。担当者が依頼の詳細を説明してくれた。


「不審な人物が、特定の商会の倉庫周辺を複数回にわたって観察している目撃情報があります。直接の危害は確認されていませんが、商会が警戒しています。付近の様子を観察して、情報をまとめていただければ」


「場所は?」


「街の東区、倉庫通りです」


「分かりました。明日から動きます」


「よろしくお願いします。何か分かればすぐに報告を」


ギルドを出た。空がオレンジ色に染まり始めていた。


「充実した一日だった」


ガルドが伸びをしながら言った。


「まだ初日です」


「テムザリアは密度が濃い。ダーレムより動きが速い」


「そうですね。こちらも動きを速めていかないと」


「焦るな。お前さんが自分で言っていただろう」


「焦ってはいないつもりですが」


「顔が少し緊張している」


俺は少し意識を向けた。確かに、色々なことが一気に動き始めて、頭が忙しくなっていた。


「少し深呼吸してみます」


「そうしろ」


ユナが俺の隣に来た。


「まこと、今夜は宿の飯でいいか」


「もちろんです」


「ならいい。今日は見るものが多かった。食事の後は早めに寝ろ」


「ユナに心配されている」


「心配じゃない。明日も動くから、今夜は休めと言っている」


「それも心配です」


ユナが少し黙った。


「……まあいい」


宿に向かって歩いた。夕暮れのテムザリアが、少しずつ夜の準備を始めていた。街灯に火が入り始め、閉店する商店がある一方で、夜から開く酒場が扉を開けていた。


この街には、昼の顔と夜の顔がある。


昼の顔は、今日一日で少し見えた。夜の顔は、これから見えてくるだろう。


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